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(28)討伐

 全身に激痛が走る。視界が歪み、口の中に血の味が広がる。倒れてなどいられない。

 瓦礫の中から、ヤツがゆっくりと体を起こす。右半身を失い、見るも無残な姿だが、その赤い瞳には依然として無機質な憎悪に染まっている。「グルルルルル……!」

 怨嗟の咆哮が轟いた。ゆっくりと再び俺へと向き直る。まだ、戦いは終わっていない。ヤツは、まだ反撃に移ろうとしている。

 全身が軋む。痛みよりも、目の前の光景に俺は意識を集中させた。半身を失いながらも、ゾルグはなおも暴走を続けている。その赤い瞳は俺を捉え、明確な殺意を放っていた。失われた右半身の傷口から、ぞろりと黒い触手が蠢き始める。それは、まるで魔物の腸がそのまま伸びたような、おぞましい光景だった。触手は不規則にうねりながら、俺へと襲いかかってくる。

 激しい戦闘でふらつく体で、俺は辛うじて身をかわそうとする。いや、全身の疲労は想像以上だった。一瞬、反応が遅れる。

 避けきれない!

「――遅れてすまん、アイザワ!」

 聞き慣れた声が届くと同時に、ゾルグの触手が一閃のもとに切り裂かれる。そこに立っていたのは、ロイドだった。騎士服は破れ、腕や足にはいくつもの深い傷を負っていた。額からは血が流れ、頬には泥が付着している。それでも、その表情には変わらぬ強い意志が見えた。

「ロイド……!」

 彼の名前を呼んだ。人々を守っていたはずの彼が、俺を助けに来てくれた。

「ったく、一人で無茶しすぎだ。勇者なら、もう少し仲間を頼るべきだ」

 ロイドは軽口を叩きながらも、すぐに旧聖剣《アーク=ルミナ》を構え、隣に並び立つ。その剣から放たれる聖なる光が、闇の魔力に対抗するように輝いていた。

「ああ。――痛感している」

 そんな言葉を口にするのが精一杯だった。

 ゾルグが再び咆哮し、よろけながら巨大な左腕を振り下ろしてきた。その一撃は、大地を砕くほどの破壊力を持つ。

「グラヴィ・バインド!」

 俺が重力魔法でヤツの動きを鈍らせ、ロイドはその隙を突いて、その左腕へと駆け上がった。

「ハアッ!」

 ロイドが《アーク=ルミナ》を横薙ぎに振り抜き、硬い鱗に深々と食い込ませる。ヤツの腕に、明確な傷跡が刻まれる。だが、ヤツの再生能力は依然として高く、すぐに黒い粘液が傷口を覆い始める。

「くそっ、再生が速すぎる!」

 ロイドが悔しそうに叫ぶ。俺もまた、執拗な攻撃を《エクス=ルミナ》で受け止めながら、反撃の糸口を探していた。

 二人でゾルグを相手に剣劇を繰り広げる。俺の闇魔法と聖剣の剣技、騎士剣技。それぞれの特性を活かし、ヤツの巨体を翻弄する。

 激戦の最中、再び俺の脳内に声が響いた。

『陛下。ベリシアです』

 ベリシアの声。彼女の声は、いつになく安堵と喜びを含んでいた。

『ゾルグの半身より、カルラとリセルを回収いたしました。意識はありませんが――二人とも無事です』

 その言葉を聞いた瞬間、俺の全身から力が抜けるような感覚に襲われた。カルラとリセルが、無事……! その安堵感に、思わず膝をつきそうになる。

「よし! リセルとカルラが助かった!」

 二人が助かった。俺の心は一気に軽くなった。

「あとは、エルを助けるだけだ。――ロイドッ!」

 俺は、ゾルグと斬り結んでいるロイドに叫んだ。

「ああ!」

 ロイドも、俺の言葉に力強く頷く。彼の顔にも、希望の光が宿っていた。

『アイザワよ、魔造のキメラは、コアの魔晶がある。それを壊せば瓦解する』

 《エクス=ルミナ》が、突然、俺の脳内に語りかけてきた。

『コアの場所へは我が導く。故に、貴様は迷うことなく、その刃を突き立てよ!』

「――簡単に言うがな、あの大物のコアを狙うなら、もう少し削らないと、狙うのは難しい……」

 俺は、つい独りごちてしまう。ゾルグの巨体と、その周囲をうねる触手、絶え間なく放たれる魔力。そのすべてを突破して、核を狙うのは至難の業だ。

 しかし、ロイドははっきりとした声を上げた。

「わかった。任せろ、アイザワ!」

 ロイドの目が、鋭く光る。ヤツが、再び腕を振り下ろそうとしたその瞬間、ロイドは自身の全身の魔力をアーク=ルミナに集中させた。

 剣がまばゆい光を放ち、その光はヤツの闇の魔力を押し返すほどだった。まるで彼の意志そのものが具現化したかのように、迸る聖なる魔力が周囲の空気を震わせる。彼は、一瞬の躊躇もなく、地を蹴った。まさしく勇者の剣だった。そのの巨体に向かって一直線に駆け、左腕に滑り込んだ。

