表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/118

(24)零れ落ちてしまいます

 俺は、聖剣エクス=ルミナを高く掲げた。剣の切っ先が、薄暗い空を切り裂き、鈍い光を放つ。

「行くぞ!」

 バルドと獣王軍に目掛けて、一歩を踏み出した。ロイドが、力強い足音を立てて俺の右隣を駆ける。ベリシアは、その傷を感じさせない素早い動きで、俺の左隣に並んだ。

 地鳴りが、より激しくなる。狂気に満ちたバルドの咆哮と、獣王軍の兵士たちの唸り声が聞こえてくる。すでに要衝の壁の一部は破壊されていた。

 俺たちは、怒涛の如く押し寄せる操られた獣王軍の群れと、その先頭に立つバルド目掛けて、猛然と切り込んだ。

 聖剣エクス=ルミナが、腕の中で脈打っていた。この剣に宿る聖なる光が、果たしてどれほど、操られたバルドの魂に届くのか。俺には、まだ分からない。だが、この戦いの中で、その答えを見つけるしかない。

 バルドは先頭に立ち、まるで憎悪の化身のように、的確に容赦なく迫ってきた。その圧倒的な力は、訓練で見たものとは比べ物にならないほど強大だった。

「アイザワ殿! 数が多すぎます!」

 ロイドの叫びが、乱戦の喧騒の中に響いた。彼は傷つきながらも、騎士の矜持にかけて獣王軍の隊長クラスの魔物と渡り合っているが、その動きは既に鈍い。隊長格の魔物たちは、ただの魔物ではない。バルドと同じく操られているのか、その動きには無駄がなく、死を恐れぬ突進は、まさに悪夢だ。

 俺自身も、バルドとの戦いに苦戦を強いられていた。まだ慣れない魔王の力と、俺の内に宿る魔力に聖剣エクス=ルミナが拒絶反応を示すため、その全てを出し切れていなかった。

『この愚かな魔王め! いつまで中途半端なことをしている!』

 エクス=ルミナの苛立ちが、俺の脳裏に直接響く。

『このままでは、お前の仲間も魔王国も崩壊するぞ! 聖剣が力を出し切れぬのは、本来の持ち主ではない、お前がその力を使いこなせていないからだ!』

 分かっている。分かっているんだ。だが……この力を解放すれば、俺の正体が……。俺は、魔王だ。その真実が彼らに与える衝撃は、計り知れない。彼らを欺いていたという罪悪感が、俺の心を深く締め付ける。

 その時、視界の端で、ロイドが獣王軍の隊長格に突き飛ばされ、壁に叩きつけられるのが見えた。彼は苦しげに呻き、立ち上がれない。

「ロイド!」

 俺の叫びが、虚しく響く。このままでは、ロイドが……!

 その瞬間、ベリシアの背後から、獣王軍の魔物が飛びかかった。ベリシアは、広範囲呪文で敵を薙ぎ払っていたものの、数で圧倒され、遂に防ぎきれなくなったのだ。

「くっ……!」

 ベリシアが小さく呻く。その顔には、俺への不満と、この状況を打開できないことへの焦りが露わになっていた。

「信じたばかりに、ここまで追いつめられるとは……!」

 彼女は、俺に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。その言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。彼女は、俺の判断を信じてこの場にいる。その信頼を裏切るわけにはいかない。

「魔王国を、こんな形で失うわけにはいかない!」

 ベリシアが叫んだ。

 彼女は躊躇うことなく、身につけていた魔封じの指輪を外した。

 ベリシアの体から、漆黒の魔力が爆発的に噴き出した。その姿は、人間態とは異なる、本来の魔族の姿へと変貌していく。額には二本の角が生え、その瞳は深紅に輝いている。彼女の放つ魔力は、先ほどまでの比ではない。それは、まさに魔王城を統べる魔族の、本来の姿だった。

