あはっ、そうですねー。それに気づけるなんて、ほんっとうに先輩は可愛いです!
「悟せんぱぁ〜いっ」
昇降口で靴を履いていると、甘ったるい声が背後から飛び込んでくる。
振り返らなくても分かる。二兎だ。
「先輩って、今日はこのまま帰る感じですかぁ?」
制服のスカートを揺らしながら、俺のすぐ横まで来ていた。
ニヤニヤと笑っている。
「……あ、あぁ。特に予定はないけど」
「そっかぁ、よかったです〜」
二兎が距離を詰めてくる。
いつもよりテンションが高いように感じた。
「じゃあ一緒に帰りましょうよ。先輩、今日は一段と雑魚雑魚顔ですしぃ〜、気分転換に付き合ってあげますっ!」
「いや、別にそんな疲れては――」
「何か言いましたぁ?」
指先で軽く俺の腕を小突いて、二兎はにこっと笑った。
「わたしぃ、ちょっと寄りたいところがあるんです。付き合ってくれたら嬉しいなぁ〜」
結局、俺は断れずにそのまま一緒に学校を出た。
向かったのはショッピングモールだった。
「はい、ここですぅ〜」
連れてこられたのはファンシーな雑貨店。
俺が来るような店ではない。場違いすぎて目が痛い。
「別に買いたいものがあるってわけじゃないんですけどねぇ」
そう言いながら二兎はキーホルダー売り場を眺め始める。
「あ、これ可愛くないですかぁ?」
「可愛い……んじゃないか?」
彼女が手にしているのは、最近女子たちの間で流行っているらしいキャラクターのキーホルダー。
俺にはイマイチ良さがわからない。
「ほら、こういうの彼女さんにあげたらどうですかぁ? 巻島先輩にぃ」
あくまで軽口だが、俺の反応を待つように横目でちらりと覗いてくる。
「ちなみにこれ、おそろいもあるんですけど〜、巻島先輩とそういうものは持ってたりしないんですかぁ?」
「も、持ってないよ」
そう言うと、二兎は揶揄うように笑う。
「先輩、ちょっと動揺してるのバレバレです〜」
「……してない」
「してます〜」
笑いながら俺の袖口をくい、と引く。
「じゃあ、私とお揃いにしませんかぁ〜?」
そう口にした二兎は、冗談のような、冗談じゃないような目をしていた。
「それは……」
「あ〜、そうですよね〜。だって先輩には彼女さんがいるんですもんねぇ〜」
分かりやすく肩を落として見せる。あざとい。
「いや、俺たちは別に付き合ってるわけじゃ――」
その瞬間、二兎の目がキラリと光ったように見えた。
「そうですよねっ!?」
「おおっ!? なんだ!?」
両腕を掴まれる。二兎ってこんな力強かったのか?
「やっぱり……おかしいと思ってました」
「……なにが?」
「先輩という牙城が、こんな簡単に崩されるはずがないんですぅ」
急に聞き慣れない言葉を使われて驚いた。
二兎は胸の前で握った拳をぶんぶんと振って、なぜか勝利宣言のようなことを言っている。
「いや、牙城って……そんな大層なもんじゃないだろ」
「それが問題なんですよぉ〜。自分じゃ気づいてないのが一番タチ悪いってやつです〜」
あざ笑うような口調。でも、目が笑ってない。
「自分がどれだけ罪なことしてるか分かってないんじゃないですか? 巻島先輩に好かれてるのだって、どうせ途中まで信じてなかったんでしょう?」
「そんなことは……」
ある。心当たりありまくりだ。
「それで変に口を滑らせて無理やりされちゃったとか、そういう流れじゃないですか?」
「…………」
何も言えない。
なんなら、あなたに対して嫉妬してましたよ。
「でも……今日のところは良いです。先輩がどれだけお馬鹿さんでも許してあげますっ!」
「なんで俺、ところどころ罵倒されてんの?」
二兎は答える気はないようで、しかし謎に嬉しそうにキーホルダーに目を落とす。
「……私とおそろい、してみませんか?」
「二兎とおそろい?」
「そうですぅ。巻島先輩と付き合えない悟先輩が可哀想なんで、私が代わりにおそろいしてあげますよ?」
差し出されたのは、さっきのキーホルダーのペアバージョン。
どちらがどちらを選んでもいいように色違いになっている。
「でも、こんなの誰かに見られたら困るだろ?」
「誰かって誰ですかぁ〜? 大丈夫です、誰も先輩のことなんて見てません!」
「それは悲しいだろ……」
「付き合ってないならいいじゃないですかぁ〜」
「……本当はこれが欲しいだけじゃないか?」
「どうですかねぇ〜」
そう言いながら、キーホルダーを俺の手にそっと押しつけてくる。
「今日は私のターンなんですから。巻島先輩も東堂先輩も関係ないで〜す」
二兎がなにを言いたのか全然わからない。
そして、このままうだうだやるのも面倒だ。
「……買うよ」
「えっ……いいんですかぁ!?」
「欲しいんだろ? 買ってやるよ」
「やったぁ! 先輩も付けてくださいね!」
「え? 買うのは二兎のだけで良いだろ?」
欲しがっているのは彼女なんだし。
「もちろん先輩も付けてくれますよね?」
「いや、だから買うのは二兎のだけで――」
「先輩も付けてくれますよね?」
「………………買ってくるよ」
「はい」を選ばなと進まないやつだ。
俺は仕方なく二つのキーホルダーを持ち、後ろからの「ちゃんと付けてくれないとシバき倒しますからね〜!」という声を背に浴びながらレジへと向かった。
店を出た俺たちは、ショッピングモールのエスカレーターを並んで降りていた。
「──で、ちゃんと付けてくれるんですよね?」
二兎がニヤニヤしながら言ってくる。
「……まぁ、つけるけどさ」
「え、なんかトーン低くないですか? もっとこう、嬉しさ爆発させていいんですよ?」
「爆発しねぇよ」
後輩にイジられて喜んでたらヤバいだろ。
悟のSから反転してMだよ。
「ふぅ〜ん……先輩が嫌がるなら、わたし付けるのやめちゃおっかな〜?」
「やめるの? それなら俺も──」
「やめるとは言ってませんけどぉ!?」
こっちの反応に食い気味で食い下がってくる。
「ほ、ほんといじりがいありますねぇ、悟先輩は」
「やっぱり、そのために誘ったのかよ」
「……ふふっ、まぁ、ちょっとだけ。でも今日は楽しかったですよ?」
モールの出口を出ると、夕方の風が顔を撫でる。
「じゃあ私はこれで。この後、ママとご飯なんです」
「おう、気をつけてな」
「はいは〜い。バイバイですぅ〜!」
別れる直前、二兎は急に俺の腕を人差し指でツンとつついた。
「……キーホルダー付けてなかったら、明日のお昼ごはん奢ってもらいますからね?」
「隆輝に奢らせるかぁ」
「……お友達を使うのは良くないですよ?」
俺が悪者みたいになってるんだが。
「それにしても、よくやるよなぁ」
「何がですか?」
「いや、俺をイジるために自分も付けるなんて、体張ってるよなと思って」
「あはっ、そうですねー。それに気づけるなんて、ほんっとうに先輩は可愛いです!」
褒められているはずなのに褒められている気がしない。
「でも、いいんです。今は関係を意識してもらわないといけないんで〜」
クスクスと笑いながら、二兎はふわりと手を振って歩き出す。
歩きながらも何度かちらちらと振り返ってくるその姿。
どうしてか、キーホルダーの入ったカバンが重く感じた。
イケイケな感じを出していても、これからも病んでいくのが後輩の運命。




