あの子のためなんだし
丁寧に包んでもらった手鏡をカバンにしまい、東堂先輩と共に店を出る。
「良かったじゃない。良いものが買えて」
「巻島、喜んでくれますかね?」
「七里ヶ浜くんに貰ったものなら何でも嬉しいと思うわよ」
「いや、まぁそうなんですけど。俺としては、それ抜きでも喜んでほしくて」
そう言うと先輩はクスっと笑う。
「そこは切り離せないかもしれないわね。好きじゃない人と行く高級レストランか、好きな人と行くファミレスか。女の子はみんなそうなのよ」
「先輩も好きな人、いるんですか?」
先輩の顔が「しまった」と言いたげに固まる。
女の子は「みんな」そうということは、円の中に先輩自身も入っていることになる。
俺に見抜かれたのは屈辱なのだろう。小さく「いるわよ」と返ってきた。
「そうなんですね。幸せだと思います、相手の人」
「……え?」
「こんな綺麗な人に想われて嫌な人はいませんよ」
気まずくなったからとかではなく本心だ。
普通に生きていたらテレビという箱の中でしか見ることができない美貌。
その持ち主から好かれるというのは幸運なことだろう。
好意を持った相手なら強く当たることもないだろうしな。
「……っ! ず、ずいぶん褒め慣れてるのね」
「お世辞じゃないですよ」
「本当に……? い、いや……あなたに言われても嬉しくないわ」
そりゃあそうだろうと思いつつ、俺たちは駅に着きそうになっていた。
着いてきてくれたお礼を言って帰ろう。
「今日はありがとうございました」
「気にしなくていいわよ。葉音のためなんだから」
「それでも、一人だったらなに買えば良いか分かりませんでしたよ。先輩のお陰だって、巻島にもちゃんと伝えておきます」
二人の仲は良いままだろうが、屋上でのこともある。
俺が先輩の手助けをするのは対価として良い……と思ったのだが、彼女はなぜか呆れ顔だ。
「……あなた、それ本気で言ってる?」
「本気ですけど」
「はぁ……理解したわ。女心を理解してないのをね」
酷いことを言われた気がしたが、ここからの先輩の挙動不審ぶりは見ものだった。
まず「そういうところが――」とよく分からないことを呟き、続いて呆れ顔を継続していたが、その表情は少しずつ驚きとも喜びとも取れるものへと変化していく。
かと思えばキュッと引き締まった、先輩らしい顔に戻った。
「もしかして……葉音とのデートもそんな感じなの?」
「デートですか? ちゃんとしたのは、まだ一回しかしたことないです。その時は……巻島が色々考えてくれて――」
「そうでしょうね、この流れからすると。七里ヶ浜くん、自分が情けないと思わないの?」
「情けない……?」
「そうよ! 葉音みたいな可愛い子と付き合ってるのにリードできないなんて、恥を知りなさい!」
ビシッと指を刺される。
「葉音だけじゃない、ほとんどの女の子はリードされたいものなの」
「なるほど……」
多様性だなんだ言われる時代ではあるが、こればっかりは否定できない。
男がリードできた方がカッコいいのは明らかだ。
「だ、だから――私が七里ヶ浜くんにデートというものを叩き込んであげるわ」
「マジですか」
「マジよ。デートだけじゃない、女の子の心の動きも教えてあげる。私はそう……慣れてるから。デートとか、色々」
「それは助かります。でも……」
脳裏に浮かぶのは巻島の顔。
恋人ではないが、やることはやってしまっている。
現時点で他の女子と二人で出かけるのは浮気にならないだろうが、罪悪感はある。
「心配しなくても葉音は許してくれるわよ。あの子のためなんだし」
「……そうですかね?」
「葉音をガッカリさせないためだもの。バチは当たらないと思うわ」
プレゼント選びまで手伝ってもらったんだ。
ここで断るというのも気持ちが悪いし、一肌脱いでもらうことにするか。
「じゃあ……お願いします」
「良い判断ね」
「えっと、今から行きますか? 暗くなってきてますけど――」
「本当は今日が良かったけど、別の日にしましょう」
本心では俺と二人で出かけるなんて御免だろうが、予定を空けてくれるようだ。
最後にもう一度だけ礼を言うと、東堂先輩は――。
「えぇ。デートの練習は週末――楽しみにしてるわよ?」
優しく微笑んだ。
スタジオには空調の風が肌寒いほど効いているのに、僕の指先はじんわりと汗ばんでいた。
悟くんにMINE送ったからだ。
やり取りはほとんど毎日しているし、それよりも――もっと凄いこともしてしまった。
だとしても未だに慣れない。
メッセージの一つを送るだけでも、受け取るだけでも身体がカアッと熱くなる。
「悟くん、今日もお疲れ様!」
『お疲れ様は葉音の方だろ』
『調子はどう?』
「おかげさまで最高かも!」
すぐに返ってきたメッセージは、彼らしい素っ気ない優しさがあった。
「……ふふっ、やっぱり、好きだなぁ……」
独り言のように呟きながらスマホを胸元に押し当てる。
『それは良かったよ』
『またレッスン終わったら話そうな』
『頑張れ』
でも、少しだけ。
ほんの少しだけ何かが違う気がする。
「……ねぇ悟くん」
それが何かは分からなかった。
でも、好きな人だからこそ気づいてしまう呼吸のズレのようなもの。
「なにか僕に隠してることない?」
送った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
重たいと思われたらどうしよう。
面倒だって思われたら、嫌われたら……。
既読はすぐについた。
でも、返事が来るまでの時間は永遠みたいに長かった。
『隠してること?』
「うん」
「今日の悟くん、いつもと違う気がする」
「どこがって言われるとわかんないけど」
本当はピンときている。
悟くんは何かを隠している。
経験はなくともドラマなんかで見たことがある、彼氏が浮気を隠す時みたいな――。
『そんな怪しい言葉ないよ』
『怪しいことはないよ』
すぐに訂正される。
スマホを持つ指が少しだけ強くなる。
(こんな時に、誤字……?)
偶然? 本当に?
言い直してくれたのも分かる。
でも、僕の心はすでに、静かに警告音を鳴らしていた。
「そっか」
「なら僕の勘違いだったかも」
明るく返信する指が震えていた。
もうこれ以上突っ込んじゃいけない。
そう分かっているのに、僕の指は止まらなかった。
「悟くんから女の子の影を感じた気がして」
……送った。
送りながら、言葉が刺になってしまっている自覚もあった。
『そういうのはないから安心してくれ』
彼の返事はきっぱりとした否定だった。
それで、少し、心は落ち着いた。
でも、それがまた疑念を呼んでしまう。
(そういうの“は”……)
言葉のあやだと言われればそれまでだろう。
悟くんは口が滑りやすいし。
そこも可愛いけど、僕のスイッチが入る原因であるのは間違いない。
「そういうのはないんだね!」
「ありがとね!」
僕はスマホをゆっくり伏せて、深く息を吐いた。
信じる。今はそれしかできない)
でも、心のどこかでまだ引っかかっている。
もしかしたら、僕の中にある不安がそう思わせているだけかもしれない。
(だけど……もし本当に、誰かが――)
そこで思考を止める。
スマホは伏せたまま、右手のひらの下でじっとしている。
まるで、その画面の向こうにある彼の世界に入り込めないことが、もどかしくて仕方ないみたいに。
悟を責めることなかれ。これは武士の誉れよ。
適当言いました。これはハーレム作品なので大目に見てあげてください。
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