「『<滅びの嵐>カタストロフィック・ストーム。』!」

 ベリシアが叫んだ。その手から放たれた広範囲呪文は、漆黒の竜巻となって獣王軍の中央を直撃した。無数の魔物たちが、瞬く間に消滅していく。その威力は、まさに絶大だった。ロイドは、その光景に呆然と立ち尽くしている。

「ベリー殿……! まさか……!」

 ロイドの驚愕の声が響く。その声は、信じられないものを見たという、純粋な困惑に満ちていた。彼の視線の先には、魔族の姿と化した四天王ベリシアと、その魔力に圧倒される獣王軍の姿がある。

 そして、要衝の奥、比較的安全な場所でフィーユの治療にあたっていたセレアリスもまた、ベリシアの強大な魔力と、その真の姿を目撃していた。彼女の顔は、驚きに引き攣っている。

 ベリシアの放った一撃により、獣王軍は一時的に怯んだ。しかし、バルドは、その強大な魔力に逆上したかのように、猛然とベリシアに襲いかかった。彼の魔力は憎悪に燃え上がっている。

「ベリシアっ!」

 叫んだ。このままでは、ベリシアが危ない。彼女は俺の命を救った。彼女は俺の忠実な部下だ。彼女を、失うわけにはいかない!

 俺は、もはや迷わなかった。この場にいる仲間たちを、魔王国を守るためならば、どんな代償も払う。

 例え、俺の正体が露見し、彼らに嫌悪されたとしても。

「エクス=ルミナよ、今こそ、その力を示せ!」

 エクス=ルミナに語りかけながら、もう一方の手に嵌めていた魔封じの指輪を、迷いなく外した。

 ――ズオオオオオオォォォッッ!

 体が、内側から沸騰するような感覚に襲われる。漆黒の魔力が、俺の体から津波のように噴き出した。視界が、魔力によって歪み、周囲の空気が悲鳴を上げている。聖剣エクス=ルミナは、その圧倒的な魔力に呼応し本来の輝きを取り戻す。眩い光を放ち始めた。その光は、俺自身の魔力と混ざり合い、奇妙な、しかし荘厳な輝きを放っている。

 俺の肉体が、急速に変貌していく。額には、ベリシアよりもさらに大きく、禍々しい漆黒の角が生え、瞳は血のような赤色に輝き、全身から黒いオーラが立ち昇る。

 ――これが、俺の真の姿。魔王としての姿だ。

「アイザワ殿……! あ……あなたも、一体……!?」

 ロイドの声が、震えていた。ベリシアの変貌に驚愕したばかりだったが、今や、俺の姿に言葉を失っている。そこには驚愕、混乱、そしてかすかな恐怖があった。

 セレアリスもまた、治療中のフィーユを抱きしめながら、俺の姿を凝視していた。彼らにこの姿を見られてしまった。もう、取り繕うことはできない。

 今は感傷に浸っている暇はない。バルドは、ベリシアの姿に逆上し、さらに猛攻を強めていた。

「バルド! お前は、俺が止める!」

 魔王としての力を解放し、聖剣エクス=ルミナを構え、その一歩を踏み出した。体中に漲る強大な魔力が、俺を突き動かす。

「陛下!」

 ベリシアは、すぐに状況を理解したようだ。彼女は、新たに放った呪文でバルドの動きを止め、俺への道を開いた。

 ロイドも、俺の姿に戸惑いながらも、騎士としての使命感からか、すぐに剣を構え直し、獣人に向かう。

「……今は――信じよう」

 絞りだしたロイドの声。

 その言葉に、俺は……頷いた。

 魔王の力を最大限に引き出し、聖剣エクス=ルミナと共に、バルドへと突進した。獣王軍の兵士たちが、俺の放つ魔力の奔流に怯え、道を空ける。

 ――ゴオオオオオオォォォッッ!

