縄文時代を学んでいるようなものだわ
先輩は一に満たない額に物足りない顔をしていたが、俺は足りまくっていた。というより溢れている。
これ以上ポルコにいるのが怖くなってきたし、そろそろ夕方だし、代々木公園を少し散歩して解散することにした。
「今日のデートはどうだったかしら」
出し抜けにそんなことを言われた。
「楽しかったし参考になったよ。服を選んでもらえたのはマジで助かったし。今年はもうこれで安泰だな」
「ふふっ、さすがに冬は寒いわよ? またいつでも選んであげるから、遠慮せずに言ってちょうだい」
そのためには俺が石油王にならなきゃいけないな、とはいえなかった。
「……でも、悟が楽しんでくれたならよかったわ。少しだけ不安だったから」
「不安?」
男性経験が多いであろう彼女にとって、俺とのデートなど朝飯前だと考えていたが、言葉通り先輩の横顔には安堵の色が出ていた。
「こっちの話よ」
先輩はこちらへ振り向き微笑んだ。
よく分からないが、彼女にも考え事があるらしい。
あまり触れないようにして、今日の感謝を伝えよう。
「これで俺も巻島を喜ばせられるってことだよな。涼ちゃんには頭が上がらないよ」
瞬間、先輩の纏う温度が数度下がったように感じた。
「…………そうね」
そして何を思ったのか、左腕を俺の右腕に絡めてくる。
「涼ちゃん!?」
「あ、甘いのよ……」
「……えっ?」
「まだまだこんなものじゃ葉音は幸せにできないと言っているの!」
先輩の力強い口調を前に黙り込んでしまう。
彼女の勢いは止まらない。
「たった一回のデート練習で葉音を満足させられると思っているの!?」
「そういう話じゃなかったのか!?」
「当たり前じゃない! 悟は授業の時にノートを取らないの? 一度先生の話を聞けば試験で百点が取れるのかしら?」
そんなの後の世で映画化されるような天才じゃなきゃ無理な芸当だろう。
「何においてもそう、たくさん繰り返して初めて身につくのよ」
考え方自体は正しくて言い返すことができない。
「それに、カフェもショッピングもデートじゃ序の口! 縄文時代を学んでいるようなものだわ!」
「別に歴史はどこから勉強しても――」
「技術は違うでしょう! 最近のテクノロジーを学ばなきゃ現代では生きていけないわ!」
つまり……なんだ?
もっと男としてのアプローチ方法を磨けという事だろうか。
「その最新テクノロジーっていうのが腕を組むってことなのか」
「いいえ、違うわ。腕を組むなんてまだ戦国時代」
「意外と進んだね」
「私、世界史選択だからあんまり詳しく無いのよ! とにかくもっと上があるの!」
もっと上と言われて思い浮かんでしまったのが、体調を崩した巻島を送り届けた後のアレだ。
送り狼ならぬ送らせ狼。自分の心が汚れているのだろうか。
考えている間にも、俺と先輩は腕を組んだまま人通りの少ない代々木公園を歩く。
「私が考えるに、悟はまだ男女の駆け引きを学んでいないのよ」
「大富豪なら強いぞ」
「シバくわよ」
ローカルルールにも対応できるのに……。
「じゃあ、どこまでいけば令和になれるんだよ」
「それは……その……」
先輩は言葉を詰まらせたと思うと、みるみるうちに茹で上がっていく。
「とにかく! 悟は私に比べたらまだまだお子様なのよ!」
「涼ちゃんと比べたらそうだと思うよ」
「だから……私がこれからも教えてあげる。女の子のことも、デートの仕方も、全部ね」
そう言って、先輩は腕を組む力を強めた。
巻島とはまた違う匂い。
彼女がミルクチョコレートだとすれば、先輩はビターチョコレート。
きっと香水の匂いで、これから街中で同じ香りを感じれば先輩を思い出してしまうだろう。
「次は来週の放課後にしましょう」
「そんなに早く……涼ちゃんだって仕事があるんじゃないの? 巻島との撮影だってもうすぐだって聞いたけど」
問いかけると、先輩は余裕そうな顔になる。
「それなら心配いらないわよ。私はモデルとしての技術をマスターしてるし、そのための時間だもの」
その言葉は俺に向けられているようで、他の誰かを見ているようでもあった。
「学校帰りなんて噂になるんじゃ……」
先輩は、なおも心配する俺の方へ向くと、細く冷たい手で俺の手を包み込む。
「心配しないで。私が上手くやってあげるから、あなたは全部任せて? 手取り足取り、ね」
獲物を逃すまいとしているような目。
結局、俺は先輩の提案を断り切ることができず、数日後にデートの約束を入れてしまった。
買ってもらった服の入っている紙袋が、急に重さを増した気がした。
みんなは何時代がすき?俺は十字軍!
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