(7)ルーンハイト公国につきました
カルラとリセルとの三人旅。
早馬を飛ばし続け、ようやくルーンハイト王国の首府グランディへと辿り着いた。砂埃が舞い上がる門を抜け、石畳の道に入ると、賑やかな人々の声と、奇妙な品々を並べた店の呼び込みの声が耳に飛び込んでくる。
まずは街の雰囲気を肌で感じるため、すこし街を散策することにした。
ルーンハイト公国は、大陸中央諸国でも歴史が長い国だ。
石畳の道が幾筋も交差し、木組みの家々が肩を寄せ合うように並ぶこの街には、積み重ねた時間の面影が色濃く残っていた。日差しは斜めに傾き、尖塔を持つ教会の影が広場を長く横切っている。壁に貼られた告知には、吟遊詩人の演奏会やバザーの日が記され、道端の露店ではパンや燻製肉の香りが微かに漂っていた。
「わあ、陛下! あそこの店、かわいいのがいっぱい!」
リセルは、一つのアクセサリー店に並べられた色とりどりの首飾りや腕輪に目を輝かせている。青銀の髪と同じくらいに美しく輝く装飾品を手に取り、うっとりとした表情で見つめていた。普段はクールな彼女も、初めて見る人間の街の華やかさに心を奪われているようだ。
「こっちの食べ物も美味そうっすよ、陛下! あそこの串焼き、すっごいいい匂いがする!」
カルラは鼻をひくひくさせながら、一つの屋台を指差した。そこでは、香ばしい匂いを立てながら、魔界では見たことのない肉がじゅうじゅうと焼かれている。彼女の黄金色の瞳は、すでにその串焼きに釘付けになっていた。
「陛下、あれ、ちょっと食べてみたくないっすか? きっと、すっごく美味しいと思います!」
そう言いながら、俺の袖をちょこんと引っ張り、期待に満ちた目で訴えてくる。彼女の食欲は、あの巨大な戦斧を軽々と振るう力の源泉なのだろう。
「まあ、少しくらいなら良いだろう。調査の一環だ」
俺はそう言って、二人の願いに付き合った。この世界の経済システムは元いた地球とは異なるが、貨幣の価値はだいたい理解できる。二人は感謝の言葉を口にするか否か、気になる店へと連れまわされた。
二人と一緒に街の店々を見て回ったり、地元の食べ物を買い食いしたりと、完全に観光気分を満喫していた。リセルは色鮮やかなガラス細工に見入ったり、レースのハンカチを不思議そうに指でなぞったりしている。カルラは勧められた地元特産の肉料理を大口で頬張り、「うまいっす!」と満面の笑みを浮かべていた。
新たな魔王の情報収集という本来の目的は、すっかり頭から抜け落ちているらしい。
「二人とも。そろそろ役目に戻るぞ。俺たちは観光に来たわけじゃない」
さすがに見過ごせなくなった俺は、柔らかな口調で注意を入れた。
「あっ、すみません陛下!」
リセルは、購入した髪飾りを慌ててしまった。
「つい、珍しくて……」
カルラも、口の周りに肉汁を少しつけたまま、少し恥ずかしそうに謝った。その目はまだ街の珍しいものたちに惹かれているようだったが。
俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
ダンジョンを調査するには、冒険者の資格が必要らしい。石造りの大きな建物に入り、受付で登録を済ませる。元いた世界のオンラインゲームで、こうした施設にはよく出入りしたものだが、現実のギルドは、賑やかで活気に満ちていた。
さまざまな武器を身につけた冒険者たちが、酒を飲んだり、大声で冒険の武勇伝を語り合ったりしている。
栗色の髪の受付嬢に少し話を聞き――必要な嘘をつき――、簡単な実技テストで俺たちはB級冒険者として登録された。
「B級って、過小評価もいいところっすね」
ゼルダがつまらなそうに冒険者証を指で遊んで言った。
「まあ、これくらいが動きやすいクラスだよ」
俺がそういうと、ゼルダは「ま、そうっすね」と答え、リセルが笑った。
