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(2)四天王の会議に出席しました

 混乱していた俺は、ベリシアとダルヴァンに促されるまま、別の部屋に連れていかれた。磨かれた木床と石壁に囲まれた部屋には、品のある椅子が整然と並んでいた。

 ここで、メイドに見張られながら、おそらく数時間、何もせぬまま時を過ごした。

 その後、呼び出され――感覚的には連行され――長い廊下を進み、重厚な扉の前に立つ。

 この部屋は魔王城の会議室、ペンタグラムの間というらしい。

 メイドが扉を開くと、そこは広々とした空間で、中央に巨大な五芒星が描かれた円卓が鎮座していた。その周りを囲み豪奢な椅子が並んでいる。部屋全体から張り詰めたような、それでいて重苦しい空気が漂っていた。

 その椅子には、既に四人の人物が着いていた。

 一人は、規格外といった風情の筋骨隆々な大男だ。黒曜石のように光る金属の甲冑を身に纏い、その体躯は魔王の体である俺よりもさらに大きい。顔には無数の戦傷の痕らしきものが刻まれ、猛獣のように鋭い金色の眼光が、部屋に入ってきた俺を一瞬で射抜いた。名を、獣王バルド=ガルヴァと聞いた。獅子鬼と呼ばれる獣王族らしい。その威圧感だけで、部屋の空気が一段と重くなった。

 もう一人は、そのバルドの隣に座る、妖艶な雰囲気の若い女性だ。驚くほど白い肌に、炎のように赤い色のふわふわとした長い髪。長い前髪で片目が隠れがちだが、深い紫の瞳が俺に向けられているのが分かった。気だるげに椅子にもたれかかっているが、その瞳の奥には侮りにも似た鋭さが宿っている。ナクティス=ルナリアと紹介された。夢魔と淫魔の女王らしい。

 そして、ベリシアとダルヴァン。

 べリシアはベリシア=ネフェリス。魔族で魔王国の宰相を兼ねている。

 ダルヴァン=バイトは、ダークオニクス・リッチという魔物で、魔王国の魔法、アンデッドを統べている。

 メイドが形式的に俺を円卓の近くの席に案内する。上座の一段と豪華な席は空のまま、すみっこの席。しかも、明らかに他の三人の席からは少し離れた末席だ。これは完全に部外者――いやサンプルの扱いだった。

 全員が席についても無言のまま。

 四人が俺を品定めするように見つめてくるのが肌で分かった。バルドの金の瞳、ダルヴァンの紫の眼窩、ナクティスの紫の瞳、ベリシアの知的な紫紺の瞳。その全てが、俺に注がれている。

 彼らは、ベリシアやダルヴァンから俺が「本物」の魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクス本人ではないことを聞いているのだろう。その視線には、敬意よりも、困惑や――明確な侮りとも取れる感情が含まれていた。彼らにとって、俺は復活した偉大なる魔王ではなく、偶然その体に収まってしまった「魔王の紛い物」に過ぎないのだ。

「では、四天王全員お揃いましたので、会議を始めさせていただきます」

 ベリシアの声が、張り詰めた空気を破る。

 ……この四人が魔王国の四天王ということか。

「議題は、復活の儀の失敗に伴う今後の方針、人間の勇者選定に関する対応、次に魔王国の現状について、です」

 粛々と会議は始まったが、その雰囲気は良いものではなかった。

「……まずは、緊急性の高い情報から報告させていただきます」

 彼女の顔は、先ほどよりもさらに険しくなっている。

「諜報部隊より、聖地エルムにて聖剣が輝き始め、勇者を選別する儀式の準備が進められているとのこと。時期は、間もなくかと」

 その報告を聞いた瞬間、ペンタグラムの間に緊張が走った。

「予想より早いか……!」

 バルドが、呻くような声を漏らした。

「やだなぁ、本当に勇者が出現したら、また面倒くさいことになっちゃうじゃん。臣民ちゃんたちが傷つくのは、なんかヤだし」

 ナクティスが、心底うんざりした様子で呟く。彼女の気だるげな口調だった。それでも裏腹に、臣民の被害を案じる気持ちは本物のようだった。

 問題は魔王復活に失敗したことに、強く結びついているようだった。

 そりゃ、魔王がいれば、勇者がいてもおかしくない世界か。

 お決まり通り、勇者は聖剣を手に魔王の根城に攻め込んでくる。

 ファンタジーじゃお決まりのパターンだよな。

 ――魔王がいなくても、勇者は魔王の国に攻め込んでくる。

 そんな世界で、彼らは生きている。

 バルドは臣民の盾となる覚悟を、ナクティスは臣民が傷つくことへの嫌悪感を、ダルヴァンは現状の分析と対策の必要性を、ベリシアは臣民への被害を最小限に抑えるための戦略の見直しを訴える。

 四天王らは、それぞれの立場で、魔王国と臣民を守ることを第一に考えている。それが、彼らの言葉の端々から感じ取れた。

「そのさ、魔王国は勇者と仲良くするって、できないかな……?」

 俺の言葉は、ベリシアのきつい視線に黙殺された。

 彼らの議論は続くが、展望は開けない。本物の魔王であれば、偉大な指導者であれば、この状況を打破する一手をすぐに示せたのだろう。しかし目の前にいる俺は失敗品、まがい物判定だ。彼らは俺に期待していない。

 時間は刻一刻と過ぎていく。聖剣に勇者が選ばれれば、人間と魔族の間で大きな戦いが起こる。そうなれば、彼らが守ろうとしている魔王国の臣民たちが、多くの犠牲を払うことになるだろう。この場にいる四天王は、皆、本気で魔王国のことを案じている。でも今の彼らには、状況を打開する決定的な力がないように見えた。

 ”このまま何もしなければ、後で後悔しないか?”