 バルドの咆哮が、要衝全体に響き渡る。俺の魔王の姿を見て、聖剣を見て、さらに怒気を増していた。

 魔王の力を出してなお、バルドとの戦いは互角以下だった。彼の攻撃は的確で、俺の動きを読んでくる。聖剣エクス=ルミナの力も、俺の魔力と完全に調和しているわけではなく、どこかぎこちなさを感じさせる。俺は、強大な力を手に入れながらも、それを使いこなすための術を完全に理解しているわけではなかった。バルドの猛攻に、防戦一方となり、じりじりと追い詰められていく。

 その時、セレアリスの治療を終えたフィーユが、その瞳に悲しみと確かな決意を秘めて、戦場へと足を踏み入れた。祖父の変わり果てた姿。そのうえ追い詰められている俺の姿に、彼女は悲鳴を上げた。

「じいちゃん……! 陛下……!」

 彼女の声が、俺の耳に届いた。その声には、祖父の変わり果てた姿への悲嘆と、追い詰められる俺への心配が混じり合っていた。だが、彼女の小さな体は、それでも前に進もうとしている。

「陛下! ボクが援護する!」

 フィーユが、短剣を構えながら、バルドと俺の間に割り込むように駆け寄ってきた。彼女は、傷が完全に癒えていないにも関わらず、その顔には戦う覚悟が漲っている。

 バルドとの激しい攻防の中で、彼女の姿を振り返る余裕などなかった。避けられない戦いだった。俺は聖剣を振るい続け、魔王としての力を咆哮させる。フィーユが加わったことで、わずかながらも戦況は変わるだろうか。俺の心に、かすかな希望が灯る。

 俺とバルドの間に割って入ったフィーユは、その小さな体から、祖父であるバルドの感情に直接訴えかけるように声をかけながら攻撃を放ち続けていた。彼女の放つ剣は、狂気に満ちたバルドの意識の奥底に、確かに届いていたのか。

 バルドは、狂気を宿したまま、俺たちを道連れにしようと猛攻を続けていた。彼の目は、憎悪と破壊衝動に燃え盛り、その一挙手一投足が、この要衝を跡形もなく消し去るほどの力を持っていた。

 フィーユはその攻撃を避け、懐に飛び込んだ。

 剣を放し、バルドの首を抱きかかえ、耳元で大きく叫んだ。

「じいちゃんーー!!」

 フィーユの声は、そのバルドの動きを、ほんの一瞬だけ鈍らせる。それは、彼の心の奥底に眠る、かつての優しかった祖父の記憶を呼び起こそうとするかのような、切なくも力強い響きを持っていた。

 ――しかし、そう一瞬だけだった。

 バルドは自らを傷つけるのも厭わず、フィーユに刃を向ける。

「逃げて、フィーユ!」

 ベリシアの叫びが、疲弊しきった俺の耳朶を打つ。

 クソッ!

 残された全ての魔力を聖剣エクス=ルミナに注ぎ込み、渾身の力を込めた。

 聖剣は、俺の魔力を吸い上げ、再び眩い光を放つ。

 飛び込み――突き出した聖剣は、闇に染まったバルドの巨体を容赦なく貫いた。

 ――ゴオオオオオォォォォォ……!

 バルドの咆哮が、途中で不自然に途切れた。彼の巨体は、まるで巨大な木偶のように、その場で動きを止める。激しい戦場の喧騒が、嘘みたいに掻き消え、信じられないほどの静寂が、要衝を支配した。獣王軍の動きも、その場に凍り付き止まっている。

 そして、信じられない光景が、俺の目に飛び込んできた。バルドの瞳から、狂気が消え失せていく。その代わりに宿ったのは、深い悲しみと、そして明確な理性の光だった。彼の体から、漆黒の瘴気が薄れていくのが見て取れた。それは、まるで長い悪夢から覚めたかのような、穏やかな変化だった。

 バルドは、ゆっくりと、しかし確かに、その巨体を俺に向けて傾けた。拝謁するかのように、深々と頭を下げた。その姿は、威厳に満ちていながらも、どこか痛ましかった。

「――陛下……ご無礼をお許しください。この身は、陛下と魔王国に捧げたもの……最期まで、お役に立てず……」

 彼の声は、微かに震えていたが、その言葉には、揺るぎない忠誠が込められていた。俺を王として見つめていた。その眼差しの中に、バルドがどれほど魔王国を、俺を案じていたかを感じ取り、俺の胸は深く締め付けられた。彼は、ダルヴァンに操られていたにも関わらず、最期まで臣下としての誇りを失っていなかったのだ。彼の無念と、俺への信頼が、痛いほどに伝わってきた。

