勝ち誇ってるよ
軽やかな足音とともに現れたのは、今日も派手派手な二兎だった。
「おっはようございますぅ、悟先輩っ! せんともさんもいるんですね〜」
「悪いねぇ後輩ちゃん。悟のいるところに俺あり、なんだ。身の危険を感じない限りね」
「いいじゃないですかぁ、雑魚同士で傷の舐め合いですねっ! その調子で後ろの――お邪魔虫も駆除しちゃってくださぁ〜い!」
二兎の大きな瞳が巻島の姿を捉えると、彼女は一瞬だけ、ぴたりと動きを止める。
だがすぐに、何事もなかったかのように笑顔を取り戻した。
「えーと、確か二兎さんだったかな? 初めましてだね」
「そうですねぇ。でも私は何度か見かけたことありますよぉ? 悟先輩と一緒にいる時に」
その声は甘く、柔らかい。
だが、どこか計算されたトゲを含んでいた。
「へぇ、そうなんだ。悟くんと仲がいいんだね?」
巻島もまた笑顔で返す。が、その目には静かな火が灯っている……ように見える。
「ええっ、そんなことないですよぉ〜? 先輩がぁ、私に着いてきちゃうんですっ」
まるで「あなたは違うんですか?」とでも言わんばかり。
巻島の笑顔がほんのわずかに冷えたように見えた。
「子犬みたいで可愛いねぇ悟くん」
どう返すべきか戸惑っていると、巻島は俺の制服の袖をちょこんと引いた。
「でもね二兎さん。僕と悟くんはもう、着いて行くとかの次元じゃないんだよ?」
「そうなんですねぇ。でも辛いですよね、隣に並びたくてもアイドルさんには難しいでしょう? 私と先輩はぁ、一緒にプリ撮ったりスマホの裏に入れたりできますけどぉ〜」
「確かに僕も悟くんとプリクラ撮ったけど、誰かに見られる場所には入れられないなぁ」
「で・す・よ・ねぇ〜? だからあなたはアイドルのお仕事に専念して、悟先輩を私に――」
「でも僕は今さら証なんて気にしないけどね。だってもう――繋がっちゃったから」
巻島は、あくまでも微笑んだままそう言った。
優しくて柔らかい声音。
しかし、その言葉には明確な殺意が込められていた。
「――何言ってんだ!?」
思わず俺が声を上げる。
隆輝が「うひょおっ!」と反応し、巻き込まれないように視線を逸らした。
「……………………………………は?」
初めて聞くような、絶対零度の声が二兎から漏れる。
「……あ、そっかぁ……」
彼女はゆっくりと笑った。愛想笑いとは明らかに違う。
唇だけが笑っていて、目はまったく笑っていない。
「……先輩、それ、本当ですか……?」
声量はほとんど囁きに近い。
俺と巻島にしか届かない距離。
「いや、それはだな……その……」
「ん、どうしたの? 僕と悟くんがどれだけ愛し合っていても、お互いに匂いが染み付くくらい一緒にいても、後輩の二兎さんには関係ないと思うんだけど」
もうやめてくれ。
自分の先輩の事情など聞きたくもないだろう
「繋がってるとか、匂いがとか……へぇ……」
二兎の指先が、自分の制服の袖を強く掴む。
「……知らなかったなぁ。悟先輩って、そうやって……簡単に、取られちゃうんだ」
「ちょ、二兎までなに言って――」
「だってぇ」
被せるように、さらに声を落とす。
甘さが消えて湿った音だけが残る。
「私、先輩のこと……ちゃんと見てたつもりだったんですけど」
視線が俺の喉元に落ちる。
そこに何か刻みつけたいみたいに。
「……まぁ、いいです。今は」
一言一言がやけに重い。
「順番、間違えちゃっただけですよね。私」
巻島がわずかに一歩、俺との距離を詰めた。
「順番とかじゃないんだよ。どれだけ行動できて、愛が強いか。恋愛ってそういうものじゃないかな?」
先週もそうだったが、巻島はどうしてこんなに二兎を敵視しているのか。
「……悟先輩」
二兎はもういちど俺を見上げた。
「……また、考えますね」
何を、と言わないのが怖い。
しかし彼女は、次の瞬間にはいつもの調子に戻る。
「じゃ、私急ぐんで〜! お二人とも、仲良く登校してくださいねぇ〜!」
そう言って軽く手を振り、歩き出す。
「……悟」
隆輝がぽつりと呟く。
「刺されそうになったら守ってやるから、呼んでな? それまでは面白いから見てるけど」
俺は返事ができなかった。
横を見ると、巻島が静かに微笑んでいた。
勝ち誇ってるよ。
そういえばもう一人ヒロインがいた気がしますが、もうしばらく忘れていて構いません。




