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(30)全力で戦います

 ダルヴァンが腕を上げた。その瞬間、謁見の間を満たしていた禍々しい魔力が、さらに濃度を増したのを感じる。俺は、その言葉に応えるように、エクス=ルミナを構え、高位闇魔法の術式を展開した。俺の体から漆黒の魔力が噴出し、エクス=ルミナがそれに呼応して鈍く輝く。

「闇よ、全てを無に帰せ……『虚無のヴォイドストーム』」

 俺の詠唱と共に、謁見の間に渦を巻くような闇の嵐が生成される。それは、空間そのものを歪ませ、あらゆる存在を消し去らんとするかのような、純粋な破壊の塊だ。嵐は咆哮を上げながらダルヴァン目掛けて殺到した。

 しかし、ダルヴァンは微動だにしなかった。彼は悠然と腕を組み、漆黒の嵐が彼を呑み込もうとしたその瞬間、彼の周囲にまるで膜のような透明な障壁が展開された。その障壁は、俺の『虚無の嵐』から放たれる破壊の魔力を、まるで何事もなかったかのように受け流していく。嵐は障壁にぶつかり、無数の魔力の粒子となって散っていった。俺の全力の魔法が、何の抵抗もなく防がれたことに、一瞬、冷や汗が背筋を伝った。

「ほう……なかなかの魔力だ。だが、この程度の魔法では、わしには届かん。この魔王の魔力、加えて、わしの知恵をもってすれば、貴様の未熟な術など、紙切れ同然よ」

 ダルヴァンが嘲るように言った。俺の魔力は、確かにゼルヴァの力の半分以下だ。しかし、それでも並の魔族が束になっても敵わないほどのもののはずだった。それを易々と受け流すとは……。

「ゼル殿、行きます!」

 その隙を逃さず、ロイドが叫んだ。彼の手に握られた旧聖剣が、微かな聖なる光を放ち、彼の全身を覆うように魔力を強化しているのが見て取れた。ロイドは、鍛え抜かれた肉体を躍動させ、真っ向からダルヴァンへと突進した。彼の剣技は、これまで俺が見てきた中でも最高峰だ。一閃、また一閃。彼の剣は、ダルヴァンの周囲に展開された透明な障壁を切り裂こうと、何度も叩きつけられる。甲高い金属音が謁見の間に響き渡った。

「結界を! 『神聖障壁ホーリーバリア』!」

 セレアリスが澄んだ声で詠唱し、俺とロイドを包み込むように、幾重もの純白の障壁を展開した。ダルヴァンが俺たちに放つ魔力弾や、召喚したアンデッドの攻撃は、セレアリスの結界に阻まれ、その度に聖なる光と共に霧散していく。彼女の結界は、まさしく鉄壁の守りだ。

 しかし、ダルヴァンは焦りを見せない。彼は、その骸骨の指を優雅に動かし、空中に複雑な魔導陣を描き始めた。それは、俺が知る魔王の術式とは異なる、しかしどこか共通する部分も持つ、異質な魔術だ。

「フン、小賢しい。この程度で、わしを止められると思うな」

 ダルヴァンの詠唱が、空間全体に響き渡った。彼の背後から、漆黒の瘴気が噴出し、それが巨大な魔物の腕となって、セレアリスの聖なる障壁に襲いかかる。さらに、周囲に展開されていた魔導陣が、ゼルヴァ=レグナス=ノクスがかつて使ったという、禁断の死霊術の術式を再現し始めた。

 かつての魔王の魔力と、ダルヴァン自身の研究が融合した、まさに最悪の魔術だ。巨大な影の腕が結界を叩き、軋ませる。ロイドの剣は、ダルヴァンの生成した死霊の騎士たちに阻まれ、一進一退の攻防が続いていた。

 俺は、エクス=ルミナを握りしめ、ダルヴァンの魔力の流れを読み解こうと試みた。しかし、彼の魔力は、まるで深淵そのもののように底が見えない。そして、その質は、俺が感じていた魔王の魔力とは、根本的に異なっていることに気づいた。ゼルヴァの魔力は、確かに強大だったが、どこか混沌とした性質を持っていた。しかし、ダルヴァンの魔力は、純粋で、どこまでも整然と、無限に広がっていくかのような感覚だ。

『魔王、彼の魔力は……魔王のそれではない。もはや、この世界の根源たる『魔力そのもの』に近い。彼は、ゼルヴァの魔力を喰らい尽くしただけでなく、この魔界そのものの魔力を吸収し、己がものとしている』

 エクス=ルミナの焦燥した声が、脳内に響いた。その言葉に、俺は背筋が凍りつくような感覚に襲われた。本来の魔王の力は、この魔界の魔力の一部を司るものだ。しかし、ダルヴァンは、それを超越し、魔界の根源にまで手を伸ばしているというのか。

 絶望感が、俺の心を支配しようとする。俺の魔力は、ゼルヴァの半分以下。ダルヴァンが吸収した魔力は、そのゼルヴァの魔力すら凌駕している。この圧倒的な力の差を前に、どうすればいい? 策など、あるはずがない。

「貴様は、この魔界の王を名乗る資格はない、アイザワ。所詮、魔王の出来損ないよ」

 ダルヴァンが、俺の内心を見透かしたように嘲笑った。その言葉は、俺の最も深い部分にある劣等感を抉り取る。俺は、ただの人間だった。イレギュラーな存在として、魔王の力を手に入れただけだ。ダルヴァンは、その全てを知り尽くしている。

 ダルヴァンは、骸骨の掌を俺へと向けた。その掌に、謁見の間中の魔力が収束していく。漆黒の魔力が、まるで太陽のように輝き、その光景は、かつてゼルヴァが放った最大級の魔法すら霞ませるほどだった。空間が軋み、空気は悲鳴を上げているかのようだ。

「わしこそが、真の魔王だ。貴様のような不完全な存在は、この魔界に不要!」

 ダルヴァンの咆哮と共に、収束した魔力が、高密度な魔力弾となって、俺目掛けて放たれた。それは、避けることも、防ぐことも不可能に思える、絶対的な破壊の奔流だった。俺の全身が、その魔力弾の圧倒的な圧力に押し潰されそうになる。避けなければ……だが、身体が動かない。その強大な魔力の前に、俺の意識は、ゆっくりと闇に呑み込まれていった。

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