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(20)再びのダンジョン

 ダンジョンの空気は、以前よりも重く、濃密な魔力に満ちていた。ゾルグの活性化による影響だろうか。現れる魔物たちは、明らかにかつてのそれとは異なり、手応えが増している。

 最初に姿を現したのは、オークの群れだった。以前遭遇した時よりも、彼らの体格は一回りも二回りも巨大化し、全身を覆う筋肉はまるで岩のように隆起していた。硬化した皮膚は、まるで革鎧を纏っているかのようである。咆哮と共に突進してきた彼らの武器を、ロイドが構える旧聖剣《アーク=ルミナ》が受け止める。甲高い金属音が響き、火花が散った。

「……なみのオークではないな!」

 叫ぶロイド。彼は堅実に、的確に急所を狙い、次々とオークたちを斬り伏せていく。アーク=ルミナから放たれる聖なる光が、オークたちの肉体を焼き焦がし、その動きを完全に止めた。

 俺はロイドの傍らを駆け抜け、聖剣と魔法によって敵を殲滅する。エクス=ルミナから放たれる光の刃が闇を切り裂き、オークたちの体を一瞬にして塵と化す。さらに、闇魔法で周囲の動きを封じ、空間魔法によってまとめて断ち切った。一瞬のうちに、十体以上のオークがその場から消滅する。

『ふん、オーク程度に時間をかけすぎだ』

 エクス=ルミナは相変わらず口が悪い。

 次に現れたのは、さらに凶悪なオーガだった。その巨体は通路を塞ぐほどで、振り下ろされる棍棒は、地面を粉砕するほどの威力を誇る。

 カルラとリセルの連携で倒すと、今度はその後方から、数体のワイバーンが襲来する。彼らの鱗は以前よりもさらに硬化しており、並の剣では傷一つつかないだろう。炎のブレスを撒き散らしながら、俊敏な動きで俺たちに迫る。

「……時間は無駄にしません」

 リセルが静かに呟いた瞬間、彼女の姿が揺らめいた。次の瞬間、ワイバーンの間を縫うように駆け抜け、鋭利なレイピアで急所を突く。その魔力感知能力により、彼女は敵の動きを完全に見切っていた。深紅の瞳が閃き、三体のワイバーンが空から落ちていく。

 カルラは、次なる敵へと向かっていった。その戦いぶりは、まさに一陣の風のようだった。

 いかなる強敵であろうとも、俺たち四人にとっては脅威ではなかった。俺は聖剣の剣技と広域魔法で敵を掃討し、ロイドは堅実に前線を支え、カルラは圧倒的な力で敵を薙ぎ倒す。リセルは俊敏さと魔力感知で致命的な一撃を繰り出していく。その連携に、隙はなかった。

 まだ俺自身、魔王の力を開放していない。

 深層階。進軍の途中、リセルがふと足を止めた。

「陛下。ごく微弱ですが、規則的な魔力の反応があります」

 その言葉に、俺も足を止める。前回は気づかなかったが、確かにこの位置に何かがある。リセルの魔力感知は、常人の域を超えていた。

「うまく隠蔽されていますが、転移魔方陣のようですね。現在は閉じられていますが……一方通行の構造です。こちらからは入れません」

 彼女が示した壁に触れると、微かに魔力の痕跡が感じられた。それは、高度な術式によって構成された魔方陣の残滓。人為的……いや、人智を超えた設計だ。

 この魔方陣は、他のダンジョンや遠隔地から魔物を移送するための装置だったのだろう。教団がゾルグを操り、魔物をルーンハイトに送り込んでいた証拠か。それは、ゾルグの暴走と勇者エルの出現という「予定された英雄譚」の裏に隠された、彼らの作為を示す強力な証左だった。

