天使と見紛うようなーー
先輩は別れたそのままの場所に立っていた。
片手を挙げてみると、彼女も小さく手を挙げて反応してくれた。
「あの子は送ってこれたの?」
「無事にね。爺がいたよ爺が」
「……じいってなに?」
俺が雑に説明すると、先輩は合点がいったように眉を上げた。
「通りで見たことがあると思ったわ。天王洲さんね」
「舞踏会みたいなので知り合うわけ?」
「いつの時代だと思ってるのよ……似たようなものだけど。彼女が無事で良かったわ」
先輩は泣き止んでいたが、涙の跡は残っている。
はたから見れば自分の方が心配されそうなのに、その意識は天王洲に向いているようだった。
そんな人だから、俺には伝えるべきことがある。
「涼ちゃんに言わないといけないことがある」
もったいぶった言葉だったかもしれない。
彼女は少しだけ顔をこわばらせたが、すぐに何かを覚悟したように強く頷いた。
俺は先輩の今にも泣き出しそうな目を見て――深く頭を下げた。
「……ごめん」
しばらくの間、身じろぎの音ひとつ聞こえてこなかったが、やがて小さく「なにが?」と返事があった。
俺は顔を上げて続きを伝える。
「俺はずっと、涼ちゃんのことがあんまり好きじゃなかった」
「……知ってるわよ。私が悟に強く当たったのが原因なんだし。謝るのは、私の方よ」
先輩は自嘲気味に笑った。
「いや、確かに言い方は強かったけど……分かったんだ」
「どういうこと?」
「俺は昔……事故で両親を亡くしてる」
言葉を失っているのが分かる。
「もし、自分の行動が遅かったせいで誰かの未来が暗くなるなら……俺は全力で戦いたい。たとえそれで他人からどう思われても。涼ちゃんはずっと、俺と同じ気持ちで葉音を守ってくれてたんだろ?」
「それは――」
自分が嫌われ役を買ってでも、親友を悲しませるかもしれない人間は排除したい。
何かあってからでは遅いという気持ちは嫌なくらい分かる。
「言っちゃえば同じ穴の狢ってやつだよな」
「わ、わたしは別に、ただ、あなたに……」
聞かずとも理解できる。
俺に理解されなくてもいいと、そう言いたいのだろう。
だが、俺はどうしても謝りたかった。伝えたかった。
自分と同じ考えを持つ人間に敬意を表して。
「涼ちゃんは頑張ってるよ。ありがとう」
伝えると、既視感に襲われることになった。
先輩が涙を流し始めたのだ。
しかし、宮下公園の時とは明確に違うことがある。
きっとこれは嬉しくて泣いているのだ。
「……もう、悟ったら。そんなこと言われたら――諦められないじゃない」
憑き物が落ちたような笑顔を見て、俺は安堵する。
「ずっとここにいたら、またいつアイツらが来るかわからないし、そろそろ移動しよう」
「そうね。悟を独占したら悪いし」
その言葉にツッコミを入れようと先輩の顔を見ると、なぜかこれまでで一番、絶対に見つかりたくない秘密がバレてしまったかのような顔をしている。
俺の背後に誰かいるのか?
もしや、さっきのナンパ男が嘘に気づいて――
「――悪いって、誰に悪いの?」
俺も固まってしまった。
その声はえらく聞き覚えがあるものであり、南極海の底よりも冷たく感じたからだ。
しかし、このまま正面を向き続けるわけにもいかない。
次の瞬間には自分の腹から刃物が飛び出しているんじゃないかと思うほどの恐怖。
俺はゆっくりと、人類が滅びて数百年が経過し、錆びて錆びて錆びまくったロボットが最後に仕事を果たす時のような、あまりにもぎこちない動きで振り返る。
そこに立っていたのは、天使と見紛うような美しい女性だった。
詳しく言えば、女性が天使のように見えたのではない。
その子は天使だった。くりくりとした大きな目も、瞳は宝石のように煌めいていて、唇は桜色。そう思った。
しかし、よく見てみると大きな目には激昂の色が見えるし、瞳はメラメラと燃え盛っていて、唇は血のように紅かった。
天使と見紛うような悪魔だったのだ。
そして、その場を完全に支配している女性――巻島葉音は仮面のような笑みを浮かべ、俺たちに向けて言った。
「――悪いって、誰に、悪いの?」
き、き、キターーーーーーー!
待ってました!という方はぜひ評価ポイントをぶちこんでいただけると葉音のギアが上がります!
余談というかお願いpart2
コミカライズを含めると6冊自作が発売されていますが、Xのフォロワーがほとんどいません。
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