(11)魔王の間に到着
幾多の魔物を斬り倒し、ダンジョンの奥深く、さらに深く進んだその先に、ようやく目的の場所が姿を現した。
周囲の粗削りな岩肌とは異質な、黒光りする滑らかな石造りの広間。その中央には、一段高く設けられた、重々しい雰囲気の玉座が見える。間違いなく、ここがこのダンジョンの最深部――魔王の間だ。
緊張をもち、警戒しながら足を進める。
――だが、そこには何者もいなかった。
空の玉座。
その背に巨大な黒鉄のような重厚な門があり、重く閉ざされていた。装飾は一切なく、ただの無機質な金属の塊が、奥への進行を拒んでいる。
「これは……」
カルラが戦斧を軽く肩に担ぎながら、おそるおそる呟いた。彼女の金色の瞳が、門を鋭く見つめる。
「罠の類は?」
俺が尋ねると、リセルは静かに目を閉じ、周囲の魔力の流れを探り始めた。青銀の髪が揺れ、彼女の集中を示す。
「いいえ。魔力がこもっていますが物理的な扉のようです。ただ……」
リセルはゆっくりと目を開け、眉をひそめた。
「向こう側――内側からの施錠ではありません。感じるのは、外からかけられた強力な封印の魔力です」
彼女の言葉に、俺は門へと歩み寄り、手を触れてみた。冷たい金属の感触。微かに、通常の魔力とは異なる、ねじれたような力が感じられる。確かに、これは単なる鍵ではない。
「向こう側に、魔物の気配はあるか?」
俺が低く尋ねると、リセルは再び真剣な表情で気配を探った。
「はい……わずかですが。とても弱くて、――そう、深い眠りに落ちているような、そんな気配です」
俺と同じ感覚だ。――眠っている魔王? 地上界に宣戦布告をしておいて? それは普通ではない。
カルラも重い足取りで門に近づき、強靭な腕で扉を押してみた。金属が軋むような音が響くだけで、扉は微動だにしない。
「びくともしませんね。相当頑丈っす」
彼女はそう言って、今度は戦斧を構え、扉に狙いを定めた。
「力ずくでぶち壊しますか?」
カルラの提案は単刀直入であるが、今は軽率に動くべきではないかもしれない。
「待て、カルラ」
俺は制止し、門をじっと観察した。封印の魔力は確かに強力だが、属性攻撃に対する耐性はどうか。あるいは、特定の解除方法があるのかもしれない。
「リセル、この部屋全体の魔素濃度を測ってくれ」
俺の指示に、リセルは再び魔力感知を強めた。しばらくして、彼女は静かに首を横に振った。
「この場所の魔素濃度は、特に高くありません。ごく普通のダンジョン最奥部といった程度です。ここまでの道のりと比較しても、特異な上昇は見られません」
カルラも周囲の壁や床を見回していたが、首をかしげた。
「魔王が生まれるような、濃密な魔力の淀みって感じはしないっすね」
「ええ。例えば、ベリシア様やナクティス様のようなクラスの存在が現れるのも、到底及ばないレベルです」
二人の報告は、俺の抱いていた疑問を裏付けるものだった。もし、このダンジョンに新たな魔王が誕生したのだとしたら、もっと顕著な魔力の濃度や気配があってもいいはずだ。
「つまり……ここに『新たな魔王』が自然発生する可能性は無い、ということか」
俺は呟いた。昨日のゾルグの姿を思い出す。確かにあれは、俺に匹敵する魔力を持っている。
「この門の向こうにいるのは、本当に『新たな魔王』なのか……それとも……」
俺の思考の中で、様々な可能性が浮かんでは消えていく。もし、この封印を無理に破れば、背後にいるかもしれない黒幕に、こちらの動きを察知される恐れがある。そうなれば、敵の正体を掴むのがさらに困難になるだろう。
「……今日は、強引にこの門を開けるのはやめておこう」
俺は、重く決断を下した。カルラは不満げな表情を浮かべたが、俺の真剣な眼差しを見ると、何も言わずに頷いた。
「もっと多くの情報を集める必要がある」
リセルも、俺の考えに賛同してくれたようだ。
「私も、陛下のお考えに同意します。今、無理に動いても得られる情報は少ないでしょう」
俺たちは来た道を引き返し始めた。魔王の間を後にする時、俺はもう一度、閉ざされた門を振り返る。金属の冷たい光沢の奥には、一体何が隠されているのか。眠るような魔力の気配は、果たして何を意味するのか。
ダンジョンの入り口近くまで戻り、すこし離れた場所で俺たちはキャンプを張ることにした。小さな開けた空間に焚き火を囲み、今日得られた情報を整理する。
俺は焚き火の赤い光を見つめながら答えた。パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな夜の森に響いている。
カルラは戦闘で少し疲れたのか、足を伸ばして座り、気だるげに言った。
「あのゾルグってやつは、一体何なんすかね? 封印されているってことは、裏にまだ何者かいるって事でしょ」
「ああ。黒幕がいるとして、ゾルグは宣戦布告までしてきたんだ。何らかの目的があるはずだ」
俺は低く応じた。ゾルグの背後に、このダンジョンを封印した存在がいる。その存在こそが、今回の事件の真の黒幕である可能性が高い。ゾルグは、その駒にすぎないのかもしれない。
「今後の方針はどうしますか?」
リセルが、実務的な問いを投げかける。
「しばらく、ここに留まる」
俺は断言した。
「このダンジョンにゾルグが眠っている可能性が高い。軽々しく離れられない。それに、ゾルグを封印している者が、再びこの周辺に現れる可能性もある」
俺の言葉に、二人は静かに頷いた。
「分かりました」
「了解っす」
夜は静かに更けていく。焚き火の光だけが、俺たちの周囲をほんのり照らしていた。森の獣たちのかすかな鳴き声が、遠くから聞こえてくる。
俺は腰のエクス=ルミナにそっと手を添えた。聖剣は、静かに金色の輝きを放っている。
『アイザワよ、これは単純に魔王ゾルグを倒しても終わらん、ということだな』
聖剣が、心の中に直接語りかけてきた――。
「まあ、な。俺の感だと、そう長く待つ必要はないと思うけど」
俺は、夜空を見上げ、まだ見えない全体像に考えを向けた。




