エピローグ
学生の半分は勉強であるが、何を楽しみとするかは人それぞれである。
部活に青春を賭けるも良し、学校という檻に縛られず自宅を要塞にするのも良し、平凡と言われるかもしれないがクラスメイトと友情を深めるのも良し。
もちろん、憧れや恋をするのも良い。
二年生のある教室では、その日も熱のこもった視線が飛び交っていた。
一人二人から注目されるのであれば一般の範囲内かもしれないが、そこにいる二人が集めるそれは異常だった。
「――でね、僕的にはスカートの方がファンの人たちが喜んでくれると思うんだけど、どうかなぁ」
「良いと思う。葉音のスカート姿を見て喜ばない人はいないわよ。男も女もね」
「ふふっ、そう?」
「でも、新鮮さという意味でならパンツスタイルにするのもアリじゃないかしら。クール系も似合うわよ」
「……なるほどね。やっぱり涼は頼りになる!」
「当然よ。どれだけあなたのことを見てると思ってるの?」
教室の真ん中……から少し逸れた場所で話しているのは、巻島葉音と東堂涼。
二人が仲睦まじく交流を深める様は、誰の目から見ても眼福という他なく、昼食の代わりと言わんばかりに生徒が眺めている。
「やっぱり葉音ちゃん可愛すぎるって……」
「東堂先輩ってちょっと雰囲気変わった?」
「だよね? キツさがなくなったっていうか……」
「お前はなに目線だよ。あれじゃないか、巻島さんの溢れ出る包容力のおかげじゃないか?」
「そういうことか。てっきり彼氏でもできたのかと思ったわ」
こんな会話がそこら中で繰り広げられている。
仲の良さ、という尺度で考えるならば、二人は確実に最上級の関係を築いていた。
互いが互いを尊重し、歩み寄る。
長い付き合いだからこそ至れる境地と言い換えてもいい。
しかし、そんな二人を取り巻く温度は、次の瞬間に一変する。
「――知ってるか悟。次の『リベンジャーズ』では別の世界のキャプテン・アボカドが登場するらしい」
「マジで? そういえばコミックだと闇堕ちしたキャプテン・バッド・アボカドっていたし、そういう路線かな」
「コミックまで追ってんのかよ……俺も読みたいけど一冊が高いんだよなぁ」
「じゃあ今度ウチで読めよ。翻訳されてるのは割と揃ってる」
「よっしゃあ!」
パンを片手に入ってきたのは七里ヶ浜悟と山室隆輝。
一方は高校生らしからぬ屈強な肉体を誇っているが、会話の内容や仕草は完全に高校生男子であった。
だが、その内の平凡そうな方を視界に入れた葉音と涼の間には、えも言われる戦いの空気が流れる。と、その時――
「みんなぁ〜お昼にごめんねぇ〜」
担任である吉岡が入ってくる。
「申し訳ないんだけどぉ〜また梅澤先生の代わりに荷物運ぶことになっちゃってぇ〜」
生徒たちが顔を見合わせる。
彼女はおっとりとした雰囲気で、とてもじゃないが重いものなんて運べそうにない。
その偏見は、つい最近の吉岡の授業で覆された。
学生時代は柔道をやっていたそうで、力という面なら生徒たちに劣らない。
だったら自分で運べば良いのでは、とは誰もが思ったことなのだが、どうやら職場恋愛を視野に入れたブランディングの一種のようだった。
教室にはため息が充満していた。
そんな中、ほとんどノータイムで手を挙げたのは葉音だった。
「それじゃあ僕が行きます」
「えぇ〜いいのぉ? 前回は行ってもらっちゃったけどぉ、巻島さんにはお仕事もあるしぃ……」
吉岡が悩んでいると、葉音は弾けるような笑顔を浮かべる。
「大丈夫です、アイドルの前に僕もクラスの一員なので! でも、もう一人欲しいところで、えーと――」
葉音がわざとらしく教室を見回していると、もう一人の手が挙がる。
それは悟――ではなく涼だった。
「吉岡先生、少しいいですか?」
「あなたは東堂さんだったわねぇ? どうしたのぉ?」
「葉音は最近のレッスンで疲れが溜まっているんです。だから私が代わりに行きます」
「…………え?」
葉音が反応するが、涼は聞こえていないかのよう振る舞う。
