表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/118

(6)信じてみるべきでしょう

 この状況を静観するベリシアの目には、悲しみと安堵が入り混じっていた。彼女の長年の想いが、このような形で世界を揺るがす事態に繋がったことへの困惑と、それでも魔王国のために最善の道を選べたことへの安堵だろう。

 カルナアロスの反応を待った。彼の不信感は根深いだろうが、この幼木が本物である以上、彼も手出しはできないはずだ。彼は、依然として激昂していた。その顔は怒りで真っ赤になり、左目の精霊の加護を示す紋様が強く輝いている。

 剣の柄にかけられた手は、今にも抜刀せんばかりの勢いだ。その殺気は、この場にいる全員に伝播し、空気を重くしている。ミルティナスも困惑と警戒の入り混じった表情で、俺とカルナアロスを交互に見つめていた。

 その中で、リィゼルリアが一歩前に進み出た。銀色の長髪が、巫女服の上で揺れる。透き通る翠色の瞳が、俺の深紅の瞳をまっすぐに見据えた。彼女の能力が、俺の言葉の真偽を確かめているのだろう。彼女に、僅かながら信頼が宿り始めたのが分かった。

「カルナアロス隊長、お待ちください!」

 リィゼルリアの声は、穏やかでありながらも、確かな芯を感じさせた。カルナアロスは不満げに眉をひそめるが、彼女の言葉には耳を傾ける。

「魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス陛下は、この幼木が世界樹の幼木であると知るや否や、隠すことなく我々に開示なさいました。宰相ベリシア=ネフェリス殿も、長年大切にされてきたであろう苗木を、何の躊躇もなく差し出す決意を表明されました。我々が当初考えていた『魔族が世界樹を独占しようとしている』という推測とは、矛盾する行動です」

 リィゼルリアの言葉は、理性的な視点から冷静に分析している。彼女の聡明さが、この緊迫した状況を打開しようとしているのが見て取れた。

「私は、陛下とベリシア殿のこの真摯な態度を評価いたします。彼らの言葉を、信じるべきでしょう」

 彼女の言葉は、まるで澄んだ水のようだ。

 その誠実さに、俺は胸を打たれた。魔族に対して深い不信感を抱いていたはずのエルフの最高巫女が、俺の行動を評価し、信じることを提案している。これは、大きな一歩だ。

 リィゼルリアは、幼木に視線を落とした。そして、何かを思い出したのか、その涼しげな顔立ちに、微かな翳りを浮かべた。

「……ベリシア殿、貴方は幼いころにイグラン=エレオスにお越しになられましたか」

「はい。この苗木になった種は、わたくしが子供のころにイグラン=エレオスでいただいたものです」

「――それは、盗み入ったということだろう」

 カルナアロスの言葉を、リィゼルリアは強い視線で止めた。

「私も思い出しました。昔、魔界の使者の幼子が世界樹で神隠しになった事件を」

 その言葉に、俺は眉をひそめた。魔族の少女の神隠し? ベリシアも、驚きと困惑を隠せない様子で、リィゼルリアを見つめている。

「一人の魔族の少女が、何らかの理由で世界樹の根の深部へと誘われ、消息を絶ったというものです。当時、その少女の父親も歎願し捜索が試みられましたが、魔族の気配が世界樹の聖域を汚すとして、我々エルフがこれを妨害いたしました。……数日で彼女は父親のもとに戻ったはずですが」

 俺は、ベリシアに視線を向けた。彼女の紫紺の瞳は、驚きと過去の記憶を探る複雑な色を帯びていた。

「ベリシア殿、あなたは、その時、だれかと逢いませんでしたか?」

 その問いかけに、ベリシアは顔を上げた。その目には、かつて見たであろう幻の残滓が揺らめいていた。

「……ええ。確かに、幼い頃、夢のような、幻のような存在と出会った記憶が、朧げながらございます。彼女は当時のわたくしと同じくらいの歳で……わたくしは、しばらくその少女と遊んで、帰り際に『種』をもらいました」

