(11) 異界の者が神聖な世界樹に入ることは前例がございません
エレノアリスが冷静な声で反対の意を表明した。おそらくその後に「魔族などもってのほか」とつけたかったのだろう。その意見に、他の長老たちも頷いている。
「わたくしも同意見でございます。世界樹への冒涜となりかねません」
ドワーフのバルディンが無骨な声で同意した。彼らの保守的な姿勢は理解できる。何千年もの間、守り続けてきた伝統なのだから。
そのとき、カルナアロスが前に進み出た。
「長老の皆様。わたくしは、魔王ゼルヴァ殿に接し真の平和を願う光を見ました。旅の道中、彼の行動は常に誠実であり、決して我々を害するようなものではございませんでした。ミルティナスも同様に、彼の行動を信頼しております」
カルナアロスの言葉に、ミルティナスも頷いた。彼女の空色の双眸は、まっすぐにこちらを見据えていた。
「はい。陛下は、私たちにも真摯に応じてくださり、その振る舞いから、世界の調和を心から願っていると理解できました」
二人の発言に、長老たちの間にざわめきが広がった。特にカルナアロスは、もともと魔族に強い不信感を抱いていたはずだ。その彼が俺を擁護するとは、彼らにとっても予想外だったのだろう。
フィリアスが静かに全員を見回した。
「カルナアロス隊長、ミルティナス殿。貴殿らの意見は理解いたしました。しかし、それだけでは……」
ここで発言すべきだと感じた。
リィゼルリアたちの努力が水泡に帰す前に、俺は一歩前に出て、静かに口を開いた。
「長老がた。確かに、私は魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスであり、魔族の王として、これまで幾多の戦に関わってきた」
その言葉に、長老たちの警戒心がさらに高まる。エレノアリスの視線は鋭さを増し、バルディンの顔には露骨な不信の色が浮かんでいた。
「しかし同時に、私はもう一つの名を宿している。それは……勇者、アイザワ・ナオート」
場にいた全員が、目を見開いた。リィゼルリア、カルナアロス、ミルティナスの三人は、特に驚愕の表情を浮かべていた。彼らは俺が魔王であることは知っていたが、勇者でもあることは知らなかったのだ。
「馬鹿な……魔王が勇者だと……そのようなことがあってはならぬ!」
バルディンが、信じられないといった様子で叫んだ。エレノアリスも、いつもの冷静さを崩し、わずかに動揺の色を見せていた。
「言葉だけでは信じられぬかもしれません。ならば……」
俺は腰に携えた聖剣エクス=ルミナを鞘に入れたまま、円卓に置いた。
攻撃の遺志は無いと、柄を握らずに、聖剣を鞘から抜いた。
黄金の装飾が施された美しい聖剣が、燭台の灯りを反射して輝き、柄の宝石が青く発光する。刃には魔法文字が浮かび上がった。
リィゼルリア、カルナアロス、ミルティナスの三人も、その輝きに目を奪われていた。聖剣を抜いたことへの驚きだけでなく、聖剣が俺を「勇者」と認めたことに、強い衝撃を受けている様子だった。
フィリアスが、震える声で口を開いた。
「聖剣エクス=ルミナ……まさか……。貴殿が、その聖剣に選ばれし勇者であると……」
彼の翠色の双眸が、まっすぐにこちらを見据えていた。そこには、混乱と、希望の色が交じっている。
「それが、本物と……」
エレノアリスが呟いた言葉を工房の最高権威でもあるバルディンが、遮った。
「いや、本物じゃ。我らドワーフの目は偽れん。――これは、現世の者が打てる品ではない」
同じくドワーフのグリンダも頷く。
「私は、勇者アイザワ・ナオートであり、この聖剣エクス=ルミナに認められた者。そして同時に、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスでもある。この世界樹の危機を救うため、私はあらゆる手段を講じる。それが、勇者としての使命であり、魔王としての責務であると、私は考えている」
聖剣を再び鞘に収めた。評議場には、深い沈黙が訪れる。長老たちは混乱し、互いに視線を交わしていた。
やがて、フィリアスが大きく息を吐き、静かに言葉を紡いだ。
「……リィゼルリア、カルナアロス、ミルティナスの訴え、さらにゼルヴァ陛下のお言葉。たしかに理解いたしました」
ゆっくりと続ける。
「確かに、異界の者が神聖な世界樹に入ることは前例がございません。しかし、他に手段がないというのであれば、我々もこの世界樹の危機を看過することはできません。――リィゼルリアの案を承認いたしましょう」
その言葉に、リィゼルリアの表情に安堵の色が広がった。カルナアロスとミルティナスも、わずかに表情を緩めている。エレノアリスはまだ納得しきれない様子だったが、議長の決定には従うようだった。バルディンも、腕を組んで不満げな表情を浮かべつつも、反論はしなかった。
こうして、俺たち魔族の面々が世界樹の探索に同行することが正式に決定した。
探索隊のメンバーは、最高巫女リィゼルリア、聖樹騎士団長カルナアロス、副団長ミルティナス。あとは、俺、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス。宰相ベリシアは世界樹の苗木の管理という重要な役目を担う。また、ラズもその戦闘能力と魔獣を操る力を評価され、加わることとなった。
世界樹の枯渇という未曾有の危機に立ち向かう、異種族混成の探索隊。それぞれの思惑と、それぞれの使命を胸に、俺たちは今、世界樹の奥深くへと足を踏み入れようとしている。