「でもぉ、東堂さんもお仕事が忙しいんじゃなかったっけぇ〜?」
「葉音に比べたら大したことないです」
「り、涼……! 先生、僕は別に疲れてなんて――」
「う〜ん、それじゃあ今回は東堂さんにお願いしようかしら」
周囲の生徒はこの「美談」に賞賛の拍手を送る。
「……ありがとう。葉音はみんなに大切にされているようね。私がいないと彼女がら寂しがるかもしれないから、どんどん話しかけてあげてほしいわ。……追いかけてこれないように」
不可侵領域への侵入許可。
いつもは踏み出すことすら考えられない男子も女子も、「それなら」と活気づく。
「あ、それと先生。もう一人手伝いについてきてほしいんですけど、前回担当したのは誰ですか?」
「それなら七里ヶ浜くんだったわねぇ」
涼は吉岡が視線を向けてから同じように、表面だけ作り上げた鋭い目で悟を視界にとらえる。
「なら、七里ヶ浜くんにお願いしようかしら」
「……は、はい」
元から立候補しようと考えていた悟だったが、水面下で行われていた戦いの前に尻込みしていた。でも断ることはできない。
立ち上がった悟に隆輝が一言「三次元は怖えなあ」と呟く。
「行くわよ。着いてきなさい」
教室を出る時、涼と葉音の視線が交差する。
言葉を交わしたわけではなかったが、その目は明らかに告げていた。
――今日は私の勝ち。
・
体育倉庫の扉が閉まると、涼は悟の手を引いて抱きしめる。
「――んんんっ! 会いたかったわ!」
数日前に会ったばかり、というより搾り取られたばかりだと言いたかったが、強く抱かれていて言葉を発することができない。
「教室では冷たくしてしまってごめんなさいね? でも、私との関係に気付かれたら悟も困るかと思って……」
「――それより死ぬかと思った!」
ようやく拘束から逃れた悟が言う。
「ついつい悟への想いが爆発しちゃったわね……でも、こうやって二人きりになれるのを待っていたの。学年が違うから会いにくいし、今日の作戦だってやっと思いついたやつで……」
「葉音、めちゃくちゃ怖い顔してたけど……」
「あの子はこのくらいで怒るような子じゃないわよ。悟に皺寄せがいく可能性はあるけど」
「夏休みは旅にでも出ようかな」
「いいわね、どこに行きたい? 国内でも国外でも私がリードしてあげる」
一人で行くつもりなんだよ、とは言えない。
「でも、その前に一つやることがあるわよね」
「やること?」
「期末試験が近いじゃない」
悟は「あー」と呟き、埃っぽい天井に阻まれた空を見上げる。
「悟は普段、勉強してるの?」
「そりゃあもちろん……やる気が出た時に……」
「なら、私が教えてあげないとね」
「その申し出自体はありがたいな」
付随するものは恐ろしいが。
「じゃあ決まりね。あとは、もう一つやることがあったわね」
「……もう一つ?」
涼は悟を座らせ、向かい合うように彼の足の上に座る。
「決まってるでしょ? ――私で上書きするの」
・
意識的に動かなければ体育倉庫の前には辿り着かない。
だから、普段は静寂に包まれた場所となっている。
しかし昼休みには、ここに三人の来客があった。
二人は体育倉庫の中で愛を深めあい、一人は彼らの会話を確認すると、音を立てないように去っていく。
そろりとしたものではなく、身についているような優雅な歩き方。
その人物が通った後には――天使の羽が舞っているようだった。
2章終了です!
短い分量ではないのに、ここまで読んでくださってありがとうございました!
評価ポイントにて作品作りを協力してくださった方、重ねてお礼申し上げます!
ここからは不定期連載になるため、
早く他のヒロインも出してほしい!
続きが読みたい!
ちょっと応援してやるよ!
という心優しい方がいましたら評価ポイントをぶちこんでいただけると幸いです!
さて、次回更新ですが第3章ではなく番外編になります。
新年の挨拶がまだだということで、悟の元へ舞い込んできたどこかの世界、いつかの未来の話です。
おや、着信が…




