(17)大公と謁見します
ゾルグがダンジョンへと退却した夜。
疲弊していたルーンハイトの兵士や冒険者たちは、突如現れた勇者エルの圧倒的な力に熱狂し、彼女を「真の勇者」と崇め始めた。赤い軽鎧を纏った少女の姿は、彼らの目に希望そのものとして映ったのだろう。
俺に向けられた声は、賛否がミックスされていた。
「聖剣の勇者、最後は勇者様に助けられたのか」
「いや、彼が居なかったら、もっと犠牲者が出ていた」
「聖剣を持っている割に、大したことなかったな」
「少なくとも、俺たちよりは強ぇえよ」
「魔物相手に苦戦するなんて、本当に勇者なのか?」
そんな声が、耳に届く。無理もない。俺は苦戦していた。
言い訳はできないが魔王としての力を封じていたし、ロイドもカルラもリセルも、周囲の人間を巻き込まないよう全力を出せずにいた。結果として、ゾルグを退かせたのは、圧倒的な力を見せつけたエルだった。
俺たちは、人々の視線から逃れるように、キャンプで休んでいた。ロイドは、どこか複雑な表情でエルが去っていった方向を見つめ、カルラは唇を噛みしめ、リセルは冷めた目で周囲の喧騒を眺めていた。
そんな俺たちのもとに王城からの使者が訪れた。
「ルミナス国のロイド・グランフォード卿、並びに勇者アイザワ・ナオート殿ですな。大公殿下が、今回の魔物騒動の報告のため、両名を首府グランディへお招きでございます」
使者の言葉に、俺は眉をひそめた。
「今、王都へ向かえと? 手負いのゾルグが危険だと思うのだが?」
ゾルグはまだ生きている。今この時に呼び出すのは無意味な行動としか思えない。
使者は、どこか高圧的な態度でこう続けた。
「大公殿下も議会も、今回の騒動の全容を把握することを望んでおられます。なお、勇者エル殿と教団の使者も同様に招へいされており、もちろん快諾されました」
「教団が赴くとなれば、ルミナスの立場として、私は断れません。――アイザワ殿。どうなされます?」
ロイドは冷静を装っているが、口調には怒りが混じっていた。彼の義勇は、本当に心地よい。頷いた俺に、あきらめた様な顔をした。
「……承知した。首府へ向かいましょう」
半ば強制的な招へいだ。臆病な人間の迂闊さと断じることもできる。しかし、俺は敢えてこの招へいを受けることにした。おそらく俺の感が確かなら、この交渉の間はゾルグは地上に出てこないだろう。エルと接する機会があるなら、そちらの方が良さそうだ。
早馬で翌日、俺たちは首府に着き、城の謁見の間にいた。豪華な装飾が施された広間の中央には、玉座に座る大公の姿が見える。その周囲に、議会の面々らしい老人がそろっている。
カルラとリセルは同席させず、俺は一人、この場に控えている。
隣には、ロイドと勇者エルが立っていた。後ろには純白の法衣をまとった教団の使者。ロイドはただ表情を出さず。エルは、昨日と同じく、感情のない表情でただそこに立っている。
「ロイド・グランフォード卿。勇者エル殿、勇者アイザワ・ナオート殿。今回の騒動では大儀であった」
大公は、形式的な言葉でそう言った。彼の顔には、どこか疲労の色が浮かんでいる。
「今回の魔王と称するものの出現は、我がルーンハイト王国にとって未曽有の危機。しかし、卿らの多大なる尽力により、この危機は乗り越えられた。その功績、誠に称賛に値する」
俺たちは、儀礼的に礼をした。
「ゾルグは聖剣の勇者アイザワ殿でも苦戦なされたとか」
「力不足、恥じ入ります」
「いや義勇にて駆けつけていただき、感謝に言葉もない。確かに、魔王ゾルグの力は想像を絶するものがあったであろう。しかし、勇者アイザワ殿には、民の期待も大きかったはず……その点は残念である。――それから、エル殿、その勇姿頼もしく聞いている」
