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(2)魔力を数式で解き明かすなど道理が分からん

 うん。今日も忙しい。

 ルミナスの騒ぎから、2か月ほど経った。

 魔王国に連れてきた、ラゼルアールーーラズは、当初はかなり消沈していたが、俺は無理にでも仕事を与えて働いてもらうことにした。その方が気が紛れるだろうし、人手不足の魔王国では背に腹を変えられない事情もあった。

 彼女と、ダルヴァンの部下だったエルメラを文官として重用し始めてからというもの、山積していた執務が驚くほどスムーズに進んだ。この二人の事務処理能力には舌を巻くばかりだ。

 もちろん、ケアも気にかけている。伊達にブラック企業に勤めていた訳ではない。

 まあ、おかげで、ようやく心持ち、時間に余裕が生まれた。……で、かねてより考えていた研究に取り掛かることにした。

 技術者や研究者だったらわかるだろうけど、これは楽しく、辛く、忙しい。

 いま俺がいるのは、魔王城の俺の私室。もとは豪華で、俺には少し居心地の悪い部屋だったけど、今は質素な調度に変えてもらい、同時に俺の「研究室」としても設えてもらった。

 一つの仮説の検証。

 聖剣エクス=ルミナの聖なる力を、魔王である俺が電子回路の正負反転回路の理論で制御できた。

 これを基に、魔法の原理を、現代科学、特に電子工学の視点から解明すること。異世界に転生し、魔王という強大な力を手に入れた俺だが、その力の仕組みを漠然とした「神秘」として片付けるのは、どうにも性に合わない性分だ。

「魔力……すなわち魔素は、電気と酷似している」

 俺は思考を巡らせながら、目の前の作業台に広げた古びた羊皮紙に、電子回路図のようなものを描き込んでいく。魔力は電圧。これは揺るぎない基本原理だ。魔力総量が高ければ、それは電圧が高いことを意味し、より大規模な魔法を扱える。光の魔力や聖なる魔力は「正電圧」、闇の魔力や呪詛魔力は「負電圧」に対応する。「地上界」という存在そのものは、魔法理論における「グランド(接地)」に例えることができるのではないか。天界がプラス極、魔界がマイナス極で、地上界がその中間にあるイメージだ。そう考えると、様々な現象に合点がいく。

 魔法道具も、電子部品に準えて考えれば、その役割が明確になる。電流の流れを制限する抵抗器は、魔力暴走を抑え、微細な魔力調整を可能にする「緩流の護符」や「律の環」のみたいもの。初心者用魔導具に使われる制御装置の多くは、この原理が応用されているはずだ。電荷、つまり魔力を蓄積し、必要に応じて放出するコンデンサは、「魔晶石」や「魔力蓄積の宝珠」に相当する。瞬間的な高出力魔法や、魔道兵器のエネルギー源として不可欠な存在だ。また、磁場にエネルギーを蓄えるインダクタは、空間の歪みや時空の歪曲を利用して魔力を調整・転送・循環させる「魔法陣」や「呪具」。転送魔法や、大規模な回復魔法陣の基盤となっている。

 さらに、アクティブ部品。小さな信号で大きな魔力を制御・増幅するトランジスタは、魔力の流れを整え、増幅する「魔杖」や、魔道兵器の核となる「魔導核」に他ならない。魔力の発射時にも使われ、魔力量の少ない者でも強力な魔法を扱えるのは、この増幅作用があるからだ。一方向にしか電流を通さないダイオードは、魔力の逆流を防ぎ、制御不能な暴発を防ぐ「封呪の指輪」や「逆流防止の印」だろう。強力な魔術や、繊細な精霊魔法を使う際には、これらが必須となる。電気回路のオン/オフを切り替えるスイッチ素子は、「起動符」や「魔術トリガー」のみたいものだ。詠唱完了時や、特定の感情、あるいは言葉をトリガーにして魔法が起動する。

「ゼルダ、この間の魔力増幅回路の実験データは?」

 俺が呼びかけると、研究助手であるメイドのゼルダが、いつもの単調で無機質な口調で答えた。

「はい、陛下。分析が完了しております。魔力出力は想定値を12.5パーセント上回りました。ただ、回路の負荷が高く、素材の劣化が確認されました」

 銀色のボブカットに、片目のスコープ型魔導装置が特徴的なゼルダは、感情を全く見せないが、その仕事ぶりは非常に正確だ。メイド服の下に隠された重装甲も相まって、まさに魔導機構型の魔族、といった佇まいだ。

 俺はゼルダからデータシートを受け取り、目を通す。やはり、高出力化には素材の改善が不可欠か。現在の魔導具に使われている素材では、これ以上の効率化は難しい。

「うむ……」

 隣では、いつものように憮然とした聖剣エクス=ルミナが、作業台に突き刺さったまま、ぶつぶつと文句を垂れている。

『まったく、我には貴様のやっていることがまるで分からん! 魔力を数式で解き明かすなど、道理が分からん』

 黄金の装飾が施された美しい聖剣の刃には、彼の意思が発現する時に現れる魔法文字が浮かび上がり、柄の宝石が青く発光している。相変わらず、頑固で融通が利かない。

 勇者を導く自負がある癖に、魔王である俺に仕えるのを屈辱に感じているという、面倒なツンデレ聖剣め。

「お前はいつだって『我には分からん』しか言わないだろう。少しはいろんなことに興味を持ってみろよ」

『魔王がこのような怪しげな術を弄するとは、世も末だな!』

 相変わらずの毒舌に、俺は苦笑するしかない。彼の言う「怪しげな術」こそが、この世界の理を解き明かし、無益な争いを避けるための鍵となるはずなのだが。

 俺はさらに魔力波の性質についても考察を進めていた。魔力が電圧だとして、効果が炎や水といった現象で現れるのなら、物理現象や物質が周波数や波長で現わせられるかもしれない。

 ――あれ? この研究を突き詰めると、元の世界の素粒子理論と別の理論にたどり着くのだろうか。

 研究のためには、既存の素材では限界がある。特に、魔力伝導率が高く、高負荷に耐えうる新たな素材が必要だった。あとは魔力を精密に制御するための、より高純度な魔晶石も。これらの素材は、魔王国の外、特に魔力が豊かで、同時に希少な鉱物が産出される場所に偏っている可能性が高い。

「ゼルダ、この実験で使う高純度魔晶石と、耐魔力合金のサンプルが必要になる」

「承知いたしました。ですが現在、魔王城の備蓄では不足しております。外部からの調達が必要となります」

 ゼルダは淡々と現状を報告した。やはりそうなるか。魔王城の備蓄は、あくまで既存の魔導具の維持に必要な量でしかない。研究開発に回せる質と量を兼ね備えた素材は、現在のところ見当たらない。

 俺は少し考え込んだ。これらの素材の調達には、単なる物資の買い付けでは済まないかもしれない。稀少な素材の多くは、それぞれの土地の権力者や、特定の集団が管理していることが多い。そう考えると、ここは一つ、外交部門の協力が必要になるだろう。

 思い浮かんだのは、外交担当でもあるベリシアの顔だ。彼女は魔族でありながら、非常に合理的で現実的な思考の持ち主だ。そして、何より、その行動力と交渉術は目を見張るものがある。彼女に相談すれば、きっと良い方法を見つけてくれるだろう。

「よし、ベリシアに相談に行くか」

 俺は椅子から立ち上がっり、ベリシアの執務室へと向かった。

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