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(31)後始末は胃が大変です。

 魔王ゾルグの討伐から、三日が過ぎた。

 聖王都にまだ残っているというだけで、俺の胃は静かに悲鳴を上げている。昼夜を問わず、感謝と称賛と酒と演説と饗宴の嵐。

 魔王を討伐した勇者、アイザワ・ナオート――その正体が魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスだとは、誰も知らない。

 ナクティスが広範囲に仕込んでくれた夢魔法のおかげだ。

 ゾルグとの決戦時、俺が“魔王”の姿で戦ったことは、すっかり勇者の武勇として記憶を塗り替えられていた。民衆も、貴族も、教団の残党すら、疑う者はいない。……まあ、誰かが疑ったところで、ナクティスに夢の続きを見せられて終わりだろうが。

 まあこれは問題をあと送りにしただけかもしれないな。俺は魔王だ。そして今は、“勇者”としても扱われている。その二つの肩書きのあいだで揺れる心を、俺自身がどう整理すべきか……その答えはまだ、見つかっていない。

 カルラとリセルはというと、あの激戦の翌日には丸一日寝込み、次の日には笑顔で巨大な肉の塊を平らげていた。

「ぜんぜん平気っすよー! 陛下、追加頼んでもいいっすか!」

「ふふん、カルラだけじゃなくて、私にもお願いしまーす」

 泣き笑いし、騒がしかったのは、先輩メイドたちだった。

「ばか! ばかばかカルラ!」

「リセルちゃん、無茶しちゃだめって言ったじゃないの!」

 泣きながら叱る者もいれば、無言で抱きしめ続ける者もいた。俺はその騒ぎのなか、静かにテーブルの端に座って、スープをかき混ぜながら呆れていた。

 食堂のテーブルがきしむほどの量をたいらげた後、ふたりはけろっとした顔で先輩メイドたちと一緒に街に繰り出していった。

 ベリシアがその回復っぷりに肩を落とし、ルディアが「修行が足りない」とぼやくのも無理はない。

 それでも、心底安心した。命に関わるような事態だったのに、まるで何事もなかったかのような明るさで――あいつらは、やっぱり強い。

 スタミナの回復、速すぎるだろ……。

 

 エルシアは、先ほどようやく意識を取り戻した。

 瘦せ細ってはいたが、顔色に死の影はなく、言葉もはっきりしていた。つらいだろうが、記憶も戻っている。しばらくは療養が必要だろうが、普通の生活に戻れる――そう確信できる顔だった。

「……ありがとう、アイザワさん」

 かすれた声だったが、まっすぐにこちらを見て、彼女はそう言った。

 彼女はそのまま、セレアリスとロイドに託すことになった。俺が言うまでもなく、あのふたりは彼女を大切にするだろう。

 進路についてはエルシアの意思を尊重する。強く、エクス=ルミナが俺に進言してきた

『彼女は、被害者だ。何も悪くない。――どうか、今度こそ彼女自身が未来を選べるようにしてやってくれ』

 ……お前がそこまで言うなら、俺も真剣に応えるしかないだろう。

 ゾルグ――いや、ラゼルアールのことは、内々で俺が引き取ることにした。

 操られていたとはいえ、彼女は堕天し、人々に恐怖を与えた存在だ。

 けれど、実際に対峙して分かったのは、彼女が破壊を望むような存在ではなく、ただ苦しみながらもがいていた存在だった、ということだ。

 ラゼルアール――いや、ラズ。今はその名で呼ぶことにしている――はこう言った。

「罪を償います……」

 そう繰り返す彼女に、俺は「まずは生きてくれ」とだけ告げた。

 天の回廊”アウロラ”にも、地上にも居場所のない彼女に、魔王国が新たな居場所になることを祈るばかりだ。

 真の黒幕――彼女が何を知っているのか。根はまだ深く、闇は完全に払われたわけではない。だからこそ、これからが本当の戦いだ。

 ベリシアたちは、早々に魔王国へ帰った。宰相としての仕事が山積しているという。

 ナクティスはセレアリスに「お礼のため、しばらく滞在なさってほしいです」と頼まれていたが、片手をひらひら振りながら、

「んー、無理。もうつかれた。帰ってベッドでぐだぐだするー」

 と、即答で帰還した。

 結局、残ったのは俺とカルラ、リセルの三人。彼女らは、街をぶらつき、買い食いや土産探しを楽しんでいる。……おいおい、まだ任務中だよ?

 俺はというと――勇者として、国王と教団幹部から盛大な感謝を受け、連日のように広場や宮殿で歓待を受け続けている。

 まったく、居心地が悪いったらない。

 表向きは「今代の英雄」などと称えられているが、その裏では、グラハム司教一派の暗躍と、聖王国がルーンハイトに突きつけた無茶な要求などの問題の隠蔽に使われているだけ。

 そういったものを覆い隠すための煙幕だ。そう思えば思うほど、笑顔を貼り付ける口元が引きつって仕方がない。

 もっとも、そのグラハム司教と派閥は、すべて投獄された。

 だが、事件はそれで終わらなかった。

 投獄されたその夜、奴らは全員――塩になった。

 塩の塊となって、崩れた姿で牢に転がっていたという。それを聞いたフィーユが、俺の前でぽつりと言っていた。

「……アウロラのゼルスエールっていうヤツからの啓示で、動いたらしいです」

 アウロラの天の御使い、ゼルスエール。魔王ゾルグ――ラズも、その名を出していた。

 これも、ラズから聞き出さなければならない事実のひとつだ。

 すべてが終わったわけじゃない。

 戦いの終わりに見えるのは、ただの一時的な平穏。しかし、次の波は、生まれ始めているのかもしれない。

 それでも、俺は選ぶ。

 後悔しないため、できることをひとつずつ、俺はやる。

 悔しい思いや暗い気持ちは、もう、たくさんだ。

 だから、俺は進む。たとえその先に、また新たな闇が待ち受けていたとしても。

 ……さて、そろそろカルラとリセルを迎えに行くか。昨日も飯食って土産買って、商人と全力で値切り合戦してたし、今日も多分同じコースだろうな。

 まったく。どちらがお供なのか……。

 でもまあ――それでいい。

 平穏は、こんな日常の中にこそあるのだから。

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