(25)正しい道を選びましょう
私は、足早にグラハム大司教の執務室へと向かった。扉を開けると、そこにはまさに激昂した大司教の姿があった。彼の顔は恐怖と怒りに歪み、たしかな狂気が宿っていた。
「グラハム大司教!」
私の声に、彼は驚き振り返った。その顔には、まるで私が彼の完璧な計画を破壊する悪魔であるかのような、憎悪が満ちていた。
「貴様、なぜここにいる! なぜ、この完璧な計画を邪魔する! ゾルグが暴走しただと!? エルをどこにやった! このすべてがお前のせいだ!」
その言葉には、崩壊する計画への絶望と、私への逆恨みが混ざり合っていた。エルの不在とゾルグの暴走は、彼の目論見を大きく狂わせたのだろう。
「すべては、あなたの企みが招いた結果です。神の名を借りて人々を苦しめるなど、決して許されることではありません!」
震える声を奮い立たせ、グラハム大司教を真っ直ぐに見据えて告げた
「黙れ! すべては私の……いや、神の御心のままに進んでいたのだ!」
逆上したグラハム大司教は、聖衣の奥に隠していた短剣を抜き、私へと襲いかかってきた。その動きは、とても六十歳を超えた老人とは思えぬ速さだった。私は咄嗟に身を引いたが、完全には避けきれなかった。
その視界を影がよぎる。
フィーユが大司教の腕を掴み、その動きを止めていた。
彼女の琥珀色の瞳が、怒りと静かな決意を湛えてグラハムを睨みつけている。大司教は暴れようとしたが、フィーユの力の前では無力だった。
「セレアさん、無事ですか?」
「は、はい。――ありがとう、フィーユさん」
「この人はボクが預かります。王城の塔へ。ナクティスさんが準備を進めています」
その声は、まるで嵐の中に差し込む一条の光に感じた。私は安堵の息を漏らし、フィーユに深く頷いた。その背中越しに、なおも悪あがきを続ける大司教を睨みつける。
「グラハム大司教。あなたの行き着く先は、決して神の御心ではない。ただの破滅です」
そう言い残し、私は王城の塔へと駆け出した。
聖堂の廊下は崩れ落ちた瓦礫と、逃げ惑う人々で混乱していた。遠くからは悲鳴や怒号が響き、それが私の胸を締めつけた。しかし、足を止めるわけにはいかない。私は一歩も緩めず、瓦礫に注意を払いながら王城の塔を目指した。
街を見ると、あちこちで火の手が上がり、黒煙が夜空を覆っている。空の高みに、ひときわ巨大な黒い影が浮かんでいた。
――あれが、ゾルグ。
私の身体が一瞬、硬直した。ルーンハイトに現れた、あの怪物がこの聖王都に現れたのだ。絶望的な光景に足がすくみそうになる。それでも、そこで立ち止まることはできない。アイザワが戦っている。ロイド様も、きっとその背を支えているはずだ。
私は、聖王女としてこの王都を守らねばならない。
王城の螺旋階段を駆け上がり、最上階にたどり着いた時、息を呑む光景が広がっていた。
そこは、まばゆい魔力の光に包まれていた。宙にはいくつもの複雑な魔法陣が浮かび、その中心でナクティスが全霊を注ぎ魔法を構築している。炎のような赤い髪が魔力の奔流に煽られ、紫色の瞳はこれまでに見たことのないほど真剣な光を湛えていた。
「セレアちゃん、来てくれたね!」
私の姿を認めると、ナクティスはわずかに表情を緩めた。その声には、安堵と切迫が入り混じっていた。彼女の周囲に展開された魔法陣は、王都全体を包むほど巨大である。それが、ゾルグの力を抑え、アイザワの戦いを支援し、王都を守るための「夢魔法」であることを、私は直感的に理解した。
「あたしの『夢魔法』で、王都全体を包み込む防御魔法を展開する。ヤツの攻撃を防ぐには、あたし一人の力じゃ足りないんだ。セレアちゃん、手伝って!」
ナクティスの言葉は、私に課された試練だった。彼女の言う通り、ゾルグの圧倒的な力を前に、単独の魔法では防ぎきれない。ナクティスの夢魔法が人々の心の混乱を鎮めるなら、私の神聖魔法は彼の魔力を減じさせ、物理的な災厄から守る盾となる。
聖王女としての責務――その意志が私の胸に熱を灯す。私は迷いなくナクティスの隣に立った。透き通るような青い瞳を閉じ、深く呼吸する。プラチナブロンドの髪が微かな風に揺れた。
「ええ、ナクティスさん。私にできることなら、何でも」
私は、自らに宿る聖なる魔力を解き放った。広げた掌から純白の光があふれ、ナクティスの魔法陣に流れ込んでいく。私の魔力とナクティスの夢魔の魔力が融合し、共鳴していく感覚が全身を駆け巡った。まるで異なる旋律が一つの調和のメロディを奏でるように――。
魔法陣はさらに輝きを増し、塔の最上階から王都全体へと展開されていく。ゾルグの咆哮が空を裂き、遠くで建物が崩壊する音が轟いた。だが、ナクティスの魔法が人々の心に安寧をもたらし、私の魔法が盾となって災厄を防ぐ。
「神よ……私の選ぶ道が正しい道と、お示しください……」
私は、心の内に静かに祈った。聖剣《エクス=ルミナ》が導く道こそが神の御心であると信じている。ロイドとアイザワがゾルグと戦っている。彼らがどれほどの苦痛と覚悟を抱いて、その場に立っているか、私には痛いほどにわかる。
私は彼の隣で剣を振るうことはできない。でも、この王都を守ることはできる。人々を、恐怖から救い出すことはできる。
私とナクティスの魔力が、王都の空に巨大な光のドームを形成していく。それは、ゾルグの猛攻から人々を守る、最後の希望の砦であった。この結界がヤツの力をわずかでも削ぎ、アイザワとロイドが活路を開くことを、私は願った。




