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(6)修行の日々です

 魔王として聖剣の村へ行くことが決まり、その条件として魔王としての力量を上げることになった俺は、早速訓練を開始した。ベリシアの指示のもと、俺の「リハビリ」を兼ねた基礎訓練が始まった。いや、リハビリというより、拷問計画に近い気がする。

 訓練初日、俺の相手をしてくれたのは、獣王バルドだった。彼は巨大な木剣を担ぎ、俺を見るなり口角を上げる。

「さて、陛下。まずはこのワシが相手をいたしましょう。どのくらいのものか、確かめさせていただきますぞ!」

 木剣とはいえ、バルドが振るうそれは、まともに食らえばただでは済まないだろう。前の世界の俺なら、豆腐が潰れるように簡単に砕け散っただろう。俺も訓練用の木剣を構えるが、どうにも体の使い方が分からない。まともな武道経験がないうえに、この体は強大だが、俺自身の運動神経と全くリンクしていないのだ。まるで、ハイスペックなゲームキャラを、初心者がキーボード操作だけで動かそうとしている気分だ。

「木剣が折れる勢いじゃねえか!」

「いいえ。このように、きちんと魔力を通せば、木剣といえど鋼鉄を叩き切れます!」

「おいおいおいおい!」

 結果は、言うまでもない。俺はバルドに、訓練場の端から端まで、木剣でコテンパンに叩きのめされた。避けようとしても体がついてこない。反撃しようにも、どう動かせば良いのか分からない。「うわっ!」「ちょっ!」「それは反則だろ!」などと叫ぶが、バルドは聞く耳を持たない。魔王の体は頑丈なのか、折れたり潰れたりはしないが、全身に凄まじい衝撃と痛みが蓄積していく。

「はあっ、はあっ……ぐっ……もう、やだ……」

 息も絶え絶えに倒れている俺を見下ろし、バルドは額の汗を拭いながら言った。その顔は爽やかだ。

「フム……まだまだ、ですな。先代陛下の動きとはほど遠い。これでは、聖剣を持つ勇者どころか、そこらにいるドラゴンにも遅れを取りかねん。フハハハ!」

 厳しすぎる! 前の世界ならパワハラで訴えられるレベルだ。というか、あなた基準が高すぎませんか? ベリシアが、傍らで腕組みをして静かに見守っている。彼女の視線には、「早く使い物になってください」という無言の圧が感じられた。

 バルドによる個人訓練は、文字通り叩き潰される形で終了した。しかし、訓練はこれで終わりではない。翌日からは、対複数相手の戦闘が始まった。俺の相手をするのは、バルドの孫であるフィーユと、ベリシア配下の戦闘に長けたメイドたちだ。

 ……いや、戦闘メイドってなんだよ。

 隊長ルディア。金髪ショートで猫耳と尻尾が二本の、見るからに素早そうなミネット。青銀のラフなポニーテールで、少し目の下にクマがあるリセル。金髪ポニーテールで体格の良い、元気いっぱいのカルラ。そして、小柄で銀髪ツインテールの、ふんわりしたティセもいる。彼らが、今回の訓練相手、あるいは支援をしてくれる面々らしい。ベリシアとバルドは、その後方で腕組みをして見守っている。

「さて、陛下。本日はこれらの者たちが相手をいたします。彼女らには手加減・遠慮は無用と伝えてあります。手加減はいたしませんので、覚悟なさい」

 ベリシアが静かに告げた。

 戦闘メイド隊長のルディアが、落ち着いた声で応じる。

「閣下のお気を煩わせぬよう、私たち戦闘メイド隊が、陛下の力量復活に貢献いたします」

 バルドは、俺とフィーユを見ながら豪快に笑う。

「フィーユ! お前も遠慮するな! 陛下の胸を借りるつもりで、思い切りかかっていけ! 倒しても構わん!」

「はいっ! じいちゃん!」

 フィーユが元気よく返事をする。彼女の琥珀色の目は、獲物を見る猫のようだ。

 訓練が始まった。複数相手の戦闘は、バルド一人に叩きのめされるよりもさらに過酷だった。ミネットは猫のような素早さで動き回り、双剣での連撃を繰り出してくる。「にゅあー! そこ空いてるにゅあー!」と、猫語?まで混じっている。彼女の尻尾が、高速で左右にブンブン振れている。リセルはレイピアで隙間を突いてくる。「マジですか……これ、追加給与ですよ……?」と、戦いの最中に給与の心配をしているのが聞こえる。カルラは巨斧の一撃が重い。「全力でやります!」と、体育会系ノリで突っ込んでくる。フィーユは、二刀流で小柄な体を活かした素早いヒットアンドアウェイで俺を翻弄する。恐ろしい手数。まるで、巨大な猫じゃらしになった気分だ。

