(10) 敵対してきた国だ。警戒されるのは当然だ
世界樹の巨大な幹の根元に広がるこの街は、まさに樹々と調和した落ち着いた景観を呈していた。
建物は、世界樹から派生した特殊な木材と特殊な石材が用いられており、独特の曲線美を描いている。道行く人々は、エルフやドワーフがほとんどで、彼らは皆、ゆったりとした足取りで穏やかな表情を浮かべていた。
喧騒とは無縁の、どこか静謐さを感じる街並みだ。子供たちが、泉の周りで精霊の光を追いかけて遊んでいる姿が見える。その生活には、争いや焦りといったものが存在しないかのように思えた。
評議会堂は、世界樹に接した場所に、ひときわ荘厳な佇まいで建っていた。巨大な石造りの建物は、太古の建築がそのまま現役で使われているのだろう――俺は前世で訪れることはなかったが、もしギリシャやローマの神殿が今もなお人々が集い、重要な決定を下す場として機能しているとしたら、きっとこんな雰囲気なのだろうと想像した。重厚な石の扉には精緻な彫刻が施され、エルフやドワーフたちの歴史と世界樹への深い信仰を物語っている。
俺たちは、その荘厳な評議会堂の中にある応接室に通された。リィゼルたちは急遽開催された評議会に出席している。その間は、ソファに座って待機するしかなかった。
見張りの意味合いが強いだろうが、ドアの近くに無言のエルフの青年が二人立っている。
「長時間待たせますね。私なら、お茶の一杯くらい出させますが」
ベリシアが、紫紺の眼差しを細めて呟いた。表情は冷静だが、僅かに苛立ちの色が滲んでいる。
突然来たとはいえ、魔王国の王や宰相を待たせているのだ。魔王国でベリシアが対応した場合、もっと丁重な扱いをするだろう。――最初のカルナアロスみたいに挑発的でなければ。
「まあ、仕方ないだろう。これまで敵対してきた国だ。警戒されるのは当然だ。むしろ、優遇されていると思うぞ」
そう言って、深く息を吐いた。警戒を解くには、時間と実績が必要だ。
「しかし、二時間も三時間も待たせるのは、悠長と思います」
ラズが、珍しく不満げな声を漏らした。
「まあまあ。ここは相手の出方を見るのが得策だ。リィゼルリアたちが交渉してくれているんだ。焦る必要はない」
それからおよそ30分後、ようやく評議会の議場に通された。
古くからの歴史を想像させる、重厚な石作の部屋。木製の大きな円卓を囲み配置された席に、エルフとドワーフの長老たちがいた。顔ぶれは、それぞれの種族の歴史と威厳を物語っていた。
中央に立つのは、白銀の長髪と髭を持つ老齢のエルフ、フィリアス=エテルナ。議長格であり、深く澄んだ翠の眼差しは、生きる世界樹の一部のような威厳を放っていた。その隣には、銀髪を複雑な編み込みにした知的な印象のエレノアリス=ルナレスが、冷静な表情で立っている。ドワーフの長老には、赤褐色の髭を編み込んだバルディン=ストーンハンドと、黒髪を短く整えたグリンダ=アイアンフォージがいた。
つづいて、リィゼルリア。オブザーバー席だろう、後ろにカルナアロスたちが居た。
入室すると、場の空気が張り詰めた。
視線が一斉にこちらに注がれ、警戒、懐疑、僅かな好奇と、複雑な感情が混じっていた。
「長老の皆様。魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス陛下、宰相ベリシア=ネフェリス閣下、そしてラゼルアール=ゾルグ殿でございます」
紹介に、長老たちの間から小さく息をのむ音が聞こえた。事前に報告を受けていたはずだが、実際に対面すれば無理はないだろう。
リィゼルリアは、俺たちの入室に合わせて深々と頭を下げていた。
長老たちは、儀式的に礼をし、こちらも儀礼にのっとて挨拶を行った。
「魔王ゼルヴァ陛下、並びに皆様方。遠路はるばる、このイグラン=エレオスまでお越しいただき、感謝いたします」
フィリアスが、穏やかながらも威厳を感じさせる声で口を開いた。
全員が席に着くと、言葉を続ける。
「最高巫女リィゼルリアより、陛下の来訪の経緯は伺っております」
リィゼルリアの報告はすでに終わっていた。世界樹の苗木が見つかったこと。その苗木は妖精女王ミルザのギアスによってベリシアから離れると枯れてしまうこと。ギアスを解除するにはミルザの力が必要であり、さらに世界樹の壊死もミルザと関連している可能性があること。……ミルザと謁見するためにはベリシアの同行が不可欠であろうこと。さらに、俺たち魔王国の面々が同行するという前提条件。すべてを、この長老たちは理解しているはずだ。
「貴国の問題は世界の問題だ。魔王国としても協力を惜しまないと考えている」
おれは、声を落ち着かせていった。
「しかし、フィリアス議長。イグラン=エレオスの住人でない者が、神聖なる世界樹内部に入るなど、前例がございません」




