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(12) 世界樹は、我々エルフの誇りであり、何よりも愛する存在です

 長老評議会での承認を得て、俺たち世界樹探索隊は、ついに世界樹へと足を踏み入れることになった。エレオスの街を出発し、巨大な幹を上っていく。

 地上から見上げる世界樹は、まさに天を衝く巨大な壁だったが、その根元に立つと、さらにその壮大さに圧倒される。幹の表面には、太古の歴史を刻んだかのような巨大な深い皺が走り、苔むす部分と瑞々しい緑が交互に広がっていた。精霊の光が幹を伝い、時折きらめいている。それは、この世界の命と力の源そのものだった。

 上層に向かう道は、俺の感覚ではまるで霊山を上る巡礼の山道のようだった。明確な石段や整備された道があるわけではないが、幹のわずかな窪みや張り出した根が足場を形成している。めったに人は入らないと聞いているが、それでも先人たちの歩みの痕跡が、かすかに感じられた。魔力で一気に登ることも、ラズのワイバーンに頼ることもできたが、この神聖な場所に敬意を払い、俺たちは自らの足で登ることを選んだ。

 足元には、太古の森を思わせる濃厚な空気が満ちている。深呼吸すれば、草木の香りと清らかな水の匂いが混じり合い、身体の芯まで自然の息吹が染み渡っていく。地上を離れるにつれて、エレオスの街は徐々に小さくなり、やがて視界から消えた。

 途中、いくつもの花々や果実を見つけた。おそらくだが季節感が無い様に感じる。――ただ、いくつかの枯れた草花、樹木がある。

「精霊界からの恩恵にて、ここではいろいろな季節、地方の花や果実があります」

 俺の表情を見てだろう、ミルティナスが教えてくれた。

「それでは、あの枯れた花も、循環の一環かな?」

「いいえ。確かに枯れる花木もありますが、こうも多いことはありません。これも世界樹の壊死の兆候と考えております」

 彼女は少し悲しげな表情で、そう言った。

 黙々と幹を登り続ける。リィゼルリアは巫女服を翻しながらも、乱れることのない優雅な足取りで進む。カルナアロスは引き締まった体で黙々と先頭を歩く。彼の琥珀の眼差しは、常に周囲を警戒していた。ミルティナスは幹の表面や周囲の植生に目を向け、興味深そうに観察している。知的好奇心が尽きないらしい。ベリシアは細身からは想像できないほどの体力で、淡々と隣を歩いていた。彼女の背には、世界樹の苗木が大切にしまわれている。ラズは白いケープを風になびかせ、常に後方も見守っていた。

 視線を向けると広がるのは、深い森、遥か彼方まで続く地平線と、眼下にたゆたう雲だった。ワイバーンで訪れたときよりも、はるかに高い場所へ足を踏み入れていることを実感する。

 登るにつれ、幹の周囲の植生にも変化が現れる。小さな高山植物ばかりとなり、空気も薄く清涼感を帯びてくる。精霊の気配も濃密さを増し、肌で感じられるほどだった。

 夕暮れ時。俺たちは幹の大きく張り出した枝の窪みにキャンプを張った。ベリシアとラズが手際よく夕食の準備を始める。今日の献立は、保存食と道中で採れた木の実や山菜が中心で、肉類はほとんどなかった。質素な食事ではあったが、歩き疲れた身体には温かさが何よりも嬉しい。

 ささやかな夕食を終えた頃、周囲に淡い光が瞬き始める。それは蛍のごとくにふわりふわりと宙を舞う、小さな光の粒だった。一つ、また一つと増え、やがて辺り一面を覆うほどの光の群れへと変わる。

「これは……」

 ラズが感嘆の声を漏らす。

 精霊たちだった。彼らは俺たちを警戒することなく、ただ静かに美しく舞い、柔らかな光を放っていた。

「……美しいな」

 思わず呟いた。転生してこの世界に来てから、多くのものを見てきたが、これほど幻想的な光景は初めてだった。

 ベリシアもラズも見入っている。リィゼルリアは静かに目を閉じ、精霊たちの気配に耳を傾けていた。

 隣にいたカルナアロスへ視線を向ける。彼の無骨な顔にも、わずかに和んでいた。

「カルナアロス殿。これは、この世界樹では日常的な光景なのか?」

 問いかけると、彼は少し戸惑ったような表情を浮かべた。こちらが素直に感動を伝えたのが意外だったのだろう。

「……いえ。これほど多くの精霊が同時に現れることは、滅多にございません」

 そう言って、わずかに視線を外し、ポツリと続ける。

「……この世界樹は、我々エルフの誇りであり、何よりも愛する存在です。この光景も、その一端に過ぎません」

 そんな口調の中に、故郷への深い愛情と誇りが感じられた。魔族である俺たちへの警戒心は、まだ完全には消えていないだろう。それでも、この世界を思う気持ちは、同じだと改めて実感する。

 翌朝。精霊たちの光が消え、東の空が白み始める前、目を覚ました。手早く朝食を済ませ、身支度を整える。カルナアロスに促され、出発した。

 小一時間も歩いた頃だろうか。足元に広がる雲海が、ゆっくりと茜色に染まり始めた。やがて、雲の水平線から、太陽が顔をのぞかせる。黄金色の光が辺りを照らし、雲海を輝かせていた。

「……すごいな」

 またしても感嘆が漏れる。地上から見る日の出も美しいが、この高さからの景色は格別だった。まるで世界そのものが輝いているかのようだ。

 普通の人間ならば、高山病にかかっていてもおかしくない高さだろう。だが、俺は魔王種であり、身体能力も人間とは桁違いだ。ベリシアやラズも魔族であり、エルフの三人は、この環境に順応している。体力の消耗はあるが、誰にも高山病の症状は見られなかった。

 一日ほどかけて、幹を上り続ける。ひたすらに、高く、神聖な木を登る。その過程は、まるで修行僧の気分だった。それでもこの場所を自分の足で踏破するという達成感が、前進する力となっていた。

 夕暮れ時。ついに目的地が見えてきた。幹の途中に、巨大な洞が口を開けている。それは自然の産物というよりも、誰かの意志で形づくられたみたいで、荘厳な装飾が施されていた。入口には精緻な彫刻が施された巨大な扉が据えられ、周囲には淡い光を放つ紋様が浮かんでいる。ここが、世界樹の内部へと続く入口なのだろう。

「この扉から世界樹の中に入ります。半ば精霊界と混ざった空間となります。妖精女王がいらっしゃる場所は、ここから内部を下った女王の座であります」

 リィゼルリアはそう言うと、手早く儀式を行い、扉を開いた。

 その先にはうす暗い、濃厚な精霊の力にあふれる空間が広がっている。

 それぞれの覚悟と想いを胸に、俺たちは荘厳な洞へと歩を進めた。

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