(32)希望へ続く帰り道
夜明け前の聖王都は、まだ静けさに包まれていた。俺たちは、人目を避けるように街の裏通りを進み、東門へと向かった。
いつものように城を抜け出したセレアリスとロイド、エルシアが、見送りのために来てくれていた。
門をくぐり、開けた場所に立つと、ひんやりとした朝の風が頬を撫でた。
馬を率いたリセルとカルラの荷物が多い。どうやら、この数日の間にお土産をたくさん買い込んだらしい。
「カルラぁ、これ全部、持って帰るの大変じゃない?」
リセルが、わざとらしくため息をついて見せた。隣でカルラが、
「何言ってんだよ、リセル! これがあたしたちの、お役目ってやつだろ!」
と胸を張る。賑やかな二人のやり取りに、少しだけ心が和む。
俺は、ロイドとセレアリスに視線を向けた。彼らもまた、穏やかな表情をしていた。
「色々と、世話になったな、ロイド。セレアリス殿下も、ありがとう」
そう言うと、ロイドは力強く俺の手を握った。
「感謝しているのは俺の方だ、アイザワ。君がいなければ、聖王都は、いや、この世界はどうなっていたか……」
彼の言葉には、偽りのない感謝が込められていた。硬く握られた手のひらから、彼の真っ直ぐな心が伝わってくる。
「また会えるよな、アイザワ」
ロイドの問いに、迷わず頷いた。
「ああ、もちろんだ。今度は、もっと平和な形でな」
「そうだな! その時は、美味い酒でも酌み交わそう!」
ロイドは、いつもの豪快な笑顔を見せた。その笑顔は、どんな困難も乗り越えていけるような、頼もしさに満ちている。
セレアリスも、優しく微笑んでくれた。
「アイザワ様――いえ、ゼルヴァ陛下、本当にありがとうございました。私たちもこれから、この国をより良い方向へ導いていけるよう、尽力いたします」
彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。彼女なら、きっと、この聖王都を、人間たちの世界を、正しい方向へ導いてくれるだろう。
「期待している。何かあれば、いつでも連絡をくれて構わない。魔王国は、常に門戸を開いている」
俺は、そう告げた。異なる種族間の理解と共存。おぼろげだけど、それが俺の目指す世界だろう。今回の戦いは、その第一歩か。
ややあって、エルシアが一歩前に出た。彼女は、少し緊張した面持ちで、俺を見上げていた。
「あの、――アイザワさん」
彼女のはっきりとした声に優しく頷いた。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるエルシアに、俺は慌てて首を横に振った。
「顔を上げてくれ。君が無事で、本当によかった」
彼女は顔を上げると、真っ直ぐに目を見つめてきた。その瞳には、強い光があった。
「私、これからは、自分の意志に従って、強く生きていきます」
その言葉を聞いた瞬間、腰に差してあったエクス=ルミナが、微かに震えた。
それは――まるで人が涙で肩を震わすかのように。
「エクス?」
心の中で問いかけると、聖剣からは微かな温かい感情が伝わってきた。
目の前のエルシアは、その先代勇者エリシアと瓜二つの姿をしているのだろう。
勇者であった少女エリシアの遺志は、いまここに居る少女エルシアに受け継がれてた。
そして、彼女は自分の意志で生きることを決意した。
俺は静かにエクス=ルミナの柄に触れた。言葉は交わさなかったが、聖剣の想いが伝わってくるようだった。
「ああ。応援しているよ」
俺は心からの言葉をエルシアに贈った。
彼女は、はにかむように微笑んだ。その笑顔は、まだ幼さを残していたが、確かな希望に満ちていた。
東の空が、少しずつ白み始める。清々しい朝の光が、聖王都の街並みを照らし始めた。
「さあ、帰るか」
俺は、リセルとカルラに声をかけた。
「はいっ!」
「おう!」
二人の元気な返事が、心地よく響く。
ロイド、セレアリス、エルシアに見送られながら、俺たちは聖王都を後にした。振り返ると、三人はいつまでも手を振っていた。
魔王国への道は、まだ長い。それでも、その道のりも、これまでとは違って、どこか希望に満ちているように感じられた。
「帰ったら、また仕事が山積みだ……」
ため息混じりに呟くと、リセルがすぐに反応した。
「えー、残業はいやですーっ!」
カルラは、胸を叩いて意気込んだ。
「あたしは、いっちょ頑張らせてもらいます!」
騒がしいけれど、頼りになる二人だ。
魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスとしての義務。そして、勇者アイザワ・ナオートとしての使命。
まだまだやるべきことは山積している。だけど、今の俺には、確かな仲間たちがいる。未来への希望がある。
滾る思いを胸に、穏やかな朝の光の中を進み始めた。
(つづく)
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この章は、ここで終わりです。
少し幕間と数日のお休みをいただいて、次章、世界樹編へ続きます。
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