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(7)魔王国の外に出るを禁ず

 エルフの一団が、世界樹の幼木を丁重に抱え、魔王城を後にした。

 俺たちは、安堵と疲労でクタクタだった。

 執務室に戻って、椅子に深々と座りこんだ。今日は、もう何もしたくない。

 これで一件落着、というわけではないだろうが、少なくとも最悪の事態は避けられた。世界樹の壊死は心配だが、これは彼らの問題だ。もちろん、魔王国として協力もする。

 これは打算もある。世界樹の回廊と有効な絆が作れれば、天の回廊との対応も有利になる。友好的な結果になったことに安心している。

 今後の対応について考えを巡らせていた。

 その時だった。

 執務室の扉が、再び慌ただしく開かれた。立っていたのはベリシア。彼女はエルフの一団が戻ってきたと告げた。

 そのまま謁見の間に連れていかれる。

 いやいや、普通、一国の王様にこんな気軽に謁見できないよ。

 待っていたのは、先刻、魔王城を後にしたはずのエルフの一団だった。彼らの顔には、焦りと困惑、そして僅かに怒りの色が浮かんでいた。

「魔王陛下! 宰相ベリシア殿! 大変でございます!」

 リィゼルリアが、息を切らしてそう叫んだ。銀の髪は乱れ、巫女服も僅かに皺が寄っている。その手には、先ほどまで青々と茂っていたはずの幼木が、見る影もなくしおれていた。葉は黄色く変色し、茎は細く、まるで生命力を失ったかのようだ。

 俺はその光景に目を見開いた。まさか、あれほど元気だった幼木が、こんな短時間でしおれるとは。

「どうした、リィゼルリア殿!? その幼木は……一体何が!?」

 問いかけると、彼女は悲痛な面持ちで答えた。

「魔王城の結界の外に出た途端、急速にしおれ始めたのです……! まさか、こんなことが……」

 カルナアロスは再び警戒を強め、剣の柄に手をかけた。鋭い琥珀色の視線が俺を射抜く。

「魔王! 貴様、我々に何か細工をしたのではないか!? やはり、我々エルフを騙し、世界樹の幼木を独占しようと……!」

 その言葉に、苛立ちを覚えた。

 せっかく信頼関係を築こうとしているのに、また振り出しに戻るのか。

「馬鹿なことを言うな、カルナアロス殿! 俺がそのような卑怯な真似をする理由がないだろう! それに、そんなことをして、何の得がある!?」

 感情的になるのを抑え、冷静に対応に努めた。ここで感情的になっては、事態はさらに悪化するだけだ。

 ミルティナスは、しおれた幼木を詳細に観察していた。知的な切れ長の目が、何らかの法則を見出そうとしている。やがて、その視線がある一点に集中した。

「……リィゼルリア様! この幼木には、通常の精霊の加護とは異なる、非常に強力な魔力の痕跡が残っています! これは……ギアスではないかと!」

 その言葉に、リィゼルリアも手をかざし、自身の『真巫聴』の能力を発動させた。清らかな翠色の光が、幼木を包み込む。数秒後、彼女の表情が変わる。

「これは……確かにギアスがかけられています! それも、非常に古く、強大な……このギアスは……『ベリシアと共でなければ、魔王国の外に出るを禁ず』と」

 俺は驚愕した。ベリシアと共でなければ、魔王国の外に出られないギアスだと!? その影響で幼木がしおれているのだとしたら……。

「ベリシア……君は、このギアスに何か心当たりはないか?」

 問いかけると、彼女は首を横に振り、困惑を深めていた。

「いいえ、陛下……わたくしにも、全く心当たりがございません。この鉢植えは、わたくしが幼い頃に拾って以来、ずっと自分の手で育ててきたものですから……」

 リィゼルリアは、さらに詳しく調べる。やがてその顔に、驚きと確信が浮かんだ。

「このギアスは……まるで精霊そのものが、直接幼木に語りかけているかのような、根源的な力を持っています。これは、並の精霊がかけられるものではありません……。まさか、本当に……妖精女王の……!?」

 思わず息を呑む。もしこれがミルザの仕業だとすれば、すべてが繋がる。ベリシアが幼い頃に出会った妖精、それがミルザであり、彼女がこの幼木にギアスをかけたのだとしたら。そして、そのギアスは、ミルザ本人でなければ解除できない、と。

「リィゼルリア殿。そのギアスは、ミルザ本人でなければ解除できないと推測されるのか?」

 問いかけに、リィゼルリアは頷いた。

「はい、陛下。これほどの強大なギアスは、かけた本人でなければ解除は困難でしょう。そして、このギアスは、幼木がベリシア殿に深く結びついていることを示しています。恐らく、妖精女王ミルザ様が、ベリシア殿の身の安全と、幼木の成長を願って、このギアスをかけたのでしょう……」

 カルナアロスは再び言葉を失っていた。魔族の宰相が、エルフの伝説上の祖霊である妖精女王に深く関わっているとは、彼の想像を遥かに超えていたのだろう。ミルティナスも、複雑な表情を浮かべていた。

 ベリシアに視線を向ける。申し訳なさそうな表情を浮かべていた。まさか自分の育てた鉢植えが、こんな事態を引き起こすとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 リィゼルリアは苗木をベリシアに渡すと、ゆっくりとその姿が元に戻っていく。

 俺とベリシアを交互に見つめ、意を決して深々と頭を下げた。

「魔王陛下。宰相ベリシア=ネフェリス殿。この幼木が世界樹の再生に不可欠であることは、もはや疑いようがありません。このギアスを解除するには、妖精女王ミルザ様の力が必要だと推測されます。しかし、その居場所も、このギアスを解除する方法も、現時点では分かりません」

 そう前置きし、震える声で懇願する言葉を続けた。

「つきましては……大変恐縮ではございますが、宰相ベリシア殿に、私たちエルフに同行していただきたいのです! 幼木がベリシア殿と共に魔王国の外に出られれば、しおれることもないでしょう。共にミルザ様の手がかりを探し、このギアスを解除する方法を見つけることができれば、世界樹は救われます! 何卒、ベリシア殿の同行を、お許しください!」

 カルナアロスとミルティナスも神妙な面持ちでこちらを見つめていた。カルナアロスは口元を固く結び、ミルティナスは真剣な表情で反応を待っている。

 ベリシアに視線を向けた。驚きと戸惑い、そしてわずかな期待を込めた眼差しをこちらに向けていた。

 宰相がエルフに同行する。それは、魔王国の宰相が単身で、かつて敵対してきた種族の元へ赴くことを意味する。危険は伴うだろう。だが、世界樹の枯渇という、この世界の存亡に関わる問題を前にして、避けては通れない道なのかもしれない。

 深く息を吐いた。ポリシーの一つ、「面倒なことは先送りせずに対処する」。「無益な争いは避けるべき」。この状況でベリシアの同行を拒否すれば、エルフとの関係は再び悪化し、世界樹の枯渇という問題も解決に向かわないだろう。

 リィゼルリアたちエルフの一団、そしてベリシアの顔を交互に見つめた。

 ゆっくりと口を開いた。

「分かった。ベリシアの同行を許可する」

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