(25) このままでは、全員が死ぬぞ!
「わたくしの目指す進化は、お前たちのような感情に囚われた存在には理解できません。無駄な足掻きです」
冷ややかな声が響く。彼の赤い光を宿した眼差しは、こちらの内面を見透かしているようだった。
「――闇穿つ終焉の一撃≪ダークネス・アポカリプス》!」
渾身の力を込めて聖剣を振るい、漆黒の魔力を凝縮させて一閃を放つ。しかしその一撃もまた、アノンの体をすり抜け、致命的な打撃にはならなかった。
「愚かですこと。もはや物質的な攻撃など通用しません。世界樹の力は、わたくしに完全なる不可侵を与えたのです」
余裕を漂わせるアノンの声が、絶望を突きつける。魔法も効かず、物理攻撃が効かないなら、どうすればいいのか?
直後、アノンが右手を掲げた。空間により濃い瘴気が満ち、世界樹の根が激しく脈動する。
「お前たちには、世界の新たな法則を教えてやろう。――根の咆哮≪ルーツ・ロア》!」
言葉と同時に、世界樹の根が巨大な怪物の咆哮のような轟音を放ち、うねり始めた。地面から隆起した根が鋭い棘となり、襲いかかる。
「っ、マナ・ウォール≪魔障結界》!」
ベリシアが叫び、素早く防御魔法を展開する。銀髪が乱れ、紫紺のまなざしが強く輝き、こちらを護ろうとする。しかしアノンの攻撃は、ベリシアの結界を容易く突破し、容赦なく迫ってきた。
カルナスは精霊の加護を受けた剣で根を切り裂こうとするが、再生速度が速く、次々に新たな根が生えてくる。必死にリィゼルとミルティを庇う。
「グハッ……!」
迫る根の一本をエクス=ルミナで弾いたが、別の一本が脇腹を掠め、鋭い痛みが走った。膝をつきそうになる。
ラズが、目前に躍り出る。自らの体から放たれた神聖な光が、アノンの攻撃を食い止めようとする。
「すべての命を尊重すべきです! あなたの行為は、万物の理に反しています!」
ラズは叫び、神聖魔法と暗黒魔法を融合させた防御術を展開した。赤い光を宿す眼差しに、強い意志が宿っている。だがアノンの力は、それさえも凌駕していた。
轟音とともに、アノンの放った根がラズの防御を打ち砕いた。彼女の体は吹き飛ばされ、近くの根の壁に激しく叩きつけられる。
「ラズっ!」
叫んだ声が空間に響く。ラズのケープは裂け、左腕から血が滲んでいた。それでも彼女は、立ち上がろうと体を起こす。
「大丈夫です……わたくしは……!」
その直後、アノンがさらに力を込め、一撃を放った。それは、世界樹の根を凝縮させた巨大な槍のようなもの。狙い澄ましたかのように、リィゼルへと向かっていく。彼女はラズの傷を癒そうと神聖魔法を発動したばかりで、防御が間に合わない。
「リィゼル!」
カルナスが叫び、彼女の前に飛び出した。自らの体を盾として、迫る根の槍を受け止めようとする。その威力は彼の防御を砕き、身体を貫いた。
「ぐあああああっ!」
苦痛に満ちた叫びが響く。口から血が滲み出るが、それでも彼はリィゼルを護ろうと、根の槍を掴んで離さない。
「カルナス!」
リィゼルが絶叫する。
直後、アノンが嘲るように手を伸ばし、リィゼルに迫る。
「エルフの最高巫女よ。お前もまた、新たな進化の糧となるのだ」
その手がリィゼルの顔に近づく。彼女の体から、生命力が吸い取られていくのが見えた。
「やめろ、アノン!」
叫び、エクス=ルミナを振るう。空間操作魔法でアノンの動きをわずかに止め、その隙にベリシアがリィゼルを抱きかかえて後方へ跳躍した。
リィゼルは生命力を奪われた影響で顔色は蒼白で、ぐったりとしている。目は生気を失ったように輝きを失い、ラズもまた左腕の傷が深く、血の気が引いていた。
「くそっ……!」
奥歯を噛み締める。このままでは全滅する。ミルザを救うどころか、全員がアノンの糧になってしまう。
『アイザワ、一時撤退だ! このままでは、全員が死ぬぞ!』
聖剣エクス=ルミナが、これまでにない真剣な口調で警告を放つ。
周囲を見渡す。ベリシアはリィゼルを抱え、疲労困憊の表情でこちらを見ている。カルナスは槍に貫かれ、意識は朦朧。ラズは片腕を押さえつつも、なお立ちはだかる姿勢を崩さない。ミルティナスは矢を構えるが、その表情には絶望の色が滲んでいた。
この状況でアノンを打ち破る術はない。戦い続ければ、犠牲者が増えるだけだ。決断するしかない。
「――撤退するぞ! 全員、俺に続け!」
叫び、空間操作魔法で最も消耗したリィゼルとカルナスを強制転移させる。続けてベリシア、ラズ、ミルティ、そして自分も一斉に後方へと退却した。
アノンは冷酷な笑みを浮かべ、撤退を見送る。
「逃げるのですか、魔王ゼルヴァ。愚かですな。この世界の法則はすでにわたくしのもの。どこへ逃げようとも、あなたたちに未来はありません」
その声が、世界樹の根の奥深くまで響き渡り、心を深く抉る。




