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(4)我が国の『秘宝』を戻すことを要求する

 そんな日から、ひと月ほど過ぎただろうか。

 相変わらずの執務中、城内がざわつき始めた。

 ただならぬ気配を察知し、俺はすぐに今日のお付だったメイドのティセに状況確認を命じる。

「陛下。黒曜石の要衝にて、エルフの軍と思われる部隊が展開中。数は少数ですが、精鋭と思われます。現在、先ぶれが城門に着きました」

 エルフの遠征隊。嫌な予感がした。俺はすぐに緊急会議を招集するよう命じた。

 魔王城のペンタグラムの間。俺はベリシア、ナクティス、フィーユを前に座っていた。厳粛な雰囲気が漂う中、ベリシアが冷静な声で状況を報告する。

「エルフの先ぶれからの伝言によりますと、彼らは探し物があり、魔王国を捜索したいとのこと。具体的な内容については言及を避けております」

 彼女の報告に、俺は眉をひそめる。探し物、か。

「――返事をするまで、要衝で待つよう返答してあります」

 ベリシアの言葉に、俺は一つ頷いた。彼女の判断は的確だ。迂闊に招き入れれば、足元を見られる。

「しかし、臨戦状態で部隊を展開など、魔王国を舐めているとしか思えません。――このまま要求を呑むなど、我が国の威信に関わります。交戦も辞さない覚悟で臨むべきです」

 彼女の口調は、普段の丁寧さを保ちつつも、明確な敵意を滲ませていた。宰相として、魔王国の秩序と存続を第一に考える彼女らしい意見だ。しかし、全面的な衝突は避けたい。

 次いで、ナクティスが気だるげな声で口を開いた。長い前髪で片目が隠れがちな彼女は、いつものように覇気がない。

「んー、わかんない。めんどくさい……陛下に任せるよぉ」

 彼女らしい返答だ。だが、彼女は怠けるためにこそ仕事を完璧にこなす。――俺への忠誠心は疑いがない。いざとなれば、その「怠惰の呪い」で敵を無力化し、圧倒的な力を見せるだろう。

 最後に、フィーユが意気込んだ表情で口を開いた。琥珀色の瞳を輝かせ、小柄な体躯からは想像できないほどの熱意が伝わってくる。

「ボクは、やるなら全力で戦います!」

 素直で真っ直ぐな彼女らしい言葉だ。

 三者三様、それぞれの意見が出揃った。ベリシアは強硬策、ナクティスは丸投げ、フィーユは全力での戦闘を望む。俺は、全員の顔を順に見回した。

 無益な争いは避けるべきだ。それが俺のポリシーだ。だが、魔王国を侮る真似は、決して許されない。

「――分かった。まず、俺が直接、交渉に出る」

 三人の表情がそれぞれ変化した。ベリシアは僅かに目を見開き、ナクティスは気だるげな表情の中に一瞬だけ驚きを滲ませ、フィーユは目を輝かせた。

「しかし、陛下! それはあまりにも危険かと!」

 ベリシアがすぐに反対の声を上げた。彼女の言う通り、魔王が自ら交渉の場に出るのは異例中の異例だ。

「問題ない。私が直接話す方が、無用な衝突を避けられる可能性が高い。それに、彼らが何を求めているのか、確かめる必要がある」

 俺は、彼女たちの心配を押し切るように告げた。俺の最終判断は覆らないことを察し、ベリシアは悔しそうに唇を噛んだが、それ以上は何も言わなかった。


 そして、黒曜石の要衝。

 俺はエルフの一団と対峙していた。この状況でなんだが、転生してから初めてエルフを見た、感慨があった。

 俺の背後にはフィーユとその部下が完全装備で控えている。ベリシアとナクティスは城で待機させている。いつでも戦闘に入れるように。

 エルフの遠征隊は100人程度か。少数ながらも整然とした陣形を敷き、その精鋭たる姿が、周囲の空気を張り詰めさせていた。

 先頭には、厳格で精悍な顔立ちのエルフが立っていた。聖樹騎士団長のカルナアロス=ヴェロイアと名乗った。彼の鋭い琥珀色の瞳には、左目に精霊の加護を示す紋様が浮かび上がっている。

 彼の後ろには、清らかな巫女服を纏い銀色の長髪を神聖な飾りで束ねた女性、もう一人、金色の髪を軽く束ねた、知的な印象のエルフが控えている。

 俺が名乗ると、魔王の肩書にエルフたちから驚きの声が漏れた。――まあそうだろうな。ベリシアが言っていた様に直接交渉に出る魔王何て居ないわな。

 カルナアロスが、一歩前に進み出た。

「魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス殿か。我らは帰国が隠し持つ、我が国の『秘宝』を戻すことを要求する」

