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フィーユの旅立ち(後編)

 黒曜の要衝の一角。

 そこは魔王国と人間界の境に広がる遺跡だ。

 見慣れた魔王城の城壁が遠くに霞み、その手前には無数の墓標が立ち並ぶ。その中でもひときわ大きく、黒曜石で囲まれた場所に、じいちゃん――獣王バルドが眠っている。

 魔王城での慌ただしい日々の中、ボクは何度もこの地を訪れた。でも、今日だけは違っていた。じいちゃんが遺した言葉を胸に、ボクは新たな一歩を踏み出そうとしているんだ。

 空は澄み渡り、風がボクの赤髪をそっと撫でる。その風が、まるでじいちゃんの手のように感じられた。墓前には、ボクの門出を見送るため、たくさんの仲間たちが集まってくれていた。

 一番近くに立つのは、もちろん魔王ゼルヴァ陛下。漆黒の長髪が風に揺れ、深紅のまなざしが静かにこちらを見つめている。

 普段は面倒くさがりで、ため息ばかりの陛下だけど、今日はどこか柔らかな雰囲気を纏っていた。

 ボクにはわかる。あの奥底に、いつもとは違う光が宿っていることが。

「フィーユ、いよいよ旅立ちか」

 陛下が、ボクの頭にそっと手を置いた。その手は、じいちゃんと同じくらい温かくて、寝癖の残る髪を優しく撫でてくれる。

 まだ子ども扱いされているみたいで少し照れくさいけれど、その温もりが、胸の奥にあった不安をすっと和らげてくれた。

「はい、陛下! ボクは、じいちゃんの遺志を継いで、真の獣王になるために《聖雷郷》へ行ってきます!」

 できる限り大きな声で胸を張る。声が震えそうになるのを、必死でこらえて。

「そうか。フィーユなら、きっとできるだろう。――だが、無理はするな。何かあれば、必ず助けに向かう。遠く離れていても、お前のことは見守っているからな」

 穏やかな声に込められた重み。その裏にある、救えなかったじいちゃんへの悔しさも、ボクは知っている。だからこそ、ボクには二度と同じ想いをさせたくない。そんな決意が伝わってきた。

 自然と頷いていた。笑顔で送り出してくれる陛下に、感謝の気持ちが溢れそうになる。

 心の中ではきっと心配しているはず。でも、ボクを信じて「行かせてくれる」。その思いに、応えたいと思った。

 陛下の隣には、宰相のベリシアさんが立っていた。銀髪が風に揺れ、落ち着いた表情にわずかに滲む不安の色。

「フィーユ、どうか道中ご無事で。何かあれば、すぐにご連絡を」

 丁寧な口調の中にも、確かな思いやりがあった。彼女はいつも魔王城を支えてくれる頭脳で、多忙なはずなのに、こうして時間を作ってくれたことが嬉しかった。

 隣にはナクティスさんやラズさんの姿もある。

「がんばってねー、フィーユ。土産話も期待してるよー」

「フィーユさん、お気をつけて。あなたの旅が、実り多きものとなりますように」

 まるで祝福の魔法のように、彼女たちの声が胸に染み込んだ。

 ナクティスさんは眠そうだけど、優しい顔で笑っていた。

 ベリシアさんのもとで奮闘するラズさんも、きっとボクと同じように、悩みながらも前に進んでいるのだと思う。

 ボクの部下たちも、勢揃いしていた。

 まず前に出てきたのは、ガルド。大柄な体に、獅子のような金色の髪が光を浴びて輝いていた。

「お嬢! 無茶すんなよ! オレたちがいる限り、ここは大丈夫だ! 安心して行ってこい!」

 豪快な声が空に響く。妹のようにボクを大事にしてくれる彼の言葉が、心をぐっと支えてくれる。少し心配性だけど、その声があるだけでどれだけ心強いか。

 次に近づいてきたのはレグナス。大柄な体を揺らしながら、笑みを浮かべていた。

「そうだぜ、お嬢! ここはオレたちに任せな! どっかの誰かがまた無茶してねえか、ちゃんと見張っとくからな!」

 ちらりと視線をやった先には、もちろんガルドがいる。いつも口喧嘩ばかりしてる二人だけど、その絆は固い。レグナスは伯父さんのような存在で、小さい頃からずっとボクを支えてくれていた。

 最後に、フリードが静かに頷いた。風に揺れる白い毛並みと、鋭い視線がまっすぐボクをとらえる。

「お嬢の敵は、即座に噛み殺します。何かあったら、すぐ駆けつけて我々がすべて守りますので、ご安心を」

 短く、けれど誰よりも重い言葉。感情を表に出さない彼だからこそ、その言葉の裏にある忠誠が強く響く。ボクにとって、最も信頼できる仲間の一人だ。

 みんなの顔を見るたび、胸が熱くなる。一人ぼっちじゃない――その実感が、また一歩、ボクの背中を押してくれる。

 じいちゃんの墓の前へと進み出た。黒曜石で築かれた墓標に手をそっと触れると、じいちゃんの存在を思い起こさせた。

 好きだった酒を墓前に供える。琥珀色の液体が、石の上を静かに流れていく。

「じいちゃん……ボク、行ってくるね」

 声が少しだけ震えた。でも、まっすぐに墓標を見据えて続ける。

「じいちゃんが残してくれた遺志、必ず継ぐから。もっと強くなって、真の獣王になって、必ず帰ってくる。だから、見ていてほしいんだ」

 誓いを立てたその瞬間、ボクの顔から「泣き虫のフィーユ」は消えていた。

 きっと今のボクは、獣王の孫娘にふさわしい顔になっている。ほんのかすかに怯えが残っていることは、誰にも気づかれないように。もう、弱音は吐かないと決めたんだ。

 不安と期待を背に、力強く頷いた。仲間たちの視線を感じながら、ボクは門へと歩き出す。一歩、また一歩、鼓動が高鳴っていく。

 門をくぐる直前、もう一度振り返った。陛下、ベリシアさん、ラズさん、そしてガルド、レグナス、フリード……みんなが、ボクの背中を見送ってくれている。その表情には心配がにじんでいたけれど、同時に、ボクへの信頼と期待も確かにあった。

 両手をいっぱいに振った。

「行ってきます!」

 そして、ボクは門をくぐり、その向こうへと歩みを進めた。

 雷鳴響く《聖雷郷》へ、ボクの新たな旅が、いま始まったんだ。

と、書いたのですが、次章はフィーユの出番が無く。

彼女の旅立ちから始まる顛末を期待された方は、その次の章をお待ちいただくことになります。

でも、次章・世界樹編も、きっと楽しんでいただけます。

(週末から再開します)

ぜひ、お付き合いください。


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