表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/80

(8)地上界へ出発です

 ひんやりとした朝の空気が肌を刺す。魔王城から馬をかけ、俺たちは魔王国ゾルディアの辺境、地上界への回廊の出口に立っていた。

 頑強な砦と巨大な岩盤が剥き出しになった殺風景な場所だが、ここが魔界と地上界を分かつ境界線だ。

 『黒曜石の要衝』

 ここは、人間と魔物との戦争で、奪い合いの激戦になる地だ。

 現在は魔王国の軍が駐留し、人間の姿はない。

 空はまだ薄暗く、魔界の重苦しさが残っている。

 この数日間の訓練は、正直地獄だった。バルドとベリシアから「まだまだ」だとコテンパンに言われ続けたが、なんとかギリギリ赤点を越えて旅立つ許可を得た。魔王としての力量は、自信を持って「上がった」とは言えないレベルだ。こんな俺が、これから人間の聖域へ行く。目標は、あわよくば勇者選別の妨害。それが無理でも、せめて勇者がどんな奴かを見届け、人間の情報を集める。訓練で痛感した力不足を補うため、そして、後悔しないために。

 俺の隣にはベリシアが、少し前にはフィーユが立っている。俺たちは今、魔王でも宰相でも獣人でもない。これから人間世界で活動するための、冒険者に変装した姿だ。ベリシアが手渡した黒曜石の指輪――魔封の指輪――を俺は指にはめた。

「これを身につけている間は、魔力が半分に制限されますが、外観や外に漏れる魔力も人間と区別がつかなくなります。決して外さないでください」

 ベリシアも同じ指輪をはめる。体内の力がスーッと落ち着くのが分かった。フィーユは、もともと小柄な猫系の獣人にしか見えないため、魔封の指輪は必要ないらしい。可愛らしい見た目だが、彼女は獅子の獣王族。その真の力は外見からは分からない。茶がかった赤髪のショートカットにピンと立った猫耳が、朝の光を受けて揺れている。顔には、期待と緊張が混じっている。

 回廊の出口には、見送りの四天王たちと、数名のメイドたちがいた。バルド、ナクティス、ダルヴァン。俺の訓練で散々な目に遭ったらしいメイドたちの顔も見える。彼らの視線が、境界線に立つ俺たち三人に注がれる。

 ベリシアは、見送りの皆に向き直った。その声は辺境の地に相応しい冷静さだ。

「皆様、留守中の政務はナクティス殿にお任せします。滞りなく執務を終えるように」

 ナクティスは、げんなりとした顔で頷く。

「んー、分かったよー」

 ベリシアは、ナクティスの反応を確認すると、さらにメイドたちに向かって、容赦ない一言を放った。

「特にナクティス殿の仕事が、日中に終わらぬようであれば、夜間も机に貼り付けなさい。これは、魔王陛下からの勅命であると承知してください」

「おいおい!」

 思わず突っ込んだ。俺のせいにするな! ナクティスは「うわー!」と声を上げ、俺を睨んでいる。メイドたちは、一様に顔を引きつらせていた。ベリシアは俺の突っ込みにもナクティスの反応にも構わず、表情一つ変えない。あれは、ナクティスへの確信犯的な復讐だ。

 バルドが、フィーユの肩に手を置いた。

「フィーユ、人間界での武者修行、励んでこい。多くのものを見て、感じてくるのだ。そして、陛下とベリシア殿に迷惑をかけぬよう、しっかりと務めを果たすのだぞ」

「はいっ! じいちゃん! 任せてくれ!」

 フィーユは元気に返事をする。彼女の思惑は、自身の成長と、バルドの期待に応えることだろう。新しい世界への冒険に胸を躍らせているのが伝わってくる。

 ダルヴァンは、ただ静かに立っていた。その紫の眼窩の光が、境界線に立つ俺たちをじっと見つめている。彼の思惑は読めない。何かを企んでいるのは間違いないが、それがこの旅とどう関わるのかは分からない。

「……お気をつけて」

 ダルヴァンの声が聞こえたのは、それだけだった。短い、感情のない声。だが、その声にはどこか、全てを見通しているような、底知れない響きがあった。

「さあ、行こう」

 俺、ベリシア、フィーユ。それぞれの思惑を胸に、俺たちは回廊の出口、地上界への境界線に立つ。向こうは、人間が支配する世界。こちらは、魔族が暮らす世界。魔王ゼルヴァの力は半分に制限される。ただの冒険者として、危険な旅に挑むことになる。

 ベリシアが、俺に視線を送った。その瞳に不安の色が見えるが、同時に決意も宿っている。フィーユは、じいちゃんに手を振っている。

 俺たちは一歩、地上界へと足を踏み出した。

 朝の地上界の空気は、魔界の重苦しさとは全く違った。少し湿っていて、土の匂いが混じっている。

 目の前には、朝日に照らされた、長く続く街道が伸びている。これから、人間たちの暮らす地上界を旅し、聖剣エルムを目指すのだ。それぞれの思惑を抱え、魔王ゼルヴァと宰相ベリシア、獣王の孫フィーユの、奇妙な旅が始まった。この先、何が待っているのか。不安と、そして僅かな希望を胸に、俺は歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