ハッタリの悟
渾身の飛び蹴りによって男の一人が転がっていき、全員の意識がこちらへ向いた。
「な、なにしてんだお前ッ!」
俺はというと、着地にミスって足首を捻っていた。
もう終わりじゃねぇかと思いながらも平静を装う。
「――悟!?」
東堂先輩が反応すると、男――見たことのある奴が険しい顔になる。
「お前まで来んのかよ……こいつ、このまえ俺のこと脅してきやがったカス野郎」
「名乗る手間が省けて良かったよ、カス野郎に言い負かされた雑魚」
「んだとテメェ!」
男が掴みかかろうとしてくるが、他の男たちに止められる。
いや、止められたというより、お楽しみを分け合おうとしているようだった。
「君、この子達の知り合いっぽいよね」
「知り合いじゃなくても俺はお前らに喧嘩売ってるけど? 俺の将来の夢はキャプテン・アボカドなんだよ」
マジな話だ。実寸大スケールの盾も持ってる。
「そんな話は聞いてないけど。俺がなに言いたいか分かる?」
「全然。留置場の二十三日間で歌う曲のことか?」
「俺さ、AVは寝取られモノが好きなんだよ」
男が下卑た笑みを浮かべる。
「お前を取り押さえて、目の前で二人とも犯してやったら最高に気持ちいいと思わねぇ?」
取り巻きの男たちが声を上げて笑い、天王洲が軽蔑の視線を向ける。
だが、俺の心は微塵も動揺していない。
もう少し時間を稼ぐことだけを考えていた。
「それは良い提案だと思うけど、俺のことを取り押さえられると?」
「こっちは五人だぞ」
余裕をかます男に対し、さらに余裕があるように振る舞う。
「この中に、格闘技やったことあるやつは?」
「俺がボクシングやってたよ」
一人が名乗り出る。
「じゃあ聞いたことあんだろ。餃子みたいな耳してるやつには喧嘩売らない方がいいって」
二人がピンときた顔をして、残りの三人は「はぁ?」と声を漏らす。
「柔道やってるやつはそうなるんだよ」
「じゃあ、アイツはめちゃくちゃ強いってことか?」
「いや……見てみないことには分からんけど……」
「ふぅん。お前、耳見せてみろよ」
そう、俺の髪は耳にかかっていて、どんな形をしているか分からない。
だからコイツらは俺の力量を図りかねている。
俺は勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、髪をかきあげて右耳を見せる。
「…………餃子じゃねぇじゃん」
「その通り。俺は格闘技なんてやったことないね」
「じゃあ今までの時間はなんだったんだよ! お前本気でぶっ殺すぞ!」
「別にいいけど?」
怒りに塗れた男たちが近づいてきても、俺の優位は崩れない。
なぜならもう、仕掛けは作動したからだ。
「――警察呼んでるけど、そんな暇あるの?」
言葉と同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
「……は?」
「おいマジかよ」
「ちょっとヤバいんじゃねぇの?」
男たちは言葉を交わしつつも、警察が本当に来るのかを疑っているようだった。
しかし、サイレンの音は更に大きくなる。
「やべぇって!」
「俺次はないって言われてるから行こうぜ!」
「――ちっ、クソガキがよ!」
素晴らしい捨て台詞を吐き、男たちが俺の横をすり抜けて行く。
俺は男たちが去って行くのを確認した後、裏路地の向こうに置いてあったスマホを拾い上げ、ボタンを何度か押す。
それと同時に、サイレンの音が小さくなっていった。
「いやぁ、まさか暇つぶしに作った音源が役に立つなんてな」
今思えば近くにいる誰かしらに通報してもらえば良かった話なのだが、警察にかけている時間がないと判断した俺は、かつて作成した音源を使うことにした。
その音源は最初は無音、二分が経ったあたりから小さなサイレンの音が流れ始め、時間と共に徐々に大きくなっていくという構成になっている。
男たちの前に出て行ったタイミングで流してしまえば、冷静に考えられて嘘だとバレる可能性もあった。
だから、最初に俺が飛び出してアホなやり取りをし、場を混乱させることで成功率を上げる……とは考えたが、つまりは博打だ。
今回は女神が微笑んだだけにすぎない。
「……二人とも、大丈夫?」
問いかけると、先輩はまだ状況が飲み込めていないようだった。
仕方なくもう一人――天王洲に声をかける。
「どうしてこんなところに?」
「それは…………あの、ありがとう、ございます……」
ほとんど関わりはないが、彼女が言葉を詰まらせるところを初めてみた。
俺の質問に答える気はないようだし、今は先輩と話をしたい。
天王洲は早いところ帰すことにしよう。
「天王洲っていつも送り迎えがあるって噂だけど、誰か迎えに来てくれる人は?」
「え、えぇ……います」
促すと、彼女は電話をかけ始めた。
ほんの十数秒で終わった通話ののち、迎えがすぐ近くに到着すると知り、そこまで送っていくことにする。
「涼はちゃんはここで待ってて。すぐに戻ってくるから」
先輩が頷くのを見て、天王洲を連れて裏路地を出る。
一体どんな手品を使ったのか、迎えは既に到着していた。
宮下パーク近くにデカいリムジンが停まっている。
その目の前まで行くと、車内からいかにも「爺」という感じの老人が出てきて、恭しく俺に一礼した。
これで面倒な仕事は終わった。
俺は踵を返して先輩の元へ向かおうとする――
「…………あの」
「ん?」
天王洲が、消え入りそうな声で何か言っている。
俺への態度を見ているから鼻で笑いそうになるが、彼女も女の子。
先ほどの恐怖が残っているのだろう。
「だ、男性はみなさん……あなたのような感じなのですか?」
「そうだよ」
俺は一瞬のうちに理解した。
というより、自意識過剰になることにした。
言わずもがな、俺は天王洲のことが嫌いである。
消しゴムの件も図書室の件も未だに根に持つ器の小さい男だ。
仮に、今回のことで彼女が俺に恩を感じたらどうなる?
態度は軟化するかもしれないが、俺はそもそも関わりたくない。
なんか巻島とバチバチしそうだしな。
だから、俺が取る選択肢は一つ。
「こういう時、男はみんな女の子を助けるものだよ。そもそも俺は彼女を助けたかっただけで、天王洲のことなんてどうでもいい」
「……そうなのですか?」
「もちろん。俺が触れた本を借りれないってやつに、誰が良い感情を持つよ」
「――ッ。その通りだと、思います……」
「じゃあ、これからは気をつけて」
俺はそう言って爺(仮)に一礼し、先輩の元へ急足で戻る。
ハッハァー!これはフィクションなんだよォ!
ランニングしてる時に思いついたんです。勘弁してください。
次回予告。ヤバいです。




