(5)これが本当に世界樹の幼木であるならば
エルフの一団が魔王城に入り、捜索を開始してから数時間が経過した。魔王城は普段から広大な上に、魔族の気配が複雑に入り組んでいるため、彼らが「秘宝」とやらを簡単に見つけられるとは到底思えなかった。衛兵たちには、エルフたちが魔王国の臣民に危害を加えないよう、厳重な監視を命じてある。もし何かあれば、俺は躊躇なく行動するだろう。
執務室で、今後の対応について思案していた。ベリシアの持っている双葉の鉢植えが、もし彼らの言う「秘宝」であったなら……。しかし、それはベリシアにとって大切な思い出の品だ。それを易々と引き渡すわけにはいかない。でも、もしそれが本当に世界樹の枯渇に関わるものだとしたら、話し合いの余地はある。
その時、執務室の扉が勢いよく開かれ、文官長のエルメラが息を切らして駆け込んできた。彼女の普段の冷静な表情はどこへやら、目は大きく見開かれ、深いワインレッドのロングヘアも乱れている。
「陛下! 大変でございます! 宰相閣下の鉢植えが……っ!」
エルメラの、普段からは考えられないほど動揺した声に、俺は嫌な予感がした。彼女がこれほど慌てるということは、尋常な事態ではない。
「エルメラ、落ち着いて説明しろ」
「はい!宰相閣下の鉢植えの調査を進めておりましたところ……! その魔力の波動、構造、すべてが、伝承にある世界樹の幼木と完全に一致いたしました!」
半ば信じていなかった想像が当たっていた。「世界樹の幼木」か。俺が感じたあの生命力に似た魔力は、まさしく世界樹のそれだったというのか。
「すぐにベリシアを呼べ! その鉢植えも、ここへ」
俺はエルメラに指示を出し、すぐにベリシアを呼ぶよう命じた。
間もなくして、ベリシアが執務室へと入ってきた。彼女の顔には、エルメラと同じ驚きと、困惑が混じり合っていた。その手には、あの双葉の鉢植えが抱えられている。その背後には、エルフの三人――カルナアロス、リィゼルリア、ミルティナスが、硬い表情で続いている。彼らの視線は、ベリシアの抱える鉢植えに集中していた。
ベリシアは、エルメラから聞いたのだろう、俺に歩み寄ってきた。
「陛下……まさか、これが……」
彼女の声は、微かに震えている。長年、個人的に大切に育ててきた双葉が、まさかエルフの聖なる「世界樹の幼木」だったとは、彼女自身も夢にも思わなかったのだろう。その表情には、愛着と、戸惑いと、これから起こるであろう事態への予感が入り混じっていた。
彼女の隣に立ち、鉢植えを見下ろした。確かに、以前感じた魔力よりも、今はさらに強い、清らかな生命の波動を感じる。カルナアロスの左目の紋様も、普段よりも強く輝いているように見えた。
「ベリシア。この苗木が本当に世界樹の幼木だというのなら、エルフたちに渡すべきだと考える。どうだ?」
彼女の顔を見つめ、静かに尋ねた。幼い頃からの思い出。長い間、枯らさずに育て続けた、彼女にとっての大事なものだ。それを手放せと、俺は言っているのだ。
「……はい、陛下。もし、これが本当に世界樹の幼木であるならば……それが魔王国の平和に繋がるのであれば……わたくしは、喜んで差し出します」
彼女の声は、微かに震えていたが、その言葉には一点の曇りもなかった。俺は胸が締め付けられる思いがした。
「――分かった。ベリシア、ありがとう」
俺はそう答えた。ベリシアの真摯な視線から目を逸らしたかった。
ベリシアから鉢植えを赤子を預かるように受け取り、エルフたちの方へと向き直った。
鉢植えは、非常に重く感じた。
リィゼルリア、カルナアロス、ミルティナス。三者三様の表情で、俺たちを見つめている。特にカルナアロスは、すでに剣の柄に手をかけており、いつでも抜ける姿勢をとっていた。
俺は、彼らの前に一歩進み出た。
「カルナアロス殿、リィゼルリア殿。この苗木は、当国の宰相が長年大切に育ててきたものだ。我々も、これが世界樹の幼木であるとは、つい先ほどまで知らなかった」
俺の言葉に、カルナアロスが激昂した。彼の顔は怒りで真っ赤になり、左目の精霊の加護を示す紋様が強く輝いている。
「しらばっくれるな、魔王! 貴様ら魔族は、やはり邪悪な存在だ! 世界樹の幼木を、このような魔の巣窟に隠し持っていたとは! 世界樹を独占し、その力を利用を画策したな!」
彼はそう叫び、剣を抜き放つ構えを見せた。その殺気は、彼の左目の紋様から、より一層強く感じられる。彼は、世界樹内部の腐敗や魔力の流れが感知できる能力を持っているのだろう。だからこそ、彼はこの幼木が本物だと確信しており、それが魔王城にあることに、深い怒りと不信感を抱いているのだ。
俺は、彼の殺気にも動じず、冷静に言葉を続けた。
「繰り返すが、我々はこれを隠匿していたわけではない。――これが貴国の求める『秘宝』であり、世界樹の再生に繋がるというのなら、無用な争いは望まない。差し出そう」
ベリシアから受け取った鉢植えを、カルナアロスの前へと差し出した。
俺の行動に、カルナアロスは一瞬、呆気に取られた表情を見せた。彼の剣を抜こうとしていた手も、ぴたりと止まる。リィゼルリアとミルティナスも、驚きを隠せない様子で、俺と鉢植えを交互に見つめていた。
この状況を静観するベリシアの目には、悲しみと安堵が入り混じっていた。彼女の長年の想いが、このような形で世界を揺るがす事態に繋がったことへの困惑と、それでも魔王国のために最善の道を選べたことへの安堵だろう。
カルナアロスの反応を待った。彼の不信感は根深いだろうが、この幼木が本物である以上、彼も手出しはできないはずだ。彼は、依然として激昂していた。その顔は怒りで真っ赤になり、左目の精霊の加護を示す紋様が強く輝いている。
剣の柄にかけられた手は、今にも抜刀せんばかりの勢いだ。その殺気は、この場にいる全員に伝播し、空気を重くしている。ミルティナスも困惑と警戒の入り混じった表情で、俺とカルナアロスを交互に見つめていた。




