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(23) 世界樹の奥で、何かが進行しているのでしょう

 精霊たちの悲鳴を模した音波が脳髄を直接揺さぶり、意識が混濁しかける。足元を這う世界樹の根はアノンの力で不気味に脈動し、今にも崩れ落ちそうだった。ベリシア、ラズ、カルナス、リィゼル、ミルティナス――それぞれの持ち場で懸命に耐えている。だが、冷徹な紫の目が、まるでこちらの精神を見透かすように、じわじわと追い詰めてきた。

 黒猫の妖精が、いつの間にかルミリアズの背後へと回り込んでいた。

 油断を突き、その小さな爪で首筋を素早く引っ掻く。それはまるで戯れのような一撃だったが、彼女の動きがピタリと止まった。微かに「……っ!?」と呻きが漏れ、それまで俺たちの精神を蝕んでいた彼女の攪乱能力が、明らかに弱まった。頭に響いていた精霊たちの苦痛の声が、少しだけ遠ざかっていく。

「今だ、カルナス!」

 精神攻撃から解放されつつあったカルナスは、緑の閃光となって飛び出す。瘴気を裂き、ルミリアズへと迫った。精霊の加護を宿す剣を振り上げ、狙い澄ましてその右腕を鎖ごと切り落とす。

 彼女は、信じられないといった表情で自らの腕を見つめ、絶叫を上げた。冷酷な顔が、初めて驚愕と苦痛に歪む。

 この一撃が、戦況を一変させた。

「形勢逆転だ! 一気に叩き潰すぞ!」

 号令と共に、仲間たちが反撃に転じる。

 ベリシアは銀髪をなびかせながら、氷の魔法を連射し、黒エルフ隊を次々と凍らせていく。魔法剣レイピア〈凍える炎〉が火花を散らし、迫る敵を次々に薙ぎ払う。

 ラズはケルベロスを空間から次々と解き放った。召喚されたケルベロスたちは狂暴化した黒エルフを圧倒し、装甲に食らいついて動きを封じる。護るべきもののためには一切の迷いがない。

 ミルティナスも、敵を正確に射抜いていく。彼女の矢は黒エルフの装甲の隙間を正確に突き、確実に動きを止めていた。

 俺は聖剣を手にトレントへと向かった。

「うりゃぁ!」

 エクス=ルミナに漆黒の魔力を集中させ、渾身の力でその巨体を真っ二つに叩き斬る。激しい轟音と共に、トレントは黒い粒子となって崩れ落ちた。

「アノン様あああっ!!」

 トレントが倒れ、黒エルフ隊も次々に崩れていく中、ルミリアズは切断された腕を押さえながら、狂信的にアノンの名を叫ぶ。苦悶と絶望に歪んだ顔に、なぜか喜びすら宿していた。

 そして、信じ難い現象が起きた。黒く変色した樹の根が突き出し傷ついたの肩口へ、彼女の肉体と融合していく。ズルズルと不気味な音を立て、その体は不定形な植物の化け物へと変貌を遂げていった。絡み合う根と茨、伸びる無数の枝、そして醜悪な口からは瘴気が噴き出す。その姿はもはや人の形を成さず、ただの意思を持つ枝の塊だった。

「何が起こっている……!」

 思わず口走る。

 おそらく再生能力と世界樹との融合――レイストルなど比較にならない強敵だ。この異形こそ、アノンが目指す「秩序なき進化」の具現化。

 化け物と化したルミリアズは、触手のような枝で世界樹の根を破壊しながら迫ってきた。地面が大きく揺れ、内部から響く地響きが激しさを増す。

 触手の一撃がカルナスを狙う。剣で受け流すが、圧に押し飛ばされた。ベリシアの魔法も広範囲の攻撃と根侵で阻まれ、決定打にならない。

 再び窮地に陥る中、ラズが即座に動いた。

「来てください、ミノタウロス!」

 紅い眼を輝かせながら、二体のミノタウロスを召喚する。空間が歪み、雄々しい咆哮と共に屈強な肉体が現れた。咆哮と突進で化け物になりはてた彼女に迫り、巨大な角と蹄で触手を叩き潰していく。

「今です! ミルティ、ルミリアズの動きを鈍らせてください! ベリシア様、凍結魔法で足止めを!」

 ラズの声が響く。ミルティナスは即座に本体らしき部位を狙い、魔力を込めた矢を連射した。矢体を貫き、その動きをわずかに鈍らせる。

 その隙に、ベリシアが凍結魔法を発動。ルミリアズの足元から氷が広がり、巨体を封じる。

「行くぞ、カルナス!」

 叫びと共に、エクス=ルミナが決戦の光を放つ。刀身が青く輝き、カルナスの琥珀色の目が力強く応じる。左目には精霊の加護の紋様が浮かび上がっていた。

 ミノタウロスが動きを封じ、ミルティナスとベリシアが連携して隙を作り出す。その一瞬を逃さず、俺とカルナスは本体目掛けて連撃を叩き込んだ。

 聖剣に全魔力を集中させ、その刃を漆黒の闇で覆った。凝縮された闇を一閃に乗せ、その核へと叩き込む。

「――闇穿つ終焉の一撃≪ダークネス・アポカリプス》!」

 同時に、カルナスも精霊の力を剣に宿し、続くように渾身の一撃を放った。彼の剣から放たれた緑の閃光が、闇を裂いてルミリアズの本体へと突き刺さる。

 二つの斬撃が、化け物と化したルミリアズの根源を断ち切った。

 悲鳴を上げる間もなく、巨体は黒い粒子へと変わり、世界樹の根に吸い込まれるようにして消えていく。最後の残滓は瘴気と混ざり合い、闇の中に溶け込んだ。

 地響きも先ほどよりは穏やかになっている。

 だが、侵食はまだ終わっていない。アノンの存在が、奥底で今もなお動いている。

 聖剣を下ろし、深く息を吐いた。漆黒の長髪から汗が滴り落ちる。

「……おわりましたか?」

 ラズが安堵の声を漏らす。赤い目がこちらをじっと見つめていた。

「ええ、ルミリアズは完全に消滅しました。ただ、アノンの魔力の気配はいまだに強く感じられます。世界樹の奥で、何かが進行しているのでしょう」

 ベリシアが冷静に分析を口にした。疲労の色を悟らせぬよう、銀の髪を整える仕草を見せる。

「ミルザは、まだアノンの手にある……急がねばなるまい」

 カルナスが固い口調で続けた。琥珀の目が真っ直ぐに奥を見据えている。

「はい。世界樹の生命活動は、依然として危機にあります。アノンを止めましょう」

 リィゼルは巫女服の袖で額の汗を拭いながら、静かに語った。

 黒猫の妖精が、「ニャア」と小さな鳴き声が返り、体を擦り寄せてくる。その存在に、本当に助けられたと感じる。

 今の戦いで理解した。アノンの目的は、生命の尊厳を顧みることなく、世界を作り変えることにある。強制的な再構築によって「秩序なき進化」を成し遂げ、自らが新たな世界の法則となろうとしている。そのために、ミルザの力を利用しているのだ。

 再び前へ進む。アノンの居るところ、そこに、きっとミルザもいるはずだ。

 この世界の命運、そしてミルザの命。二度と後悔しないと誓った。だからこそ、魔王として、そして勇者として――進み続ける。

 闇の奥へ、さらに深く。俺たちは、足を踏み入れていった。

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