ともかく、これで、ルーンハイト公国のダンジョンを調査する資格は得られた。
ギルド内では、地元の冒険者たちと軽く言葉を交わし、ダンジョンの危険度や最近街周辺で起こった異変について情報を交換した。一人の髭面の大柄な男が、酒を飲み干しながら言った。
「最近のダンジョンは妙だぜ。魔物の動きが活発になってる気がする。特に、北の方にある古代遺跡の近くは魔物強くなった」
そう、それが、魔王国で『ルーンハイト四番回廊』と呼ばれるダンジョンだ。
新たな魔王に関する噂はない。ただ、やはり周辺でモンスターの出現が増えているようだ。
夜になり、俺たちは宿屋の下にある酒場にいた。木製のテーブルには質素な肉料理と、少し苦味のある地酒が並べられ、カルラとリセルは今日の街歩きの感想を語り合っている。
「この街のお酒って、ちょっと独特な味がしますね。でも、嫌いじゃないです」
リセルは、細いグラスに入った酒を少し口に含み、そう感想を述べた。
「あたしは、この肉料理好きっす!」
カルラは、大きな肉塊にかぶりつきながら、満面の笑みを浮かべている。
「カルラは肉だったらなんでも好きじゃない」
「リセルだって、それ何杯目?」
前世でも、後輩と飲みに行ったとき、こういう感じだったな――俺が酒を少し飲みながら二人の和やかな様子を眺めていると、一人の女性が、そっと俺たちのテーブルに近づいてきた。短い黒髪に、物静かな瞳をした、控えめな冒険者姿の女性だ。
「ゼルヴァ様でいらっしゃいますか?」
彼女は、小さな声でそう話しかけてきた。
「ああ、俺だ」
俺がそう答えると、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。
「わたくしは、ベリシア様の部下となります、メルと申します」
やはり、彼女がベリシアの密偵メイドらしい。
空いた席を促すと、彼女は自然に席に着いた。
周囲の様子に確認した後、メルは声をさらに小さくして続けた。
「四番回廊につきまして、報告させていただきます」
俺は酒のグラスを置き、真剣な表情でメルに向き直った。
「聞かせてもらおう」
メルは周囲に誰もいないことを再度確認すると、ダンジョンの構造や新たな魔王に関する、より詳細な情報を語り始めた。
「現状の所、我々はこちらのダンジョンでの新たな魔王は発見できておりません。魔素の急上昇は本日より15日前。ただし、現状では上昇前に対し2倍の値で安定しております」
「つまり、突然変異的に上昇して、その影響が残っているって事か。その前後で、例えば魔族や人間が細工を行った可能性は?」
「可能性があります。前後して、所属不明のパーティーがダンジョンアタックを行った形跡があります」
「所属不明? この国の冒険者ギルドに所属していないってことか?」
「はい。ダンジョン近辺での目撃情報が僅かだけで、足取りを調査しましたが掴めず」
「そうか」
メルの話を聞き終えた俺たちは、明日のダンジョン探索の計画を簡単に話し合った。四番回廊であるダンジョンは、街から半日離れた場所にある。明日以降はダンジョン近くの村が拠点になる。
「明日は早朝に出発する。二人とも、しっかりと休息を取っておけ」
俺がそう言うと、カルラとリセルはそれぞれ「はいっ!」「了解です」と返事をした。
宿の自室に戻ると、俺はベッドに横になり、明日の探索のことを考えていた。新たな魔王、不明なパーティー。一体、どのような敵なのか。この世界に何をもたらそうとしているのか。
混乱の中心へ、いよいよ足を踏み入れる時が来たようだ。
黄金に輝くエクス=ルミナを、ベッド脇にそっと置いた。
『魔王として魔王を倒しに行くのか、それとも勇者として行くのか』
「戦うかどうかは分からない。少なくとも行くのは『俺』としてだ」
ルーンハイト四番回廊のダンジョン――そこには、一体何が待ち受けているのか。