「畏くも。すべては光の神シフェリオン様と――教団のおかげです」
エルのセリフを読むような言葉。
「教会――」
大公の言葉を継ぐように、教団の使者が口を開いた。
「恐れ多くも、発言させていただきます。こちらのエルは、聖剣の勇者を超えるべく探求の末に達した、新たな勇者にございます」
謁見の間にいた貴族や騎士たちから、ざわめきが起こる。彼らの視線が、俺たちに向けられる。エルには驚きと期待。俺には、明らかに軽蔑の視線を向けてくる者もいた。
『面白くない、のぉ』
エクス・ルミナが、念話で低く唸った。
『俗人らはともかくアイザワよ、修行が足りぬことは身に染みよ』
俺は、大公の言葉を静かに聞いていた。反論することもできたが、ここで力を見せつければ、公国は当然警戒するだろうし、教団の警戒心を無駄に煽ることにもなりかねない。
「さて、教団の使者殿。今回の件に関し、貴殿らから、希望があるとか」
教団の使者は、大公の言葉を受けて一歩前に進み出た。その顔には、傲慢な笑みが浮かんでいる。
「はい、大公殿下。恐れ多くも、今回のゾルグ討伐、数多くの魔物からルーンハイトをお救いいたしました勇者エルの功績は、計り知れません。つきましては、教団への報酬と、国内における教会の権利の拡大を要求いたします」
使者が提示した額は、この国の一年の軍備に費やすのと同等の額。
使者の言葉に、謁見の間の空気が凍り付いた。莫大な報酬。利権の拡大。彼らの要求は、王国の財政を圧迫し、教会の影響力をさらに強めるものだった。
大公の顔が、徐々に青ざめていく。彼の目は一度は教団の使者に向けられ、次いで、無表情でそこに立つエルに向けられた。ゾルグを瞬く間に退けたエルの力は、大公にとっても脅威なのだろう。
「それは……あまりにも高額ではないか……」
大公は、弱々しい声でそう言った。
教団の使者は、そんな大公の言葉を鼻で笑った。
「大公殿下。勇者エルが聖なる力を用いて魔物を退ける代償でございます。軍を動かし、被害も考えますと、決して高価ではないかと存じます。――もし、この要求をお受けいただけなければ……我々はルーンハイトから撤退するかもしれません」
それは、明確な脅しだった。大公の目は、助けを求めるように宰相や周囲を見回した。しかし、彼を助けようとする者はいなかった。教団と勇者エルの力を恐れているのだろう。
「一存では決めかねる。議会にかけよう」
大公は、細い声でそう告げた。ただ、答えは決まったようなものだ。教会の影響力はますます強固なものとなるだろう。
『まったく、聞くに堪えんな。教会も国も。人間というものは、斯様に愚かなものか』
エクス・ルミナの念話が、静かに俺の意識に響いた。俺も、まったく同じことを感じていた。自分たちの保身と、目の前の力への畏怖だけで、簡単に譲歩してしまう大公。そして、その力を利用し、利権を貪ろうとする教団。
この国は、ゾルグという魔の脅威だけでなく、「教団」という名の聖にも蝕まれていく。
無表情にそこに立つエルに視線を向けた。彼女の赤い髪、濃い茶色の瞳――その奥には、何も映っていないように見えた。純粋な善意も、悪意も。
彼女は、本当に人々を救う存在なのだろうか――?
謁見の間は、大公の決定によって、どこか重苦しい空気に包まれていた。
形式的に場が終わると、教団の使者は満足げな笑みを浮かべ、エルは変わらず無表情に退場した。
その光景を冷めた目で眺めていた。
もう二度と後悔しない生き方を選ぶ。無益な争いは避けたい。異なる種族とも、きっと理解し合えるはずだ。
……この場では、俺のポリシーはどれも通用しないようだ。
それでも諦めるわけにはいかない。真の敵は誰なのか。その真の目的は何なのか。それを突き止め、この不条理な状況を終わらせるために――。