 ベリシアの言葉に、俺の脳裏に一つの可能性が浮上した。妖精、光……世界樹の幼木。もし、それが、ただの妖精ではなかったとしたら。

「……妖精女王『ミルザ』……」

 リィゼルリア俺は、無意識だろう、その名を口にしていた。妖精女王“ミルザ”。それは、エルフの伝説上の祖霊であり、同時に妖精たちの女王だとされる存在だ。

 魔界との回廊に魔王が存在のと同じに、精霊界との回廊である世界樹にも妖精王――いや、妖精女王が存在する。ただ、半ば精霊化した彼女は、ほぼ姿を現さず、歴史書にもわずかに記される程度だ。

「ベリシアはミルザと逢い、種を託されたのか――?」

 彼女は、困惑しながらも、俺の言葉に耳を傾けている。カルナアロスは、依然として警戒の色を滲ませてはいるが、ミルティナスの真剣な表情と、言葉に、剣を抜く構えは解いていた。彼の左目の紋様も、僅かにその輝きを弱めたように見えた。

「あなた方を……信じます、陛下。貴方がたの目に、嘘偽りのない、真の平和を願う光を見ました」

 ミルティナスの言葉は、静かだが、強い説得力を持っていた。カルナアロスは、彼女の言葉に僅かに眉をひそめた。彼は理想論よりも現実を重視するのだろう。それでもミルティナスの言葉と、俺たちの行動に、彼の警戒心が少しずつ解け始めているのが、俺には分かった。彼の厳格な表情が、微かに緩んだ。

「……最高巫女殿と、ミルティナスがそこまで仰るのならば……。この幼木が、本当に世界樹の再生に繋がるのか、我々がしかと見極めさせてもらう」

 カルナアロスは、そうぶっきらぼうに言い放った。完全な信頼ではないが、平和裏に幼木を受け取る姿勢を示したことは、大きな進展だった。彼の左目の紋様も、今はほとんど輝きを失っている。

 リィゼルリアは、安堵した息を吐き、俺に向かって深々と頭を下げた。

「魔王陛下。感謝いたします。この幼木は、私たちエルフが丁重に扱い、世界樹のもとへ持ち帰り、再生のために尽力いたします。この度、貴国の理解と協力が得られましたこと、心より御礼申し上げます」

「では、リィゼルリア殿、カルナアロス殿、ミルティナス殿。これで、今回の『秘宝』に関する問題は、一旦解決と見て良いだろう。世界樹の再生に向けても、我々で協力できることがあれば申し出てくれ」

 俺の言葉に、三人は礼を返した。カルナアロスは、まだ少し不満げな表情ではあったが、それでも抵抗する様子はない。緊迫した空気は、少しずつ和らいでいく。

 ベリシアは、依然として悲しげな表情ではあったが、魔王国とエルフの間の新たな関係の始まりを予感させる、希望が宿っていた。

 エルフの一団が、鉢植えの幼木を丁重に抱え、執務室を後にする。ベリシアは、その背中をじっと見つめていた。まるで、自分の子供が旅立つ姿を見送る母親のように。

 彼女の肩にそっと手を置いた。

「君のおかげで、無用な争いを避けられた。感謝する」

 俺の言葉に、ベリシアはゆっくりと顔を上げた。すこし寂しげだが微かながらも温かい笑みを浮かべていた。

「陛下……わたくしは……あの苗木が世界樹の回廊の命運にまでかかわるとは……」

 彼女は、少し自嘲気味にそう言ったが、その表情には、どこか吹っ切れた清々しさも見て取れた。彼女は、自分の大切なものを手放すことによって、より大きな目的のために貢献できたことに、安堵しているのだろう。その顔には、宰相としての責任感と、一人の女性としての複雑な感情が入り混じっていた。

「気にすることはない。むしろ、君が長年大切にしてきたその心が、イグラン=エレオスを救うきっかけになるかもしれない。君は、魔王国の宰相として、一人の存在として、最高の判断をした」

 俺は、彼女の頭をそっと撫でた。普段の俺なら、こんなことはしない。ベリシアは、一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに嬉しそうに、少し照れた顔で俯いた。銀色の髪が、さらりと肩に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