「これが、魔物の侵入を可能にしていた仕組み……!」

 いらだちに俺が低く呟くと、ロイド、カルラ、リセルもまた、ただならぬ気配を感じ取ったようだった。

 俺は魔方陣に手をかざし、高位魔法でその術式を解析・破壊する。光と闇が複雑に絡み合った術式が、俺の魔力に触れた瞬間、ゆっくりと崩壊していく。やがて、痕跡すら残さず、魔方陣は消え去った。

 再び歩みを進め、俺たちはダンジョンの最深部へと向かう。魔王の間。ゾルグが封印されていた場所。

 その場所へと辿り着いた。

 前回と変わりない、黒い石で造られた広間。空の玉座。

 今思えば、これも嘘くさい演出だ。

 玉座の背後の巨大な黒い門。固く閉ざされ、ねじれた魔力によって、内部からの脱出を防ぐように封印が施されていた。あの奥こそ、ゾルグが封じられている。

「ここが……」

 ロイドが息を飲む。緊張の色がその顔に浮かんでいた。カルラは無言で斧を構え、リセルもレイピアの柄に手をかける。

 この広間を満たす濃密な魔力の気配が、魔王ゾルグの存在を確かに告げていた。まるで彼自身が、この空間と一体化しているかのようだ。

『……ゾルグは玉座の奥にいるようだ。心してかかれ』

 エクス=ルミナのテレパシーが、俺の意識に直接響く。その言葉に、俺は黙って頷いた。

 俺はゆっくりと玉座へと歩を進める。この場所は魔王の居城などではない。

 単なる「エルの英雄譚」の舞台のひとつにすぎない。

 近づくごとに、魔力の波動はさらに激しさを増していく。それはゾルグ自身の魔力にとどまらず、何かより巨大な、異質な力が混じり合っているように感じられた。これは、おそらく教団がゾルグを造り上げる際に用いた、『天の回廊』の技術の残滓なのだろう。

 ここには俺たち以外、だれもいない。

 ロイドを見ると、彼は緊張感をもって頷いた。俺は、魔封の指輪を外す。

 頭蓋から角が現れ、制限を解除された魔力により、体が一回り大きくなる。瞳の色も深紅に変わっただろう。

 ロイドの表情とは裏腹に、カルラとリセルが「こっちの方が陛下らしい」と呟いた。

 静寂が支配する広間。その中で、俺たちの足音だけが、冷たく、乾いた音を響かせている。

 厳重に封じられたその扉の奥に、ゾルグはいる。教団の計画を阻止する。その第一歩は、この人造魔王の討伐だ。

「この封印を破る」

 俺の言葉に、ロイド、カルラ、リセルは無言で頷いた。

「リセル、協力してくれ。この封印、ただの魔力だけじゃどうにもならない」

 リセルは小さく頷くと、門に手をかざした。赤紫の瞳が鋭く光り、彼女の魔力感知が最大限に発揮される。

「……複雑な術式です。闇の魔力だけじゃない。聖なる力も混じり合ってる。まるで、お互いを打ち消し合うことで、この門を維持しているみたい」

 聖なる力……やはり、“天の回廊”の術式が組み込まれているのかもしれない。

「俺が魔力を集中させる。お前は聖の魔力に干渉して、均衡を崩してくれ」

 俺は門に手をかざし、漆黒の魔力を集中させた。

 リセルも隣で目を閉じ、意識を門へと集中させる。彼女の体から放たれた微細な魔力の波動が、門に吸い込まれていく。

 軋むような音が、広間に響き渡った。門の表面に刻まれた魔力の紋様が、徐々に歪み始める。闇と聖の力がせめぎ合い、均衡が崩れていくのが分かった。

「いけます!」

 リセルの声が響いた瞬間、俺は魔力を一気に解放した。漆黒の魔力が門を覆い尽くし、絡みついていた聖の力を容赦なく弾き飛ばす。

 ズドン、と重い音が鳴り、門がゆっくりと奥へと開いていった。同時に、門の奥から膨大な魔素が嵐のように広間へと溢れ出す。それは、これまでに感じたどの魔物よりも濃密で、空間そのものを軋ませるかのような圧力を放っていた。

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