(18) 妖精女王を確保。邪魔者は排除せよ
祭壇の奥から、乾いた重い音が規則的に響き始めた。ドッ、ドッ、ドッ……。まるで巨木が地を這うがごとく、異様な脈動音。
「何の音だ……!?」
カルナスが警戒に満ちた声を上げる。左目に宿る精霊の加護が、琥珀色の光を強く放ち始めた。
「これは……魔力が急激に上昇しています!」
ベリシアの銀髪が逆立ち、紫紺の光彩が鋭く輝く。すぐに魔法剣『凍える炎』を構え、ミルザを背に立った。
祭壇の奥から姿を現したのは、かつてリィゼルが語った「黒エルフ」たちだった。
人数は二十と少し。彼らは森のエルフとは異なり、肌は深い褐色で、漆黒の装束に身を包んでいた。多くは黒い鉱物の装甲を体に融合させた異形の姿だ。中でも目を引くのは、右腕が巨大な刃に変化した男と、細身で黒い魔石の装飾を施した法衣をまとう女。濁った赤や不気味な紫に輝く双眸は、もはや正気を失っているとしか見えない。
エクス=ルミナを構えた。視線を彼らに向ける。
「……どういう用事だ?」
男の黒エルフが、無機質な声で命令を発した。
「妖精女王を確保。邪魔者は排除せよ」
その命令を皮切りに、黒エルフたちが一斉に襲いかかってくる。動きは洗練され、禍々しい魔力を纏っていた。
「ミルザを護れ!」
叫びながら、俺は敵陣へと飛び込む。聖剣から放たれる光の波動で、敵の動きを封じる。
ベリシアとリィゼルはミルザを背にかばっている。
カルナスは素早い剣技で敵の攻撃を捌きながら、彼女らに迫る黒エルフを阻む。彼の剣は精霊の加護を帯び、敵の装甲に触れるたび、黒い煙が立ち上る。
ミルティは祭壇周囲に結界を張りつつ冷静に弓を構え、敵の動きを封じていく。
だが、敵の数は予想以上に多かった。
祭壇近くの巨大な根が突如として蠢く。ドォン、ドォン……と地を這うような振動とともに、黒ずんだ木の根から禍々しい形の新たな樹々が伸び、空間を埋め尽くし始めた。
その中から姿を現したのは、トレント。
それは普通の個体とは違っていた。黒エルフを守るため立ちはだかる巨体。動きは鈍重ながらも、一撃一撃は重く、的確にこちらの行動を封じようとしてくる。
「くそっ、厄介な……!」
俺はエクス=ルミナでトレントの攻撃を受け止めながら、奥の黒エルフたちに目を向けた。右腕に巨大な刃を持つ男は無言でそれを振り回し、こちらを狙っている。法衣をまとう女は、周囲の精霊を無理やり起動させる魔法を操り、不気味な魔力で広範囲攻撃を仕掛けてきた。
「散開しろ! 広範囲魔法が来るぞ!」
警告の叫びと同時に、紫の光線が空間を薙ぎ払う。俺たちはすぐさま散開し、直撃を回避した。その魔法の威力は、この広間を揺るがせた。
敵は、この空間の構造を熟知しているのか。樹々の間を縫う素早い動きで翻弄し、トレントが視界を遮る隙をついて襲いかかってくる。
聖剣を振るい、迫るトレントを切り裂く。だが、再生能力が高く、すぐに立ち塞がってくる。男の黒エルフが、再び巨大な刃を振り下ろした。
「このっ……!」
エクス=ルミナで受け止めるも、その一撃はこれまでで最も重い。腕に痺れが走る。まるで戦いを楽しんでいるか、その躊躇なき攻撃。
――これは、決して油断できない相手だ。
ベリシアは、女の黒エルフが放つ魔法の波状攻撃を、結界魔法と魔法剣で捌いていた。彼女の魔力は膨大だがミルザを守りながら、これほどの規模の攻撃を連続で防ぐのは、やはり消耗が激しいだろう。
「この魔法、精霊を無理やり使役しているようです……!」
苦しげに響く声。精霊を強制的に魔法発動媒体として利用しているのか。その残酷さに、胸の奥に怒りが込み上げる。
カルナスはミルザたちから引き離すように周囲の黒エルフたちと交戦していた。剣技は一流だが、トレントの援護を受けた連携は想像以上に厄介だ。ミルティも弓で援護するが、攻撃がなかなか通らない。
