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(3)復活の謁見を行いました

 重く冷たい扉の向こう側から、ざわめきが微かに聞こえてくる。

 あれから三日が経った。今日は、魔王として臣下に復活を披露する日だ。先代の魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスは、かつて勇者エリシア=フェルブレイズと相打ちになり長い眠りについていた、という体裁になっている。この空白を終わらせ、今、俺がその魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスの復活した姿として、臣下の前に姿を見せるのだ。

 控室として用意された部屋には、俺の身の回りの世話をするメイドたちが数人控えていた。皆、俺を畏敬の念が混じった瞳で見つめている。その視線が居た堪れない。

 ただでさえ、これから大勢の魔族の前で魔王のふりをしなければならないというのに、緊張で胃がキリキリと痛む……気がする……残念ながら魔王の身体は強靭だ。

 ……ふぅ

 小さく息をついた。メイドたちの視線が、一斉にこちらを向く。

 まずい、こんな些細な仕草でも注目されるのか。

「陛下」

 静かな声がして、ベリシアが部屋に入ってきた。彼女の顔は、どこか張り詰めている。きっと、不安でたまらないのだろう。

「間もなくお時間です。――良いですね、打ち合わせ通り、余計な言葉は決して口になさらないでください」と、そのあと小声で「貴方様が人間であることなど、万が一にも露見してはなりません」

「……わかってる」

 つい、いつもの調子で答えてしまった。ベリシアの眉が、ピクリと動く。

「臣下の前で、その口調は困ります。魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス陛下としての威厳を保ってください」

「……気をつける」

 無理に声を低くして答えた。わずかなやり取りだったが、尋常じゃないプレッシャー。

 大丈夫だ。

 ただ立っているだけ、座っているだけ。

 そう自分に言い聞かせる。

 ここで失敗するわけにはいかない。

 ベリシアに導かれ、控室を出る。魔王城の長い廊下を進む間も、心臓が早鐘を打っていた。これから、俺は魔王として、数えられない魔族の前に立つ。想像するだけで足が震えそうだ。ベリシアは、そんな俺の内心を知ってか知らずか、感情の読めない顔で黙々と前を進んでいく。


 やがて、観音開きの扉の前に到着した。ここが、謁見の間だ。扉の向こうから、僅かに空気が漏れてくる。張り詰めた静寂の気配だった。

 扉が開かれる。

 瞬間、眼前に広がった光景に息を呑んだ。広大な謁見の間には、ぎっしりと魔族たちが詰めかけていた。筋骨隆々の魔人族、鋭い眼光の獣人族、様々な姿かたちの亜人族……。彼らは皆、俺が立つべき玉座の方へ向かって、一糸乱れず膝をつき頭を垂れている。その数、圧倒的だ。

 広間全体が、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。大勢の存在がいるにも関わらず、微かな物音すら聞こえなかった。

 ベリシアが、静かに前へと進む。

 俺も、その後に続く。

 一歩踏み出すたびに、自分の足音だけがやけに大きく響いて感じられた。

 王座の両脇には、既に他の四天王たちが控えているのが見えた。バルドは威風堂々と、ダルヴァンはローブを翻し、ナクティスは気だるげな仕草の中に緊張を隠している。彼らの視線もまた、俺に注がれている。

 ゆっくりと玉座へと歩みを進める。

 深々と頭を垂れる臣下たちを見下ろす形で、ゆるりと腰を下ろした。ひんやりとした石の感触が、魔王の体を通して伝わってくる。それでも全身から汗が噴き出しそうだった。

 ベリシアが、俺の傍らに進み出て、口上を述べ始めた。

 透き通るような、しかしよく響く声だ。

「臣下各位! 久しく失われし魔王国の覇権を、我らは今、再び掌握せん!」

 ベリシアの声が、謁見の間に凛と響き渡る。臣下たちは、皆息を殺して聞き入っている。

「陛下の御業は、数多の魔族を導き、魔王国の礎を築き給うた。その御威光は、今も我らが魂に深く刻まれしものなり!」

 彼女は、澱みなく言葉を紡ぐ。その言葉の一つ一つに、臣下たちの視線が集中している。

「時を超え、運命の巡り合わせにより、畏れ多くも、我が魔王陛下は今、我々の前に再び御姿を現された。この復活は、単なる再生にあらず。魔王国が再び真の力を取り戻し、新たな時代を切り拓く、厳粛なる宣誓の時である!」

 その真剣な眼差しに、彼らがどれほど先代魔王の復活を待ち望んでいたのかが伝わってくる。

「今こそ、我ら全ての魔族が、陛下の御言葉に心を傾け、その導きに従うべき時。畏敬の念を抱き、新たなる陛下の御前へと、魂を捧げ奉れ!」

ベリシアが、口上を終えようとしている。

「……陛下はまだ復活間もないため、本日はこれにて――」

 式を終わらせようとするベリシアの声を聞きながら、俺は臣下たちの顔を見ていた。皆、希望に満ちた、あるいは不安を打ち消そうとするような、真剣な顔をしている。彼らは、この「魔王」に、この魔王国の未来を託そうとしているのだ。このまま、何も言わずに終わって良いのか? 彼らは、彼らなりに、この魔王国を大切に思っている。それを、ただ見て見ぬふりをするなんて、俺にはできない。たとえ紛い物であろうと、今は俺がこの魔王だ。ならば。