 彼の簡潔な口調には、敵意と侮蔑が込められている。おそらくは魔王国を悪しき存在と認識している彼は、この少数でも、戦争も辞さない考えだ。

 ――秘宝、か。そんなもの、心当たりはない。だが、この強硬な態度を見るに、彼らは確信を持って要求してきているのだろう。俺は、瞬間的に怒りの感情が込み上げてくるのを感じた。有るかどうかも判らないものを、問答無用で差し出せと言われるのは心外だ。

 だが、この黒曜石の要衝は、かつて四天王の一人であったバルドが眠る地だ。彼の安らかな眠りを邪魔したくない。余計な血を流し、この場所を騒がせるのは本意ではない。

「そなたらが言う『秘宝』とは、何を指す?」

「とぼけるな。我らの世界樹が枯れかけていることは、貴様らにも伝わっているはず。その力を継ぐ『種』……それが、この地にあると、我らは聞き及んでいる」

 うん? 最近、どこかで聞いたぞ。イグラン=エレオスから持って帰った『種』。

「貴様らがそう確信する根拠は?」

「……それを今、問うか」

 カルナアロスの声に怒気が滲んだ。その隣で、巫女姿の女性が静かに手を差し出す。彼女の柔らかな声が、空気を鎮めるように響いた。

 彼女は巫女のリィゼルリア=アルセナと名乗った。

「争うつもりで来たわけではありません。ですが、時間がないのです。この地に“それ”があるなら、どうか協力を」

 その目に偽りはなかった。彼女は本気で、この世界のために動いている。

 ……だが、こちらにも事情がある。

「協力を望むなら、まず貴女たちの情報を開示してもらう。『それ』が本当に世界樹の『種』ならば、扱いには十分な配慮が必要だ」

「……つまり、保有は認めるが、干渉は拒むということか?」

「そう受け取ってもらって構わない。少なくとも、武力で奪いに来るなら、ここが戦場となる」

 カルナアロスの眉がひくついたが、リィゼルリアは口元に柔らかな笑みを浮かべた。

「ならば、対話の余地はあるということですね」

「無論」

 彼女の口調は丁寧だが、その裏には強い意志が秘められている。聡明で冷静な彼女は、理想主義者でありながらも、民と世界樹への深い愛情から、時には非情な決断も辞さないのだろう。

「先ほど、カルナアロスが申しましたように、今、世界樹の壊死が始まっております。これはわが回廊の存続を脅かす事態。我らは世界樹の『種』を回収する必要があります。――この様な事情故、彼の非礼があったこと、深く陳謝いたします」

 ベリシアの持っているあの双葉が、もしその「種」だとしたら……。しかし、それを今、ここで明かすのは得策ではない。まだ確証もないし、何より、ベリシアの個人的な宝物を、いきなり引き渡せと言われても困る。

「貴国の事情は承知した。だが、すぐに引き渡すことはできぬ。――当国も無益な争いは望まん。故に、」

 俺は、慎重に言葉を選びながら、交渉の糸口を探った。

「貴国から少数の人員を選出し、魔王国への入国を認めよう。一時的に捜索権を与える。ただし、条件がある」

 俺の言葉に、カルナアロスとリィゼルリアの表情が僅かに動いた。

「捜索で見つかったものが、貴国の求める『秘宝』であった場合、それを引き渡せるかどうかは、改めて協議とする。そして、最も重要なことだが……」

 俺は、視線をカルナアロスへと向け、威圧を込めた。魔王としての力を開放し、彼の殺気を上回る圧力で、その場を支配する。

「――魔王国臣民を脅したり、危害を加えることが有れば、その時は躊躇なく、貴国の部隊を殲滅する」

 俺の言葉に、カルナアロスは一瞬、息を呑んだ。リィゼルリアの表情も、僅かに強張る。俺の深紅の瞳が、魔力を帯びて強く輝く。それは、俺が本気であることを示すサインだ。俺は平和主義者だが、魔王国の民と、この地を守るためには、いかなる手段も辞さない。

 緊迫した沈黙が流れた後、リィゼルリアが口を開いた。

「……承知いたしました。では、わたくしと、カルナアロス隊長、ミルティナス副長で、捜索に当たらせていただきます」

 彼女は、三人という少数の人員を提示してきた。これは、俺の条件を受け入れたということだろう。カルナアロスは不満げな表情をしていたが、リィゼルリアの言葉に逆らうことはなかった。もう一人の女性がミルティナスだろう、彼女は冷静に状況を受け入れているみたいだ。

「よし。では、手筈を整えよう。フィーユ、彼らを魔王城へ案内し、捜索の監視を頼む」

 俺はフィーユに指示を出し、エルフの一団を城へと招き入れた。

 状況が緊迫する中、魔王城はにわかに騒然となった。エルフの最高巫女と聖樹騎士団長が、魔王城を捜索するという前代未聞の事態に、城内の魔族たちは戸惑いを隠せない。しかし、俺の決定と、ベリシアの厳格な指示により、混乱は最小限に抑えられている。

 果たして、彼らが探している「秘宝」とは何なのか。ベリシアのあの双葉と、どう関係しているのか。俺の胸に、新たな波乱の予感が広がった。

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