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(6)勇者の予感――!!

 ロイドと共に王城へ戻り、すぐに開かれた会議の席で、私は昨日見た光景を、王である父上と神殿の司祭たちに報告する。

 魔物に荒らされた村の、焼け焦げた土と血の匂いが、私の清らかな聖衣にまで染み付いているように感じる。

 ロイドは、私の背後に静かに控えている。彼の青い瞳にも昨日の戦闘の緊張が残っているようだった。

「……回廊付近のダンジョンが、原因不明のスタンピードを起こした、と」

 父上の重々しい声が、静かな会議室に響く。その顔には、明らかな不安の色が浮かんでいた。

「はい、父上。三つの村が襲撃を受け、多くの人々が犠牲となりました。村の自警団や神殿騎士、駆けつけた冒険者たちが応戦しましたが、魔物の数が多く、苦戦を強いられていました」

 私の言葉に、司祭たちは深刻な表情で頷いている。

「しかし」と、私は言葉を続けた。「そのほとんどを、突如現れた赤毛の女性戦士が、驚くほどの速さで討伐していきました」

 その言葉に、司祭たちの間に小さなどよめきが起こった。

「赤毛の女性戦士、ですか?」

 一人の司祭が、訝しむように問いかけてきた。

「はい。見事な剣技と、珍しい二本の剣を持っていました。まるで、訓練された騎士、いえそれ以上の働きでした」

 私の報告に続き、神聖騎士団の一人がダンジョンの調査結果を報告した。「ダンジョン内部は、ほとんどの魔物が消滅しており、入り口は封鎖しましたが原因は現在調査中です」と。

 報告が終わると、司祭の一人が、厳しい口調で私とロイドを非難した。

「セレアリス様とロイド卿が、許可なく魔物がいるような危険な場所へ赴かれたのは遺憾です。特にロイド卿は、旧聖剣を持つ身。王都に魔物が出現した際の備えが薄れてしまいます」

 その司祭の顔には、魔物への露骨な恐怖の色が見て取れた。それも知らずか、父上は重く頷いた。

「セレアリス、お前が怪我をしたらどうするのだ。今後は、軽々しくそのような場所へ行ってはならない」

「守るべき人々が苦しんでいる場所に、救う力を持つ者が行くのは、当然のことです」

 父はしばらく私の目を見ていましたが、不満げに息を漏らしただけだった。

 より根深い問題を指摘したのは、別の司祭だった。

「今回は良かったものの、そもそも勇者様がご不在の今、我々はどのようにして魔物に対抗していくのでしょうか」

 その問いに対し、グラハム大司教が、ゆっくりと口を開いた。

「そもそも、旧来の聖剣の選別による勇者の誕生、それに依存していること自体が問題なのです」

 彼の思いがけない発言に、別の司祭が反論した。

「愚かなことを! 聖剣は天界からの賜りもの。これまでの歴史でも幾度となく地上界を護ってきたのですぞ!」

 グラハム大司教は、その司祭を一瞥し、静かに言った。

「しかし、ご存じのように、勇者はご不在です。我々に制御できない、いつ・誰が選ばれるか分からない勇者は信用できない。--ならば、我々の手で作ればいいのです」

 一同が訝しむ中、グラハム大司教は声を高らかにした。

「私は、隠された知恵を研究し、勇者を作り出す術を得ました」

 そして、ひとつ息をのんで、言葉をつづけた。

「――紹介しましょう、勇者エルです」

 彼の合図と共に、一つの扉が開かれた。司祭に付き添われ、一人の少女が現れる。赤い髪、淡い色の軽鎧。昨日、あの惨劇の中で、見事な剣技を見せた少女だった。

 無表情のまま、私たち一同の前に進み出て、ルミナス教会式の形式的な礼をした。

 彼女の口からは、一言も言葉が発せられない。

「これからは、このエルがルミナス国を護ります」

 グラハム大司教は、荘厳な声でそう宣言した。

「いえ、ルミナスだけでなく、世界を護ります」

 グラハム大司教の表情に、私は背筋が震えるのを感じた。

「エルが倒れても、人数が足りなくても、新たなエルを作ればいい。他国に魔物や魔王が出現した時は、このエルを派遣して討伐する。そうすれば、教会の権威も高まり、寄付という形で謝礼をいただくこともできるのです」

 彼の最後の言葉に、他の司祭たちが眉をひそめた。

「魔物の討伐は当然としても、金品を要求するのは、神の教えに反するのではないでしょうか」

 グラハム大司教は、冷たい眼差しでその司祭を見据え、言った。

「この地に国が出来て千年。魔王との戦争がある度、我々は無償の力を貸してきた。ーーいつまでも無償では戦えない」

 私は、彼の計算されたような言葉に、深い憤りを覚えた。隣に立つロイドを見ると、彼の拳が固く握りしめられているのが分かった。

 エルは、ただ無言で、石像のようにそこに立っている。その無機質な姿に、昨日の圧倒的な戦闘能力が結びつかず、得体の知れない不安が私の胸に広がった。

 父である聖王は、重くそう言った。

「グラハム大司教の案を……暫定的に許可する。しかし、国民からの意見も聞く必要があるだろう」

 会議の後、私はロイドと共に、王城の庭園を歩いていた。夕暮れの穏やかな光が、白い薔薇の花を優しく照らしている。うらはらに私の心は、会議での出来事で重く沈んでいた。

「グラハム大司教の言う『新たな勇者』は、本当に勇者なのでしょうか」

 私は、低い声でそう呟いた。

 ロイドは、遠くの空を見上げながら答えた。

「驚くべき力を持っていましたが……でも彼女がアイザワ殿と同じように勇者とは思えません」

「ええ。まるで……人形のようでした。感情が、全く感じられませんでした」

 私は、エルの冷たい瞳を思い出す。昨日、魔物を容赦なく屠っていく彼女の姿にも、一切の感情の動きは見られなかった。

「グラハム大司教は、『エルが倒れても、新たなエルを作ればいい』と言っていました。それは、一体どういう意味なのでしょうか」

「……想像もしたくありません」

 私の問いかけに、ロイドは重く言った。

「――もう一つ。ロイド様は、思いませんでしたか」

 立ち止まった私に、ロイドは振り返り、言葉を待っていました。私は言葉を続ける。

「エルは、……赤い髪、その顔。――肖像画で見た、先代勇者。エリシア=フェルブレイズによく似ています」

 彼は黙ったまま頷いた。

 ゆっくりと腰に下げた剣をなでるように手を置いた。

 数十年前、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスと相討ち、帰らぬ人となった先代勇者。

 彼の持つ、旧聖剣の前の持ち主だった人。

「それは、偶然なのでしょうか」

 答えの出ない問いは、そのまま風に流れた。

 私はアイザワの顔を思い出していた。

 現在、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスとなった、その人の顔を。

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