(4)聖王女と勇者候補のお話です
「セレアリス様、少し休憩しませんか? 王都が、もうあんなに小さくなってしまいました」
ロイド様が、小さなため息をつきながら声をかけてくださいました。わたくしは二つ返事で頷き、街道の脇に立ち止まります。
白亜の王都が遥か遠くに見えました。光に満ちた街並みは、まるで宝石みたいに輝いていますが、そこから離れていくことに、わたくしは一片の迷いを感じていませんでした。
今は一刻も早く、聖域エルムに辿り着き、勇者様にお会いすることだけが、わたくしの頭の中にありました。
ロイド様は、冒険者の装束に身を包んで、少し疲れた様子です。慣れない格好のはずなのに、どこか様になっているのは、やはり日頃の鍛錬が素晴らしいからでしょうか?
「まさか、ロイド様とこのような形で王都を発つことになるとは思いませんでした」
「ええ、私もです。本当に、いきなりでしたからね……」
「でも、仕方がありませんでしたわ!」
わたくしは、きっぱりと言いました。
「あの夢が、あまりにも恐ろしくて、もう居ても立ってもいられなかったのですから!」
わたくしは、あの夢の恐ろしさを思い出し、少し鼻息荒く言ってしまいました。
魔王復活の夢、ですか……確かに、ただの夢とは思えませんが……。
ロイド様の表情が引き締まります。
「聖域エルムで聖剣が輝き始めたと聞きましたわ! なのに、王都の皆は、まるで関係ないという風で……!」
「平和に慣れてしまったのでしょう。私も危機感が足りないとは感じてます。」
ロイド様は、私の意見には同意してくださっているようです。ただ、「だからといって、まさかその日のうちに王都を飛び出すとは……」と、心の中でそう言っているのが分かります。
「でしたら、一刻も早く、勇者様にお会いするしかありませんわ!」
わたくしが力強く言うと、ロイド様はまたしても「はぁ」とため息をつかれました。
「さすがに、あまりにも性急すぎます。王城では、今頃大変な騒ぎになっているかと……。きっと、戻ったら無茶苦茶怒られますよ、私も含めて」
「あら、大丈夫ですわ! 大切なことですから、きっと皆さん分かってくださいますわ!」
「は、はぁ……」
ロイド様は、もう何を言っても無駄だと悟ったように、曖昧な返事しかできません。でも、わたくしは知っています。ロイド様も、内心ではこれが正しいことだと思ってくださっているはずですわ。だから呆れながらも、渋々ながらも付き合ってくださっているのです。
「それに、ロイド様が聖剣に勇者様として選ばれたら……ぜんぶ丸く収まります!」
「私が、勇者、ですか? まさか……」
「わたくしはそう信じていますわ!」
「いや、あの……」
ロイド様は困って視線を彷徨わせています。ご本人は勇者候補と言われても、半信半疑なようですわ。でも、わたくしはロイド様の騎士としての実力も、誠実さも、人柄も知っています。きっと聖剣は、ロイド様を選んでくださるはず。もしそうでなくても、ロイド様なら、きっと勇者様を支え、王国を守ってくださるでしょう。
「……分かりました、セレアリス様。」と、いちど嘆息し、「私が勇者に選ばれるかどうかは分かりませんが……王女殿下のお側にお仕えする騎士として、そしてこのルミナス王国を守る者として、力を尽くす覚悟です。たとえ勇者でなくとも、私なりの戦い方で、必ずやお守りいたします」
ロイド様は、諦めたような、しかし決意のこもった顔でそう言ってくださいました。その言葉に、わたくしは心が温かくなるのを感じます。
「あと、ロイド様。この旅では私は聖王女ではなく冒険者です。セレアとお呼びください」
「はあ」
短い休憩を終え、わたくしとロイド様は再び歩き出しました。
この旅が、王国に、世界に、希望をもたらすものでありますように。聖剣が導く道こそ、きっと神の御心に沿うはず。
そう願いながら、わたくしは聖域エルムへと続く街道を進みました。道のりは、まだ始まったばかりです。