(3)ルミナスの影
白亜の壁がどこまでも続く王城の廊下は、磨き上げられた石畳が朝の光を柔らかく反射していた。
窓の外には、王城の尖塔が林立し、その最も高い場所には、朝の祈りの鐘の音が、風に乗って城の中にまで届いてくる。
ルミナス聖王国。人々は神を敬い、聖剣の光を信じるこの国で、私の心には、ゆっくりと、しかし確実に、不穏な影が広がり始めていた。
聖域エルムでの出来事以来、父上であるレオナルド聖王の私を見る目には、以前のような温かさが失われたように感じる。
側近たちの言葉遣いも、どこか、よそよそしい。まるで私が何か間違ったことをしてしまったかのように。
「セレアリス様、本日のご予定はこちらになります」
侍女が低い声でそう告げ、黄金の装飾が施された羊皮紙を差し出す。そのリストには、午前中の祈りの儀式、午後の慈善活動、夕刻には高位聖職者との面会が記されていた。聖女としての私の日常は、相変わらず慌ただしく過ぎていく。その一つ一つの務めを果たすたび、心の奥底には、拭いきれない違和感が募っていくのだ。
昨夜も、母上が、私の部屋を訪れた。不安げな目で私を見つめ、低い声でそう言ったのだ。「セレアリス、あなたは清らかすぎる。世の中には、清らかなものばかりではないのよ」。母上のその言葉が、今も胸に重く残っている。
窓の外に広がる聖王都は、今日も活気に満ちている。石畳の道を人々が行き交い、市場には色とりどりの果物や花々が並び、活気に満ちている。その賑わいの裏側で、教団内の権力闘争は日に日に激化しているように感じる。
――特に、大司教グラハム様の声は、最近ますます大きくなっている。
教会の最も神聖な場所である大聖堂に響く彼の説教は、以前のような敬虔さに満ちたものではなく、どこか冷たく、計算されたような響きを持つようになった。「旧来の聖剣の時代はすでに過ぎ去ったのです」と、彼はしばしばそう言う。「我々教団こそが、神の真の力を世界に示すべきなのです」と。
彼のその言葉を聞くたび、私は不安になる。彼が求める「新たな聖なる力」とは、一体何なのだろうか。
そんな不穏な思いを抱えながら、私はいつものように、王城の一室でロイドと顔を合わせていた。窓から差し込む午後の柔らかな光が、彼の栗色の髪を金色に縁取っている。彼の常に真剣な目に、以前のと同じ熱い情熱のほか、最近は深い憂いが見え隠れしていた。
「セレアリス様、いかがなさいましたか?」
「やはり、一部の派閥の動きが気になります。特に、グラハム大司教の……」
私の言葉に、ロイドは重々しく頷いた。
「私もです。――聖域エルム以来、雰囲気は変わりました。我々を見る目も、以前とは違うように感じます」
「ええ。まるで、何か探られているような……」
あの時エルムで出会ったアイザワーー魔王ゼルヴァのことを、ロイドともに秘密にしていた。
魔王国の住人であるベリシアさんやフィーユさんと出会い、言葉を交わし――生死を分かつ冒険を共にしたことで、私が長年信じてきた教会の教えに、今では明確な疑問を感じている。魔族もまた、私たちと同じように生きている。争いを望んでいるわけではない。
「アイザワ殿は、私が知るの<彼ら>とは違っていました。――私は彼を信頼できます」
王宮といえど、どこに耳があるかわからない。「魔族」という言葉は使わない。
ロイドの言葉に、私は深く頷いた。
「ええ。私もそう思います。だからこそ……彼ともう一度、話をしてみたいのです」
私のその言葉に、ロイドの目が僅かに不安げに揺れた。
「セレアリス様。それは彼にとっても危険なことです。教会や国の人々がそれを知れば、一体どうなるか……」
「分かっています。けれど、私は……以前のように、ただ教会の教えに従うだけではいられないのです。魔族にも、私たちと同じように心がある。そう感じてしまったからです」
私の固い決意に、ロイドはしばらく黙って自分の手を見ていた。一拍のあと、ゆっくりと顔を上げ、真剣な目で私を見つめた。
「……私も、同じ思いです。聖剣が示す道だけが、常に正しいとは限りません。あの時、あの旅でともに過ごした時間は、私にとっても、以前の価値観を揺るがすものでした」
ロイドのその言葉に、私の胸の奥が温かくなった。
「では、私たちはどうすればいいのでしょう? アイザワ殿が<彼ら>の王であることを、このまま隠すべきなのでしょうか? それとも……」
私の問いかけに、ロイドは重いため息をついた。
「今、それを公にすることは、双方にとって危険すぎます。何よりもまず、教団の動きをより注意深く監視する必要があります。グラハム大司教が企んでいることが何か、それを突き止めなければ……」
ロイドの言葉に、私も深く同意した。何よりもまず、私たちは何が起きているのかを理解する必要があった。
この章はセレアとロイドにも活躍してもらいます。
視点転換が多いですが、暖かい目で読んで頂きたく。




