(27)魔王城につきました
魔王城へと身を隠しながら進む道のりは、張り詰めた静けさに包まれていた。
俺たちは、ダルヴァンが潜む魔城の周囲を警戒しながら、一歩ずつ城に近づいていた。
遠くから、微かな剣戟の音と、魔物の咆哮が響いてくる。その音は、城の外郭で、今まさに戦いが繰り広げられている証だった。
ヤツの軍勢は、そのほとんどがアンデッドや、魔導の光を鈍く反射するゴーレム部隊で構成されていた。奴らは、多くの兵器や魔導装置を装備していた。
城の巨大な影が、俺たちの頭上を覆い始めた時だった。
横合いの物陰から、一人の影が飛び出してきた。息を切らせ、肩で息をするその姿は、カルラだった。彼女の目には、疲労と、何よりも深い絶望の色が宿っていた。
「陛下……!」
カルラは、俺の姿を認めると、か細い声でそう告げた。
彼女がここまで来るのに、どれほどの困難を乗り越えてきたのか。その姿を見るだけで、状況の劣悪さが伝わってくる。
「メイド部隊は城内左翼でゲリラ戦、獣王軍の残兵は外郭右翼で……魔王城の外郭で、孤立したまま交戦中です! どちらも劣勢ながら、なんとか戦線を膠着させていますが、もう限界です……このままでは、いつ突破されてもおかしくありません……!」
カルラの報告は、あまりにも苛酷だった。
俺たちは、ダルヴァンの首を獲るため、城の内部へと潜入するつもりだった。
しかし、外郭で味方が壊滅すれば、俺たちは挟み撃ちにされる。戦況は、俺が思っていたよりもはるかに切迫していた。
脳裏に、ダルヴァンを討つという目的と、この膠着状態を打開する道筋が、怒濤のように押し寄せる。
その時、フィーユが強く、俺の前に進み出た。彼女の顔は、カルラの報告を聞き、悔しさと怒りで歪んでいた。
「じいちゃんの遺志を継ぐ者として、ボクはあの者たちを見捨てることはできません! ボクが獣王軍を率い、陛下たちの道を開きます!」
フィーユが静かに言った。
フィーユの覚悟は、痛ましく、力強いものだった。彼女の顔に宿る決意が、バルドのそれと重なる。この状況で、自らの同胞を救いに行くことを志願する彼女を、俺が止めることはできなかった。いや、止めるべきではない、と直感した。彼女は、もうただの獣王の娘ではない。バルドの遺志を継ぎ、自らの手で未来を切り拓こうとする、新たな「長」なのだ。
「フィーユ……頼む」
フィーユの肩にそっと手を置いた。
「君にしかできないことだ。獣王軍を君の力でまとめてくれ」
フィーユは力強く頷くと、すでに遠くで聞こえる戦場の方向へと、その身を翻した。
ロイドが心配そうにフィーユの背を見送るが、俺はすぐに彼に視線を向けた。俺たちは、正面突破に全力を注ぐ必要がある。
ベリシアが隣に立った。冷静沈着な、いつものベリシアに戻っていた。
「陛下。この状況において、私の優先すべきは、ナクティスの封印を解くことです」
ナクティス。――ダルヴァンの策略で封印されている。ナクティス配下の夢魔や淫魔の部隊が復帰すれば、それはメイド部隊の劣勢を補う、強力な戦力になるはずだ。ベリシアは、この窮地において、最も効果的な一手を選んでいた。
「ナクティスの封印が解ければ、彼女配下の部隊が復帰します。メイド部隊の苦境を打開できる可能性が高いでしょう」
ベリシアはカルラに目を向けた。
「カルラ、貴女は私と共にナクティスの封印を解く手助けを。その後、ルディアたちと合流し、メイド部隊の立て直しを図ります」
ベリシアと隊長であるルディアと連携すれば、メイド部隊の戦線は必ず立て直されるだろう。
残されたのは、俺と聖王女セレアリス、ロイドの三人だけになった。
「それでは、俺たちは予定通り、魔王城の正面から潜入する」
セレアリスとロイドに視線を向けた。二人は迷いなく頷いている。
彼らの視線には、覚悟と信頼が宿っていた。
魔王城の正面は、最も警戒が厳重なはずだ。だが、奇襲をかけるには、最も効果的な選択でもある。外郭で戦線を維持している間に、俺たちが内部を撹乱し、ダルヴァンを討つ。
これは、三方向からの連携攻撃であり、それぞれの部隊がその役割を全うしなければ、決して成功しない、危険な賭けだ。
俺は、皆の信頼を背負って、魔王城の正面へと足を踏み入れた。
静まり返った城壁の影に、遠くの戦場の音が響いている。
セレアリスの聖なる光が、暗い通路をわずかに照らす。ロイドの剣が、警戒のために抜かれ、静かに構えられている。
自分が頼りない魔王だと、自覚している。
しかし、この時、俺は確かに、この小さなパーティーを率いる者の重責を感じていた。決して、立ち止まるわけにはいかない。




