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(13) エルフにも、そんな過去があったのか

 荘厳な装飾が施された洞窟の入り口を抜け、俺たちはついに世界樹の内部へと足を踏み入れた。

 外の清浄な空気とは一変し、中には重く湿った空気が淀んでいて、少し冷たく感じた。

 本来、この内部は精霊の力に満ちているはずだとリィゼルリアは言っていたが、肌で感じるその力はまだらで、不安定だった。

「世界樹は炎を嫌います。明かりは魔法で灯しましょう」

 リィゼルリアの提案に応じて、彼女とミルティナスが指先から淡い光を放つ。その光は、まるで命を宿しているかのように揺らめき、周囲を穏やかに照らし出す。巨大な樹木の内側であることを強く感じさせる、有機的な壁面が広がっていた。複雑に絡み合う木の繊維が血管のごとく壁を走り、時折、小さな空洞や気根が姿を見せる。

 洞窟を思わせる道が、いくつか枝分かれし、緩やかに下降している。

 リィゼルリアが先導してくれているが、それが無ければ正直、帰る道も自身がない。

「陛下。――少し印象は違いますが、この様な道を通った記憶があります」

 ベリシアが若干かすれた声で、俺にささやいた。

「さすがに子供が、あの登山をできないとは思うけど、別の入口があったのかな?」

「――すみません。記憶が定かではなく。……正直、わたくしもさっきまで夢だと思っていた記憶です」

「謝る必要はないさ。ただ、少し気を付けて進もう」

 進むにつれて、内部は異質さを増していく。精霊の力が強く感じられる場所もあれば、不意に生命の気配が失われたように冷え切った空間もあった。まるで、健全な場所とそうでない場所がまだらに混在しているのだ。カルナアロスは左目に宿る精霊の加護を活性化させ、周囲の魔力の流れに警戒を向ける。琥珀色の視線が鋭く輝く。ベリシアは苗木に気を配りつつ、冷静に周囲を観察している。ラズは無言で背後を守り、赤い双眸で広い範囲を見張っていた。


 足元はぬかるみ、時折、黒い液体が滴り落ちてくる。精霊たちの苦しみの声が、リィゼルリアは『真巫聴』を通して微かに伝わるのか、たまに顔を厳しくする。そんな中で、彼女がふと、昔の話を切り出した。

「陛下……少しだけ聞いていただきたいことが有ります」

 リィゼルリアの翠のまなざしが、遠い過去を見るように細められた。俺は黙って耳を傾ける。

「かつて、この世界樹の根元を管理していたのは、『黒エルフ』と呼ばれる者たちでした」

 黒エルフ、と聞いて眉をひそめる。いわゆるダークエルフ、か。

「彼らは、根の奥深く、瘴気の溜まりやすい場所でも厭わずに働き、世界樹の生命を支える重要な役割を担っていました。しかし……」

 声が陰りを帯びる。

「当時のエルフたちは、彼らを『汚れたもの』として嫌い、差別しました。肌の色が森の奥深くにいるからこそ濃いと知ろうともせず、まるで異物のごとく扱ったのです。それは、省みるべき記憶です」

 リィゼルリアは種族の過去を自責の念として、捉えている。表情は深い悲しみに歪んでいる。俺は何も言わず、その思いを受け止めた。種族間の差別は、元の世界でも、この異世界でも、形を変えて存在する根深い問題だ。

「いさかいが起き、黒エルフたちは皆、姿を消してしまいました。どこへ行ったのか、今では誰も知りません」

 彼女は小さくため息をついた。

「根の管理は、世界樹の生命にとって最も重要な仕事の一つ。それが行き届かなくなったことも、世界樹の枯死を早める原因でしょう……。わたくしたちの傲慢が、世界樹を蝕む一因となったのです。本当に、恥ずかしいことです」

 顔を伏せ、その銀髪が微かに揺れる。過去の過ちを真摯に受け止め、悔いている気持ちが痛いほど伝わってきた。

「……そうなのか」

 静かに頷く。彼女の話は、世界樹の腐敗が単なる樹齢だけではなく、もっと根深い原因を孕んでいることを示していた。エルフ自身の過ちが、間接的に世界樹を傷つけているのだ。

 ベリシアが口を開いた。

「わたくしも、その話を聞いたことがあります。――魔族の中にも、己の種族の優位性を説き、他を貶めようとする愚かな者がおります。しかし、その高慢さが常に足元を掬われる原因となる。種族の存続を脅かす行為です」

 冷静な口調ながらも、そこには強い批判が込められていた。魔王軍の宰相として、種族の存続と秩序の維持を最も重視しているからこそ、エルフの過ちが世界樹を脅かす結果となったことに強い危機感を抱いているのだろう。

 ラズも静かに口を開いた。かって天の御使いであったその言葉には芯があった。

「私も、リィゼル様の仰る通りだと思います。天の御使いとして、人間を管理するという考えを見知っていました。でも、それは私たちが高慢になっていた証拠。すべての生きるものを尊重すべきなのに、立場や種族を過剰に評価し、他を見下すことは、あってはならない事です」

 天の御使いとしての経験に基づいた言葉なのだろう。彼らは、天の御使いという『上位種族』として、人間を『管理する』という高慢な思想に陥った。ラズ自身が、その思想の被害者である。

「高慢は、視野を狭め、真実を見えなくする。それは、決して良い結果を招きません」

 ラズの赤みがかった黒髪が、暗い世界樹の内部で微かに揺れた。

 俺は、ベリシアとラズの言葉に深く頷いた。元の世界では「普通」の人間だったが、この世界に転生し、魔王という力を手に入れた。その力を高慢さのために使えば、それこそ世界を破滅に導きかねない。だからこそ、「無益な争いは避けるべき」であり、「異なる種族も理解し合えるはず」なのだ。

 カルナアロスは、黙って耳を傾けていた。表情は依然として無骨なままだが、何かを深く考えているだろう。魔族である俺を警戒し、リィゼルリアの理想主義にも不信感を抱いていた彼だが、世界樹の腐敗と、リィゼルリアの姿を見て、何を感じているのか。心の中で、他種族への認識が変わりつつあるのかもしれない。

 ミルティナスは、リィゼルリアの話に真剣な表情で耳を傾けていた。知識を重んじる彼女だからこそ、エルフの歴史の暗部に衝撃を受けていたのだろう。空色のまなざしは、悲しげに揺れていた。

「……エルフにも、そんな過去があったのか」

 改めて、この世界の複雑さを実感する。どの種族も、完璧ではない。それぞれが光と影を抱え、過ちや課題を抱えている。だが、だからこそ互いを理解し、協力し合うことが重要なのだ。

 リィゼルリアの話は、この世界樹の危機が物理的な腐敗だけでなく、心の腐敗――種族間の憎悪や差別といった負の感情が間接的に影響している可能性を示唆していた。世界樹を救うには、浄化するだけでなく、エルフたちの心の中にある『省みるべき記憶』とも向き合わねばならないのかもしれない。


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