 バルドは、俺から視線を外し、次にフィーユへとその顔を向けた。彼の表情は、先ほどの臣下のそれとは打って変わり、哀しみと溢れんばかりの愛情に満ちた、優しい祖父の顔になっていた。

「フィーユ、元気で……」

 バルドの声が、優しく、だが力なく響く。彼の目には、今にも零れ落ちそうなほど、涙が浮かんでいた。その涙は、後悔と、孫娘への深い愛情を物語っていた。

「わしの分まで、陛下の力になってくれ……お前は、わしの誇りだ……」

「じいちゃん!」

「バルド、死なせるかよ」

 俺は叫んだ。

「セレアリス! ベリシア! どちらでもいい、彼に治癒を!」

 セレアリスが、戸惑いながらも駆け寄ってきてくれる。大丈夫――間に合う。彼女なら……。

 フィーユは、堪えきれない涙を流しながら、その小さな手を、祖父の大きな、しかしもう力の無い手に伸ばそうとした瞬間、俺は直感的に分かった。ダルヴァンの仕込んだ魔術が、今まさに発動しようとしているのが、俺の魔王としての感覚にはっきり伝わってきたのだ。

 要衝の奥にいるセレアリスに向かって、枯れ果てた喉から、それでも声の限り叫んだ。バルドの目が、微かに見開かれた。その次の瞬間、彼の体内から、禍々しい光が迸り始めたのだ。

 それは、まるで彼の命そのものが、内側から食い尽くされていくかのような、絶望的な光だった。ダルヴァンが仕込んだ、隠された死の魔術。あの男は、このような周到で残酷な術を施していたのだ。

 バルドは、苦悶の声を上げることはなかった。彼は、まるで運命の全てを受け入れたかのように、安らかな、しかしどこか寂しげな表情でフィーユの手を握りしめた。

 やがて彼の瞳からは、光が完全に失われていた。

 その手はフィーユの小さな手を、握りしめたまま。

 ――四天王、獣王バルドが、息を引き取った。

 今、俺たちの目の前で永遠の眠りについたのだ。

 その場に立ち尽くすしかなかった。彼を救えなかった無力感と、彼に最期まで王として敬意を払われたことへの深い苦悩が、俺の心を支配した。俺は、彼を救いたかった。闇の洗脳から解放し、また再び共に笑い合いたかった。武術を指導してほしかった。彼の生前の、豪快な笑い声が、今でも耳の奥にこだましているような気がした。だが、それはもう叶わない。

「じいちゃあああああああああああん!」

 フィーユの悲痛な叫びが、要衝に響き渡る。彼女は、バルドの遺体を抱きしめ、その小さな肩を震わせながら、喉が張り裂けそうなほどに慟哭していた。その姿は、あまりにも痛ましく、俺の胸を抉る。彼女もまた、祖父を奪われたのだ。

 ロイドとセレアリスも、俺とベリシアの異様な力に驚愕しながらも、バルドの最期に込められた忠義と愛情。フィーユの慟哭に、複雑な表情を浮かべていた。セレアリスの目は悲しみがあり、何かを決意したのだろう、輝いていた。彼女は、バルドを治療しようと駆け寄ろうとしてくれた。ロイドは、剣を握りしめたまま、ただ静かに、この悲劇を見つめていた。

 獣王軍の残党は、指揮官を失い、統制を完全に失っていた。彼らは暴れ出すか、あるいは蜘蛛の子を散らすように撤退を開始していた。混乱の中、要衝のあちこちで魔物たちの争いが起きている。しかし、その混乱の中、俺の心は、バルドを殺めたダルヴァンへの激しい怒りと、これから魔王国で待ち受ける、さらなる困難な運命への不安に苛まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