(16)本物の勇者?
戦闘は、拮抗しつつも、やや魔王ゾルグの勢力が優位な状態だ。
兵士や冒険者たちが、魔物と戦いつつ俺たちの戦いを見守っている。
勇者の俺と魔王ゾルグの戦いが、この戦いの勝敗を分かつ。それを本能的に理解しているからだ。
ただ、その視線が俺の動きを鈍らせていた。魔王としての本来の力を解放すれば、人間たちをもっと混乱させる。今の俺が最も避けたい事態だった。
機械のような正確さで次々と攻撃を繰り出すゾルグに対し、俺はエクス=ルミナで辛うじて防戦一方。ロイドはアーク=ルミナを輝かせ、ゾルグを牽制しようとするが、事態を変えるような一手にはならない。。カルラとリセルも周囲の人間を巻き込まぬよう加減しており、思い切った一撃を繰り出せずにいた。
そして、魔王ゾルグは、この状態で勝てる相手ではない。
戦況は、徐々に悪化していた。ゾルグの攻撃は間断なく続き、一つでもミスをすれば、俺たち三人とも無事では済まないだろう。
そんな瞬間が、永遠のように続いていた、その時。
赤く光る影が、疾風のように戦場へと姿を現した。赤い軽鎧を身につけ、背には二本の異形の剣を背負っている。
「エル……!」
ロイドが驚きの声を上げた。ルミナス王国から派遣されたという、新たな勇者。
エルは姿を現すなり、何も言わずにゾルグへと突進していった。その動きは、常人のそれを遥かに凌駕している。風のように素早く、ゾルグの周囲を舞うように駆け回る。
「な……!」
ゾルグでさえ、その予想外の動きに一瞬反応が遅れたようだった。エルは、抜き放った二本の剣――長剣と、円環の盾のような刃――を同時に抜き放ち、流れるような連撃をゾルグに叩き込んだ。
金属が鋭くぶつかり合う音。エルの剣は、純粋な剣術だけでなく、神聖な力も宿しているようだった。ゾルグの黒いオーラが、紅の光に浸食されるように削られていくのが見える。
エルの攻撃は、信じがたいほどの速度だった。一撃一撃はそこまで重くないかもしれないが、数えきれぬほどの連撃は、堅牢なゾルグの肉体を確実に蝕んでいく。ゾルグはその速度に対応できず、後退を余儀なくされていた。
「……あれが、勇者エル」
カルラが、かすかに目を見開いて、そう呟いた。
ふだんは戦いに燃える彼女の瞳にも、純粋な驚きの色が浮かんでいる。
リセルもまた、信じがたいエルの動きをじっと見つめていた。
俺は、エルの戦いぶりを注意深く見守っていた。
その超人的な身体能力もさることながら、動きの洗練さ、攻撃の執念深さに、強い違和感を覚えた。
こちらも、感情を持たぬ戦闘機械を見ているようだった。
ただ敵を殲滅するためだけにプログラムされたかのような、そんな印象だった。
ゾルグは、エルの途切れぬ攻撃に押され、黒いオーラをわずかに乱しながら、じりじりとダンジョンの入り口へと後退していく。
エルは、追撃の手をまったく緩めず、まるで奔流のように剣を繰り出し続けた。
――決定的な一撃。
長剣が光を高め、ゾルグの左肩を正確に貫いた。
「……!」
ゾルグの動きが一瞬止まり、赤く輝いていた目を細める。
「やったか!?」
ロイドの声に、俺は首を振った。まだ、ゾルグの魔力は残っている。
ゾルグは魔力を弾けさせ、エルと間合いを取った後、そのまま不気味なダンジョンの闇に後退した。
エルはゾルグがダンジョンの奥に完全に姿を消したのを確認すると、ようやく追撃の手を止めた。
剣を静かに鞘に収め、残った人間たちや魔物たちを冷たい目で見下ろした。
「魔王ゾルグは、私、勇者エルが追い払った」
見たところ16、7才だろう年齢にしては不自然なほど抑揚のない声に、俺は違和感を感じていた。
「残存個体は、各自で対処しろ」
感情のかけらもない、機械のような声。
エルは俺たちに目もくれず、素早く戦場から離脱していった。
そのあとの戦場は長く続かなかった。魔物の群れは、統率を失い、倒され、逃げていく。
「勝ったぞ!」
「魔王を退けた。――あの少女が勇者だったんだ」
その場に残されたのは、勝利の歓声を上げる人間たちと、説明のつかぬ違和感を抱えた俺たち三人だった。
「……あれで、終わりっすか?」
カルラが、茫然としたように呟いた。
強大な魔王ゾルグが、突如現れた少女によって、いとも簡単に退けられてしまった――そのあっけなさに、どこか現実味のなさを感じてしまう。
「あの動き……人間の域を超えているな」
ロイドも真剣な表情で、エルが消えていった方向を見つめていた。
その澄んだ青い瞳には、確かな警戒の色が宿っている。
『ゼルヴァ。やはり、あの娘は普通ではない。純粋な聖なる力に加えて、異質な強化が施されているように感じる』
《エクス=ルミナ》のテレパシーが、俺の意識にそっと響いた。
その言葉は、俺が感じていた違和感を裏付けるものだった。
「ああ……明らかに、普通の人間じゃない」
俺は低く答えた。
超人的な身体能力、感情の欠如、機械のような言動――。
それはゾルグとも共通している――まるで合わせ鏡の様に。
「聖教団は……一体、何を企んでいるんだ……?」
ゾルグはダンジョンへと逃げ帰った。
スタンピードは一時的に収束したが、問題の根は何一つ解決していない。
この事態の裏には黒幕がいる。俺は、そう確信した。その影は未だに見えず、そして新たな“勇者”の出現が、状況をより複雑なものにした。
「……考え方を変える必要があるな」
俺たちは立ち尽くしていた。
「聖剣の勇者が苦戦した魔王を簡単に撃退したぞ」
「昔話の勇者をこの目で見ているようだったぞ!」
「――勇者エル……様か。あの人が、本物の勇者か」
「勇者エル! 万歳!」
ただただ、そんな声が、あちこちから聞こえていた。
ご愛読ありがとうございます。
第二章、中間地点となります。
果たしてこの先、ベリシアとフィーユの出番はあるのでしょうか?