「ハアアアアアッ!」

 俺の視線の先、ロイドが渾身の一撃を放った。アーク=ルミナが、まばゆい光を放ち、ゾルグの左腕を深々と切り裂いた。聖なる光と邪悪な闇がぶつかり合い、爆発にも似た衝撃が周囲に巻き起こる。

 直後、場を支配していた魔力が破られた。

 ゾルグが、異形じみた巨体から、おぞましい絶叫を上げた。それはまるで、何千、何万もの魂が同時に断末魔を上げるかのような、悍ましい叫びだった。その声は、耳を劈き、脳髄を直接揺さぶるかのようだ。全身の毛穴が開き、生理的な嫌悪感が全身を駆け巡る。

『いまだ!』

 俺の意識に、エクス=ルミナの声が弾ける。その声は、脳裏に明確なイメージを浮かび上がらせた。巨体の中央、魔力の渦が一点に集中している場所。それが、ヤツのコアだ。

 迷わず聖剣を構え、走った。全身の魔力を、惜しみなく聖剣に注ぎ込む。漆黒の長髪が、魔力によって逆立ち、深紅の瞳が、そのコアを正確に捉える。聖剣エクス=ルミナが、青白い光を放ち、その刃が意思を持つかのように、微かに震えた。

 俺は、聖剣をコアへとまっすぐに突き出した。

「消えろ……!」

 俺の言葉が、ゾルグに届いたのかはわからない。

 激しい一撃は、まさしく必殺だった。聖剣の切っ先が、硬い外皮を無視して、吸い込まれるように突き刺さった。

 絶叫が轟いた。悲痛な叫びだった。

 聖剣がコアを貫いた瞬間、凄まじい光が放たれた。青白い聖なる光と、禍々しい闇の魔力が混じり合い、コアが砕けた。

 弾けるようにゾルグの巨体が崩壊していく。

 激しく見るに堪えないものだった。肉が千切れ、骨が砕け、黒紅い血液が飛び散る。かつて魔王であったものは、原型を留めることなく、無数の肉片となって、あたりに散らばっていく。身を庇い、爆発に耐える。

──終わった……のか……。

 どのくらい時間がたったのか。

 ロイドが、息を切らせて俺の隣に立つ。彼の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいたが、その瞳には、確かな安堵と達成感があった。

「やったな、アイザワ……」

 彼の言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。全身の力が抜け落ち、その場に膝をつきそうになるのを、聖剣を支えにどうにか持ちこたえる。

 周囲には、ゾルグの残骸が散乱していた。いくつもの魔獣の肉片、人らしき形をした肉片も混じっている。これまで取り込んできた魔物や人間たちのなれの果てだろう。

 エクス=ルミナが「魔造」と言っていた。――そう、まさしくゾルグは魔王として作られた存在だった。

 その光景は、戦いの勝利とは裏腹に、言いようのない虚無感を俺に与えた。

 その、夥しい残骸の中に、俺は異質なものを見つけた。

 それは、肉片とは明らかに違う、鮮やかな白さだった。

 折り重なった二つの人の身体……。

 一つは、見慣れた赤髪の小さな影。そして、もう一つは……。

 曲がった角は砕けていた。蝙蝠のような羽も、片方が無残に引き裂かれている。切り裂かれた黒いローブ姿の女性――。

 俺は、息をのんだ。まさか、彼女はエルを守ったのか? いや、それとも、こコアが破壊されて、彼女本来の意思が表れたのだろうか。

 その女性の腕の中には、確かにエルが抱きかかえられていた。最後の爆発から、エルを庇うようにして。彼女の身を挺した行動が、エルの命を救ったのか。

 俺は、全身の痛みを無視して、その影へと駆け寄った。ロイドも、何かを察したのか、俺に続くように走り出す。

 膝から崩れ落ちるように、二人の傍らにしゃがみ込んだ。エルの顔には煤と埃がついていたが、その表情は安らかだった。

「エル!」

 俺は、思わず叫んだ。

 二人を離したロイドがエルを抱え、息を確かめる。

「大丈夫だ。エルは生きている。――気を失っているだけだろう」

 安堵に大きく息をついた。次は――。ロイドに彼女を任せ、もう一人の倒れている女性へ顔を向けた。

 その顔は、どこか穏やかで、憂いを帯びていた。

『ゾルグの本体じゃな。まだ生きているぞ。……どうする? とどめをさすのか』

 エクス=ルミナの声に、俺は首を振った。

「おそらく、彼女も被害者だ。もう、”魔王ゾルグ”は討伐したよ」

『それが良いだろう。……我もお主に同感だ。少し毒されたかも知れんがな……』

「――ああ、もう今日はこれ以上、働きたくない」

 崩れ落ちそうな身体をどうにか支えていると、見知った顔たちが走り寄ってきた。

 安堵の表情を浮かべた彼らに、俺は力なく手を振って、やっと座り込んだ。

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