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英雄譚の終わりと、小さな誓い

 燃えさかる魔城、玉座の間で勇者エリシア=フェルブレイズは、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスに向け剣を構えました。

数々の傷と魔物の返り血で、彼女の本来白い鎧は朱に染まっていました。

 魔王は赤く光る目でエリシアをじっと見下ろしています。

 その巨体はエリシアより巨大で、真っ黒な鱗に包まれています。

 「愚かだな……お前は本当にそれでいいのか?」

 魔王の声は暗闇の中に響きました。

 エリシアは、疲労が消えないままも笑顔を見せました。

 「私は……今ここにいる人たちを守る! それが私の正義だから」

 魔王はあざけるように笑いました。

 「正義? そんなものは弱者の幻想にすぎぬ。動乱であれ平和であれ世界を治めるのは、強き者でなければならぬのだ」

 そう言った途端、黒い炎が舞い上がりました。魔王の炎の波が迫ります。

 「ならば、強い者が守る世界を見せてやる!」

エリシアは恐れずに聖剣を振りかざし、その炎を切り裂きました。その姿は、まるで光そのものでした。

「これが、最後……。聖剣エクス=ルミナ。ごめん、全ての力を貸して!」

 エリシアは全身に力を込め、剣を輝かせました。魔王も自らの力を解放します。世界が震えました。

エリシアは迷わず踏み込み、聖剣を魔王の胸の奥深くに突き立てました。

 「ぐっ……!」

 魔王の声が城を揺るがしました。黒い炎が散っていきます。空も、大地も、すべてが崩れていきました。

 やがて、魔王の巨大な体は少しずつ塵になっていきました。

 エリシアは息を切らしながら、そっと笑いました。

 「これで……終わりだね」

 魔王の赤い目がわずかに輝きました。それは驚きだったのか、それとも敬意だったのか。魔王は静かにまぶたを閉じました。

 「……見事だ」

 それが魔王の最後の言葉でした。そして魔王は塵になり、暗闇の中へと消えていきました。

 しかし、エリシアの体も限界でした。もう動くことができません。

 そっと膝をついたエリシア。

 崩れた城に、静けさが戻りました。

 勇者も、魔王も、戦いの跡も、すべて静かに消えていきました。

 ただ、一振りの聖剣だけが、そこに残っていました。


  *  *  *


 宮殿の一室。窓から柔らかな陽光が差し込む中、幼い王女セレアリス=フォン=ルミナスは、分厚い本を膝に広げていた。本の中には、美しくも恐ろしい物語が描かれている。

 ――魔王は世界を支配しようとし、勇者がそれを阻んだ。激しい戦いの末、勇者は魔王を討ち果たしたが、自らも命を落とし、二人は共に消えた。

「……こわい……」

 セレアリスは、小さな手で絵本の端をぎゅっと握る。この物語はただの昔話ではない。数十年前、実際にあった出来事だった。勇者は世界を救うために戦い、命を賭して魔王を討ったのだ。

「ロイド……」

 傍らにいた少年、ロイド=グランフォードを見上げる。王国南部の名門貴族の家に生まれた彼は、まだ幼いながらも誇り高く、勇者の血を引いていた。

「もし、魔王がまた戻ってきたら……どうしよう?」

 セレアリスは不安そうに、青い瞳を揺らす。もし魔王が復活したら、平和な国はどうなるのか。大切な人たちは?

 ロイドは少し考え、すぐに真っすぐな瞳でエリシアを見つめた。

「そのときは、僕が戦うよ」

 セレアリスは驚いたように彼の顔を見つめる。ロイドは栗色の髪を揺らしながら、真剣な眼差しで言葉を続けた。

「僕が強くなる。国も、セレアリスも、僕が絶対に守る!」

 幼いながらも、その言葉には確かな決意が込められていた。

 セレアリスはしばらくロイドの顔を見つめ、それからふわりと微笑む。

「……ほんと?」

「ほんとだよ。だから、怖がらなくてもいい」

 ロイドの言葉に、セレアリスの胸の奥にあった不安が少しだけ和らぐ。

 外では風が吹き、春の花が静かに揺れていた。

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