「ほれほれ、避けなければ死ぬぞ!」

 バルドの怒声が響く。実際に、何度か致命傷になりかねない攻撃を受けた。首筋を掠める刃、心臓を狙う突き。前の世界なら、間違いなく即死だ。ああ、俺、今死んだな……そう思った次の瞬間。

「大丈夫……痛いの、すぐ治してあげます」

 ティセのふんわりした声が聞こえ、淡い光に包まれると、体の痛みがスーッと和らぐ。傷が塞がり、骨が繋がる。ただ、驚く間もなく、また攻撃が飛んでくる。

「回復が終わったら、すぐに再開だ!」

 バルドの指示で、倒れたそばから訓練が再開される。勘弁してくれ!まるで、死ぬまで戦わされているようだ。実際、死を覚悟するほどの実戦を繰り返している。訓練というより、不死身の肉体を活かした「死なない訓練」だ。

「マジですか……またですか……」

 リセルが、顔色を悪くしながら呟くのが聞こえた。彼女も、この訓練の過酷さにげんなりしているらしい。カルラは汗だくになりながらも、全力で斧を振るっている。

「体は正直っすから!」

 謎の信条を呟いている。ゼルダは、感情を見せない無機質な視線で、ただ淡々と訓練を見守っている。彼女の片目のスコープが、時折ピクリと動くのが見えた。何を分析してるんだろう? 俺の失敗回数でも数えているのだろうか?

 訓練は続いた。全身打撲、切り傷、骨折……回復魔法で治しても、疲労と痛みは蓄積していく。何度も意識が飛びそうになりながら、俺は必死に攻撃を避け、隙を突いて反撃を試みた。バルドの「まだまだ」という言葉が、脳裏に焼き付いている。このままではダメだ。聖剣を見に行く旅の条件である「力量向上」を達成するため、――何より、後悔しないために。体は強大でも、それを操る魂が素人なら意味がない。必死に、泥まみれになりながら食らいついた。これは、ある意味、前の世界の社会人として培った「理不尽に耐える力」が活かされているのかもしれない。


  *  *  *


 武術訓練とは別に、より頑丈そうな壁に囲まれた訓練区域で、魔法訓練が始まった。

 こちらには、武術訓練で動き回っていたミネットやカルラはいない。ベリシアの他にいるのは、半機械体のゼルダ、回復魔法のティセ、そして相変わらずげんなりしているリセルだ。メイドたちは、魔王の巨大な魔力による破壊を考慮してか、何重にも魔法強化された標的を準備してくれていた。

 ゼルダが、無機質な表情で魔導装置を操作しながら、標的を設置している。その動きは正確で無駄がない。ティセが心配そうな顔でこちらを見ている。

「あの、陛下……無理は、しないでくださいね。もし暴走しそうになったら、すぐに伝えてください」

「ああ、ありがとう。やってみるよ。ちょっと怖いけどな」

 メイドたちが見守る中、俺はベリシアに教わった簡単な闇魔法を試してみることにした。魔力を練り上げ、標的に向けて放つイメージをする。

「いけっ!」

 掛け声と共に、体内の魔力が暴走した。闇色の光線が、強化標的を完全に消し炭にしただけでなく、その後ろにあった分厚いコンクリートの壁を、一枚、二枚、三枚、いや、もっとだ、五枚くらいは貫通し、遥か彼方まで飛んでいくのが見えた。その軌跡には、僅かに空間が歪んで見える。空間魔法まで混じったのか?

「…………はぇ?」

 俺は呆然とした。標的を撃ち抜くだけの魔法だったはずだ。なぜ、壁まで貫通? というか、五枚!?

 周囲のメイドたちも、一様に呆然としている。ゼルダは、無機質な顔でデータ処理速度が追いついていないのか、フリーズしている。ティセは手を組んだまま「ひぃっ」と小さな悲鳴を漏らした。

 リセルが、崩壊した壁と、その向こうに見える青空、そして遥か彼方の、もはや豆粒にも見えないほど小さくなった光線跡を見て、がっくりと肩を落とした。その手には、埃を払うための箒が握られている。

「マジですか……またですか……やだぁ、これぇ……」

 彼女は絶望的な声で呟いた。

「これ、掃除と修理、いくらかかるんですか、一体……? 絶対、今日の仕事、定時で終わらないやつじゃないですか……残業確定じゃないですかぁ……」

 彼女は壁の孔や残骸と、掃除道具を見比べている。ティセが「リセルちゃん、大丈夫? お手伝いしようか?」と心配そうに声をかけている。ゼルダはまだ固まっている。

 俺の魔法は、全く制御できていなかった。標的だけを狙うつもりが、周囲を巻き込む広範囲攻撃になってしまう。闇魔法、死霊術、空間操作、召喚術……どれもこれも強力すぎて、思い描いた通りにならない。力を込めすぎると暴走し、抑えすぎると不発に終わる。ベリシアは、そんな俺の魔法を見て、時折額を押さえたくなる衝動を堪えているように見えたが、指導は淡々と続けてくれた。


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