 頭の中で、ありとあらゆる言葉を探した。昔見たアニメ、ゲーム、映画……必死に語彙を探る。

「我がなき間、汝ら臣下は耐え忍び、……魔王国を守り抜いた。その忠誠と強靭さ、我は決して忘れぬ」

 玉座に座ったまま、臣下たち全体を見渡すように、ゆっくりと、だがはっきりとした声で言った。

「陛下、お体が!」

 ベリシアが慌てて俺を止めようと近寄ってきた。彼女の顔には、完全に「やらかしてくれた」という表情が浮かんでいる。でも、俺はそんなベリシアを手で制した。後悔しないと決めたんだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。

 俺の声を聞いた臣下たちの間に、どよめきが起こる。ざわめきが広がり、囁き声が上がる。驚き? 困惑?

「今、我は玉座に帰還した。魔王国に再び真なる栄光と力を取り戻すことを、ここに誓おう!」

 魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスとして、おそらく使うべきであろう一人称「我」を使った。体に宿る強大な魔力が、言葉に呼応するように僅かに高まるのを感じる。威厳などあるか分からないが、この体から発せられる声と力には、それなりの説得力があったらしい。

「我の意志こそ、魔王国の未来! その行く手を阻む者、我と共に全てを打ち砕かん!」

 俺の言葉を聞き終えた臣下たちの間で、一拍の間があった後。

「うおおおおおおおっ!」

 割れんばかりの大歓声が、謁見の間に響き渡った。地鳴りのような歓喜の声。歓声はみるみるうちに広がり、部屋全体が熱狂に包まれる。皆、立ち上がり、拳を突き上げ、魔王の誕生を――いや、復活を祝福している。彼らの顔には、希望と熱狂が満ち溢れていた。

 俺は、ただ圧倒されて、その光景を見ていることしかできなかった。


  *  *  *


 謁見を終え、再び控室に戻ってきた。

 扉が閉まった瞬間、張り詰めていたものが一気に緩み、どっと疲労が押し寄せてきた。

 椅子に、へたって座り込む。

「陛下! 一体何をなさいますか!?」

 追いかけてきたベリシアが、俺に詰め寄ってきた。彼女の顔は怒りで紅潮している。

「打ち合わせと全く違うではありませんか! 余計なことを話して、もし正体が露見でもしたら――!」

 もっともだ。完全に打ち合わせを無視してしまった。ベリシアが怒るのも無理はない。俺も、正直なぜあの場で体が勝手に動いてしまったのか、よく分からなかったのだ。あの臣下たちの真剣な顔を見たら、何も言わずにいることができなかった。

「ああ、悪かった。つい、雰囲気に流されて……」

 言い訳にならない言い訳を口にすると、ベリシアの怒りは増したようだった。さらに何か言われそうになった時、控室の扉が開いた。

 入ってきたのはバルドとナクティスだった。彼らは俺を見て、満面の笑みを浮かべている。

「陛下! 見直しましたぜ!」バルドが豪快な声で言った。「謁見の間でのあの御言葉! 臣下たちの士気がどれほど上がったか!」

 ナクティスも、気だるげな口調ながら、瞳を輝かせている。

「そうでしょそうでしょー? アタシも思わず見入っちゃった。アイザワ、やるじゃん」

 ナクティスは俺を「アイザワ」と呼んだ。彼女にとっては、まだ魔王ゼルヴァというより、興味の対象である俺自身の名前の方がしっくりくるらしい。バルドは「陛下」と呼んでくれたが、その口調には以前のような侮りの色はない。確かな「見直し」が感じられた。

「ワシはあの場にいて鳥肌が立ちましたぜ! やはりワシたちの陛下だ! これで、来たるべき戦いにも臆せず立ち向かえる!」

「んー、なんか、アイザワが魔王として立ち上がるとか言い出した時も面白かったけど、今日のアイザワも面白かったなー。今後も期待しちゃう」

 二人は俺を褒め称えるように言う。どうやら、彼らにとっても俺のあの場での行動が、プラスに作用したらしい。紛い物と思っていた魔王が、自らの意志を示し、臣下を鼓舞した。それが、彼らの心を動かしたのだろう。ダルヴァンは来ていないが、彼のことだから、きっと内心では何か面白い分析をしているに違いない。

 ベリシアは、二人の言葉を聞いてさらに顔色が悪くなっていた。彼女にとっては、計画が狂ったこと、そのうえで、俺の正体が露見する危険性の方が重要らしい。それは最もなのだが、バルドとナクティスに見直されたことで、少しだけ肩の荷が下りたような気もした。全く、先が思いやられる魔王生活の始まりだ。

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