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(13)スタンピードが起こりました

 リセルのかすかな警告が、嫌な予感を掻き立てたのは、それから少し後のことだった。

「ダンジョン内で、異常な魔力のうねりを感じます。数は……えっ!? ……多すぎます――百は超えます」

 彼女の、いつもは冷静な声にも、かすかな不安の色が滲んでいた。

 俺たちはすぐにキャンプからダンジョンの入り口へと急いだ。ロイドも事態の異常さを察したのか、厳しい表情で俺たちの後に続いた。

 そして、ダンジョンの入り口に辿り着いた時、俺たちの目に飛び込んできた光景は、想像を遥かに超えていた。

 ダンジョンの闇深き入口から、黒い津波のように、数知れぬ魔物たちが溢れ出している。緑色の粗い皮膚を持つオーク、巨大な棍棒を振り回すオーガ、低く唸りながら空を舞う、皮膜の翼を持つワイバーンたち……。

「こんなに魔物が居たか?」

 地上はすでに、赤と黒の混沌に染め上げられていた。ルーンハイト王国の兵士たちが整然と陣形を敷き、必死に魔物の流れを食い止めようとしている。見知った顔もあった。冒険者ギルドで会った髭面の男や、他の冒険者たちが剣や魔法で果敢に魔物に立ち向かっていた。

 しかし、魔物の数は圧倒的だった。兵士たちの防衛線は所々で綻び始め、街の方へと魔物の波が押し寄せている。空では数匹のワイバーンが旋回している。

「こりゃ……規模が違いすぎるっすね」

 カルラが、大きな戦斧を構えながら、呆然としたように呟いた。彼女の金の瞳にも、いつもの戦い前の興奮ではなく、不安の色が浮かんでいた。

「まさか、ここまで大規模なスタンピードが起こるとは……」

 リセルも、周囲に広がる魔物の群れを冷たい視線で見据えた。彼女の魔力感知は今も途切れることなく、新たな魔物の出現を捉えている。

「アイザワ殿! 行きましょう!」

 ロイドが、決意に満ちた瞳で俺を見た。強い意志を感じた。

「ああ。俺たちも戦闘に参加するぞ! このままでは包囲も決壊する!」

 俺は頷き、腰のエクス=ルミナに手をかける。

『当然だ! このような邪悪、聖なる剣にかけて、決して許さぬ!』

 聖剣が金色の輝きを増しながら、テレパシーで力強く叫んだ。

 俺たちは、ためらうことなく戦場へと突入した。カルラが真っ先に強靭な一歩を踏み出し、巨大な戦斧を水平に薙ぎ払う。彼女の前にいたオークの群れは、一撃で吹き飛ばされ、赤い体液を道に撒き散らした。

 リセルは素早く魔物の間を駆け抜け、鋭い突きで弱点を正確に突いていく。彼女の連続攻撃は、数を相手にする今の状況では、極めて効果的だった。

 ロイドは旧聖剣アーク=ルミナを輝かせ、高度な剣技でオークやオーガを斬り伏せていく。彼の戦い方は実直で、迷いがない。正義感に燃える彼の剣は、魔物たちにとっては脅威以外の何物でもなかった。

 俺は急降下するワイバーンを払い翼膜を切り裂き、地上に墜とした。

 ワイバーンの数が多すぎる。ほかの兵が魔物の足を止めるのを、頭上から襲い掛かっている。一体を墜とすと、すぐに別の個体が俺たちに向かって急降下してくる。鋭い爪と牙は、一撃でも致命傷になりかねない。

 兵の一人に一体のワイバーンが俺めがけて急降下してきた。

「あぶない!」

 ロイドが叫びながら、彼の前に飛び出した。アーク=ルミナが光を放ち、別に迫るワイバーンの爪を受け止める。金属が軋む音が響き、衝撃でロイドの身体が小さく揺れた。

「ロイド!」

 思わず叫んだ俺に、彼は笑ってみせた。

「大丈夫! この程度……!」

 そう言うとロイドは、アーク=ルミナにさらに力を込め、ワイバーンの腹を横一文字に切り裂いた。断末魔を上げ、ワイバーンは血まみれの体で地に墜ちた。

 その時だった。

 ダンジョンの奥底から――すべてを呑み込むような、低く重い轟音が、大地を激しく震わせた。それは一つの獣の咆哮というより、世界の心臓そのものが唸り声を上げているかのような、禍々しい音だった。

 地面が震え、足元から黒い魔力が湧き上がってくるような感覚に襲われる。周囲の魔物たちも、その異常な音に動きを止め、ダンジョンの入り口の方を見つめている。その顔には、恐怖とも期待ともつかない複雑な表情が浮かんでいた。

「な、なんだ……この音は……?」

 だれかが呟いた。

 カルラも戦斧を構えたまま手を止め、周囲を見回していた。彼女のいつもは勇ましい瞳にも、明らかな不安の色が浮かんでいた。

「ダンジョンの奥から……もしかして……?」

 リセルは魔力感知を最大限まで高め、かすかに震える声で言った。

「信じられません……強大な魔力が迫ってきている……!」

 その轟音は、一度だけでは終わらなかった。地の底から響くそれは次第に大きさを増し、間隔を詰めながら、絶え間ない振動となって俺たちの身体を揺さぶる。まるで、ダンジョンの底で巨大な何かが目覚めようとしているかのようだった。

『なんだ、この魔力は……!? まさか、魔王が……!?』

 エクス=ルミナの声にも、いつもの皮肉な響きはなく、明らかに不安と驚愕が混じっていた。

 俺は、ダンジョンの闇に満ちた入口を凝視した。轟音が響くたびに、そこから黒い霧のような魔素が立ち昇っているように見える。それは普通の魔物とは明らかに異なる、濃密で、より禍々しい気配を孕んでいた。

「ロイド、カルラ、リセル!」

 俺は三人に向かって大声で呼びかけた。

「警戒しろ! ダンジョンの奥から――来るぞ!」

 激しい轟音が収まると同時に、ダンジョンの入り口から爆発の様に黒い魔力が爆ぜた。

 魔力が風を巻き起こし舞い上がる砂煙の中から、ゆっくりと人影が現れる。女性の様な体つき。三本のねじれた角に、蝙蝠のような黒い翼。黒いローブを纏い、その青白い貌には赤い瞳が冷たく光っている。

「魔王――ゾルグ……!」

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