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(15) 私たちを導いてくれるのでしょうか

「……ルサルカ」

 リィゼルリアが、呟く。

 ルサルカ──前に本で読んだ。水の精霊の一種だが、狂気に陥ると、水中に獲物を引き込む泉そのものと化し、周囲の生命力を吸い尽くす存在となる。

 目の前にいるそれは、本来は美しい精霊のはずが、瘴気に蝕まれ、今やおぞましい怪異と成り果てていた。

「気を付けてください、精霊力が強化されています!」

 ベリシアが言う。

 世界樹の中では炎が使えないのは、致命的な制約だ。俺が得意とする魔法の中には、火炎系の強力なものも含まれている。

 ヤツが精霊界の力で強化されているとなると、並大抵の攻撃では通用しないだろう。

「くそっ!」

 カルナアロスが舌打ちした。素早くルサルカに斬りかかるが、足を水流で崩され、決定打には至らない。ルサルカは腕を振るい、水流を操ってカルナアロスを弾き飛ばす。

 ラズが魔獣を召喚しようとするが、この空間に満ちる瘴気と精霊力の乱れが妨げとなっている。彼女の額に汗が滲む。

 ルサルカが狂気を帯びた笑みを浮かべ、水弾を放ってくる。瘴気を帯びた水の塊は、触れれば厄介なことになりそうだ。

「『|闇壁≪ダークウォール》』!」

 咄嗟に闇魔法で壁を作り、水弾を防ぐ。だが、水弾は壁を打ち破り、水しぶきが降りかかる。瘴気に触れた肌が、ヒリヒリと痛んだ。

「ミルティナス、何か手はないか!」

 そう叫ぶと、彼女は目を閉じ、何かに集中しているようだった。

「このルサルカは、精霊界からの魔力を、泉を通して吸収しています! その供給源を絶てば……!」

 ミルティナスが叫ぶ。だが、どうやって供給源を絶つのか。泉はあまりにも大きく、ルサルカの本体は中央にいる。

「『|凍れる槍≪フリーズランス》』!」

 ベリシアが氷の槍を放つ。槍はルサルカの身体を貫くが、すぐに再生してしまう。精霊界の力で強化されているため、再生能力も非常に高いようだ。

 脳内に、エクス=ルミナの声が響いた。

『ゼルヴァ! 闇魔法と聖剣を組み合わせろ! 貴様の闇の力と、我の神聖な力、相反するが、この精霊の力を乱すには、それが最も効果的だ!』

 なるほど……。精霊は、魔力と神聖な力の両方を嫌う性質がある。特に、混じり合ったり衝突する力が、均衡を崩すのかもしれない。

「カルナアロス! ルサルカの動きを止めろ! ラズは援護を!」

 そう叫び、聖剣エクス=ルミナを抜き放つ。黄金の刃が瘴気に包まれた空間で、鈍い光を放った。

 カルナアロスは再び斬りかかり、腕を狙ってルサルカの動きを封じる。

「『|黒い雷≪ブラックライトニング》!」

 ラズの闇属性の雷撃が、ルサルカの身体を麻痺させた。動きが一瞬止まる。

 その隙を逃さず、突進する。聖剣を構え、刃に闇の魔力を集中させる。

「喰らえっ!」

 聖剣から放たれた斬撃が、ルサルカを切り裂く。それは通常の物理攻撃ではない。神聖な力と闇の魔力が混じり合い、精霊としての存在を揺るがす一撃だった。

 ルサルカは苦悶に顔を歪め、悲鳴を上げる。黒い靄が、その身体から噴き出した。

「今です! リィゼルリア殿、ミルティナス殿! 泉の精霊力を封じる術を!」

 ベリシアが叫ぶ。二人のエルフは顔を見合わせ、頷いた。

「『!精霊結界≪スピリットバリア》』!」

 二人が同時に神聖魔法を発動。泉の周囲に翠色の光の壁が立ち上がり、精霊力の供給を遮断する。

 力を絶たれたルサルカは急速に弱り、身体から漂っていた瘴気が薄れる。狂気に満ちていた視線に、かすかな理性が戻ったのか。

「『|浄化の光≪ホーリーライト》』!」

 リィゼルリアがさらに神聖魔法を放つ。泉が淡い光に包まれ、淀んでいた水が澄んでいく。ルサルカの身体も次第に薄れ、やがて光の粒となって泉に溶けて消えた。

 泉は清らかな姿を取り戻す。周囲の瘴気も和らぎ、呼吸がしやすくなった。だが、空間の歪みは残されたままだ。

「助かった……か」

 カルナアロスが安堵の息を吐く。

「しかし、現在地が分からなくなってしまいました。この空間の歪みで、方向感覚が完全に麻痺しています」

 リィゼルリアが困惑した表情で呟く。確かに、周囲は薄暗く、どこを見ても似たような有機的な壁が続いている。方向が全く分からない。

 その直後、足元から小さな黒い影がスルリと現れた。場違いと思ったが――黒い猫。漆黒の体毛は、まるで闇に溶け込むようだ。

「にゃぁ」

 黒猫は可愛らしく鳴き、じっとこちらを見つめる。その青い双眸には、知性が見える。

「……妖精……でしょうか?」

 ラズが呟く驚いて呟く。魔獣を操る者として、精霊や妖精の気配には敏感なのだろう。

「この子は……世界樹の精霊……でしょう……か。私たちを導いてくれるのでしょうか?」

 リィゼルリアが慎重に問いかける。黒猫は何も言わず、くるりと身を翻し、暗闇の奥へと歩き始めた。

 少し離れたところで俺たちを振り返り待っている。まるで「ついてこい」と言っているかのように。

「ついていこう。この子が悪意を持っているとは思えない」

 そう判断し、後を追う。他の仲間たちも、信頼して続いた。

 黒猫は戸惑うことなく、複雑な通路を進んでいく。瘴気が濃い場所も、空間が歪んでいる場所も構わず、ひたすら前へ。その小さな背中は、まるで世界樹の変化や根元で起きている邪悪な精神の影響を全て、知っているか、頼もしかった。

 どれほど歩いただろうか。やがて、黒猫はひとつの広間で立ち止まる。そこは空間の歪みが少なく、精霊の力も比較的安定していた。天井からは、わずかながら清らかな光が差し込んでいる。

「ここなら……分かります! ここから先は、私が案内できます!」

 リィゼルリアが安堵の声を上げた。顔には、確かな自信が戻っていた。

 黒猫に礼を言おうと振り返るが、その姿はもうなかった。いつの間にか、気配が無くなっていた。まるで最初から存在しなかったかのように。

 虚空を見つめながら考える。あの妖精は何者だったのか。なぜ導いてくれたのか。世界樹の根元で発生しているという邪悪な精神の影響……それと関係があるのだろうか。

「参りましょう、ゼルヴァ陛下」

 リィゼルリアの声に、我に返る。今は目の前の問題に集中すべきだ。妖精のことは、あとで考えることにしよう。

 再び気を引き締め、リィゼルリアを先頭に、世界樹のさらに深部へと歩を進めた。

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