そこへ、女の黒エルフが新たな魔法を放つ。精霊の悲鳴を模した、耳障りな音波が空間を震わせた。直接精神に干渉するそれは、頭の中に何千もの苦痛の声を響かせ、視界を歪ませる。
ミルティが頭を抑える。
「ぐっ……!」
思わずエクス=ルミナを握り締めた。精神攻撃は厄介だ。特に精霊の声を聞き取れるリィゼルや、加護を持つカルナスには、より深刻な影響があるはずだ。
「――大丈夫か!?」
叫んだ瞬間、女の黒エルフが放った光線がリィゼルへと迫る。精神への干渉により、彼女の動きが鈍っていた。
「リィゼル!」
カルナスが叫び、身を挺して彼女を庇おうとするも、一歩届かない。
光線がリィゼルの右肩を掠めた。清らかな巫女服が裂け、鮮血が飛び散る。
「くっ……!」
苦痛に顔を歪め、彼女が膝を落とす。銀の髪が血に濡れる。
「リィゼル!」
怒りが、一気に頂点に達する。深紅の光彩が激しい輝きを放ち、周囲の魔力を吸い上げた。
「許さない……!」
魔法を発動させる、その刹那。
祭壇の奥から、男の黒エルフが猛然とミルザへ向かってきた。トレントが注意を引いている隙を突き、別働隊がミルザを狙っていたのだ。
「ミルザ!」
ベリシアが叫ぶが、広範囲魔法により足止めされている。
幼いミルザは、小さな体で必死に逃げようとするも、巨体はあっという間に目前へと迫った。
「……いや、なの!」
ミルザの悲痛な叫びが、世界樹の内部に響き渡る。
だが、その声も虚しく、男の黒エルフの巨大な右腕が、彼女の華奢な体を掴み取った。
「放せっ!」
叫びながら、空間操作魔法でミルザのもとへ飛ぼうとする。だがその瞬間、女の黒エルフが放った精神攪乱の魔法が脳裏を揺さぶった。視界が激しく歪み、平衡感覚が崩れる。
「ぐぅっ……!?」
一瞬の隙――それが、致命的だった。
男の黒エルフはミルザを抱え込むと、祭壇の奥、別の根の通路へと姿を消す。
「ミルザ……!」
ベリシアの悲痛な声が響く。膝をついた彼女は、連れ去られていく姿を、ただ見つめるしかなかった。
混乱から立ち直り、祭壇の奥を見やる。だが、すでに黒エルフの男の姿はない。ただ、トレントたちが行く手を阻む。
せっかく出会えた妖精女王。世界樹を救う唯一の希望。ベリシアが長年待ち望んだ「約束の種」の妖精。
それが、目の前で呆気なく奪われてしまった。
「魔矢連陣《マナ・エクス=ボルト》」
魔力を拡大した矢でトレントを打ち抜く。
崩れ落ちる魔樹の向こうに、黒エルフたちは姿を消す。
祭壇に、空虚な沈黙が広がる。
誰もが、その場に立ち尽くしていた。怒り、無力感、絶望――様々な感情が胸の中で渦巻く。
リィゼルは右肩を押さえ、悔しげに唇を噛み締めている。カルナスは無骨な拳を固く握り、怒りの色を宿していた。ミルティは、どうすることもできない無力感に立ち尽くしていた。ラズは普段の落ち着きを失い、怒気に満ちた顔で奥を睨んでいる。
そしてベリシア。彼女は膝から崩れ落ちそうになりながら、ミルザが消えた先を呆然と見つめていた。紫紺の光彩は、絶望に沈んでいる。幼い頃から、彼女にとってミルザは唯一の希望だったのだ。
またしても目の前で、大切なものを守り切れなかった。この無力感は、かつて転生前に感じた後悔の念と酷似していた。
途方に暮れる――まさに、それが今の自分たちにふさわしい言葉だった。
だが、立ち止まっている暇はない。ミルザを、世界樹を救うために、進まなければならない。
エクス=ルミナを握りなおした。黄金の刀身が、闇の中で微かに輝く。
「……追いかける。ミルザを助けに行く」
絞り出す声に、皆がゆっくりと顔を上げた。その眼差しにはまだ絶望が残るものの、かすかな光が宿っているように見えた。
ご愛読ありがとうございます。
第3章の中間地点です。やっと敵が出てきました。




