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(2)だけど忙しい日々です。

 その「人手不足」の煽りを食らっているのが、もう一人の四天王、ナクティス=ルナリアだ。普段ならきっと、城のどこかでサボっているか、夢操作で遊んでいるか、あるいは退屈そうに爪でも研いでいるだろうナクティスも、最近は珍しく執務室に顔を出し、書類の整理などを手伝っている。

「んー、へいかぁ、これ、どこにしまえばいいのぉ? もう、文字がいっぱいで目がチカチカする……」

 赤い色の髪を指先に巻き付けながら、気だるげな声でナクティスが訴える。その華奢な指先には、ゾルディアの特産品リストが握られている。

「ナクティス、それは特産品リストのファイルに入れるんだ。めんどくさいだろうが、お前がやらないと誰もやらないんだぞ」

「えー、だっていやだもん……でも、ベリシアに怒られるのはもっといやだし……」

 ぶつぶつ言いながらも、渋々ファイルを手に取るナクティス。本来のサディスティックな面は俺にはあまり向けられないが、怠惰な部分は隠しきれていない。でも、そうやって文句を言いながらも、頼んだ仕事は完璧にこなすのが彼女だ。サボりたいのにサボれない、そんな彼女の姿に、思わず苦笑が漏れる。

 新しく四天王の仲間入りを果たした獣王、フィーユ=ルドラン=ガルヴァ。彼女は今、魔獣軍の再編と、復興作業における魔獣たちの動員計画に奮闘している。

「陛下! 獣王軍の第三部隊、瓦礫撤去の目標達成率80%超えました! このままいけば、予定より早く終わります!」

 勢いよく執務室に飛び込んできたフィーユは、茶がかった赤髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせている。小柄ながらも、体からは新米四天王としてのやる気が漲っていた。

「おお、それは素晴らしいなフィーユ! 流石は獣王だ」

「へへっ……ボク、頑張りました!」

 褒められて照れくさそうに笑うフィーユは、まるで子猫のような無邪気さだ。彼女が四天王になったのは、配下の魔獣たちからの熱烈な推しがあってのことだと聞いている。それだけ部下からの信頼が厚いのだろう。頼りになる仲間が増えたのは、本当に心強い。

 ベリシア、ナクティス、フィーユ、カルラやリセルたちメイド隊。皆がそれぞれの持ち場で全力を尽くし、俺を支えてくれている。だが、それでも追いつかないほど、ゾルディアが抱える問題はあまりに多い。

 そんな多忙な日々の中で、ふと、聖王国ルミナスのことを考える時間がある。

 ダルヴァン討伐の際、力を貸してくれた聖王女セレアリスと、彼女に仕える騎士ロイド。彼らとの共闘は、魔族である俺にとって、人間との間に理解と共存の可能性を感じさせる貴重な体験だった。

 大事なのは、俺が勇者アイザワ・ナオートとして、ルミナス王国に顔を出すと約束したこと。

 あの時の約束は、俺にとって、単なる社交辞令ではなかった。セレアリスとロイドへの感謝もある。また別に、魔王と勇者という二つの立場を持つ自分だからこそできる、人間と魔族の新しい関係を築くための第一歩に出来るかもしれない。そう考えていたんだ。

 それでも、今のゾルディアの状況を見れば、とてもではないが魔王城を離れるわけにはいかない。即位直後の俺が招いた悲劇を繰り返すわけにはいかないのだ。

『魔王国に貼り付けとは……。まったく、我の誇りはどこへ消えたのだ……』

 壁に掲げた聖剣、エクス=ルミナから、嘆くようなテレパシーが響く。黄金の刀身に施された装飾が、青い光を微かに放っている。

「貼り付けなんてしてないだろ。忙しいから、黙っててくれ」

『だいたい、勇者とあろうものが、剣士としての鍛錬も怠り、書類の山に埋もれているとは……情けない! 勇者としてルミナスへ行く約束はどうした!?』

「うるさいな。俺だって行きたいさ」

『約束を違えるとは、騎士道に反する!』

「騎士道とか関係ないだろ! これは魔王としての責任問題なんだよ!」

『やかましい! ならばなぜ貴様は勇者なのだ! 魔王としてのみ生きるなら、我を元に返せ!』

「俺にはわからないよ。正しい魔王とか、正しい勇者とか。でも今は動けないんだ」

 エクス=ルミナとの口論の最中、執務室のドアの向こうで壮大に倒れる音がした。

「……残業続きじゃないですかぁ! リセルの書類仕事が終わらないんですぅ!」

 切羽詰まったようなメイドの声が聞こえてくる。

 フィーユが慌てて執務室のドアを開けると、案の定、青銀の髪をラフにまとめたリセルが、書類ばらまいて抱えてうずくまっていた。その後ろでは、金髪ポニーテールのカルラが「大丈夫っすか、リセル!?」と心配そうに声をかけている。

「おいおい、大丈夫か!」

 俺は慌ててリセルの元へ駆け寄り、フィーユやカルラたちと書類を拾いまとめた。

「だってほら見ろ、エクス=ルミナ。これが現実なんだよ。俺がここでサボったり、余計な長旅に出たりすれば、また誰かが辛い思いをするかもしれない。それは絶対に避けたいんだ」

 聖剣からの返答はない。きっと、理解はしないだろうが、納得はしたのだろう。この多忙さが、俺の責任感から来ていることを、あの頑固な聖剣なりに感じ取ったのかもしれない。

「もう、残業……はしたくないですぅ」とぶつぶつ言うリセルを宥め、カルラの頭を軽く撫でてやりながら、俺は改めて見渡した。ベリシアの指示が飛び交い、ナクティスが気だるげにインクを運び、フィーユが元気な声を上げている。メイドたちは右往左往しながらも、テキパキと仕事をこなしている。ティセが誰かに回復魔法をかけている音も聞こえるし、ゼルダの機械的な足音も遠くで聞こえる。

 ーーもう少し、もう少しだけ待っていてほしい。

 心の中で、遠いルミナスの空に語りかける。魔王としての義務と、勇者としての約束。板挟みではあるが、今は魔王としての責任を全うする時だ。

 平和だが、とてつもなく忙しい日々は、まだまだ始まったばかりだ。


すみません。

次話の前に、言い訳です。次話は別のキャラの視点なのですが、1章と字の文が変わってます。

1章と同じ調子で書いたら、違和感があって読みづらかったので、そうしました。

彼女も成長したのと、状況から余裕が少ない、とでも思っていただければ……。はい。技術不足のいいわけです。

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