 末席で、誰にも聞こえないくらいの声で、俺は独り言を呟いた。

 異世界に転生し、魔王という立場になってしまった。望んだわけではない。しかし、偶然であろうと、俺はこの体の中にいる。

 この立場であれば、目の前の破滅へと向かう流れを止める手段はあるのかもしれない。

 このまま傍観していて、良いのだろうか。

 たくさんの命が失われるのを、見ていることしかできなかった自分を、俺はきっと許せない。

 あとで後悔は、したくない。

 ゆっくりと、俺は立ち上がった。ぎしりと椅子が音を立てる。

 その小さな音が、重苦しい議論で満たされていたペンタグラムの間に響き渡った。

 四人の四天王の視線が、一斉に俺に集まる。

 視線だけで、殺されそうな冷たい目たち。

「俺が、魔王として立つ」

 静まり返った空間に、俺の声が響いた。それは、魔王ゼルヴァ=レグナス=ノクスとしての威厳など微塵もない、相沢直人としての偽りのない決意だった。

「……なんですって?」

 ベリシアが、信じられないといった様子で目を見開く。

「まがい物が! 黙りなさい!」

 他の四天王たちも、戸惑いを隠さない。

 まがい物と思っていた魔王(偽)が、突然、自らの意志を口にしたことに戸惑っているのだ。

「まがい物でも――俺が魔王として呼び出された」

 俺は、ベリシアの目をひるまずに見返した。

 ベリシアは端正な顔を歪ませている。

「たしかに、俺は魔王ゼルヴァじゃない。記憶もないし、なにが出来るのかもわからない。でも……元の世界で死んだ身だ。この俺にできることはやってみようじゃないか……と、思った」

 沈黙が長く感じた。

「ほう……」

 最初に、明確な反応を示したのは獣王バルドだった。その鋭い金の眼光が、先ほどまでの無関心さを消し去り、俺を真っ直ぐに見据える。その視線には、紛い物としてではなく、一人の存在として俺を「見直し」ている色が宿っていた。

「お主、今の御言葉、まことか?」

 バルドの声には、唸りのようだった。

「ああ、本気だ」

 俺は、バルドの視線を真っ直ぐに受け止めて答える。

 体の奥底から湧き上がる、この魔王の強大な力。――この状況を変えたいという、俺自身の純粋な願望。なぜ俺がここに至ったのかは分からない。でも、ここで何もしなければ、きっと後で後悔する。それは嫌だ。

「俺は、魔王として、あなたたちと共に立つ。いまが最悪の状況なら、それを何とかするために」

「ワシはな――息子を人間に殺された。その恨みは忘れることはない。……人間だというお主は、このワシにお主を信じろ、と?」

 低く、猛獣そのものの声。

 目を逸らすべきではない。

「今は信じなくていい。自分でも何ができるかわからない。……けど、今の状況で一番必要なのは、魔王なんだろ」

 俺は、心のままに答えた。

「仮にでも俺にできるなら、俺は魔王として立つ」

 言葉を聞き終え、バルドは大きく頷いた。

 その表情には、確かな納得の色が浮かんでいる。紛い物と思っていた存在の中に、俺の確固たる意志と、魔王である可能性を見出してくれたのだろう。

「ワシは賛成だ! 先の見えぬ状況で、王が立つと言われた! これこそ、臣下に進むべき道を示す言葉よ! おもしろいじゃないか。――陛下、御心のままに!」

 バルドの力強い声が響く。

 続いて、ナクティスが椅子から完全に起き上がり、俺に歩み寄るような素振りを見せた。その気だるげな態度は変わらないが、瞳に宿る興味の色は一層強くなっていた。侮りの色は消え、純粋な好奇心と、新たな刺激への期待が浮かんでいる。

「この子、本気モード? へいか、ねぇ。面白い展開になってきたじゃん。アタシも賛成。陛下がそうしたいなら、アタシはこの子と全力で遊んであげる」

 ダルヴァンは、相変わらず表情は読めないが、その眼窩の紫の光が面白そうに瞬いたように見えた。彼は俺の言葉を静かに反芻しているようだった。

「フフフ……予想外でしたが、この魂は面白い。状況は混迷を極めますが、新たな道筋が示された。よろしいでしょう、わしも賛成じゃ」

 三人が次々と賛成の意を示す中、ベリシアだけが不安そうな表情を崩せないでいた。彼女にとって、偉大な魔王とは違う。彼女の瞳には、希望よりも、先の見えない不安と、臣下としての責任感が強く表れている。

「どうせ俺は、ここじゃ“余所者”だ。だからこそ、泥をかぶる役にちょうどいいだろ?」

「……アイザワとやら。おぬし……策士か、それとも阿呆か」

 ナクティスは、俺の顔を見ていた。面白いおもちゃを見つけた子供みたいに。

「まあ、魔王が復活したって“表向き”にでも言わなきゃ、人間共も調子に乗るでしょうねぇ?」

 バルドは、笑った。

「……フッ、失敗作って呼ばれとる割には、肝が据わっとる」

 最後にベリシアが口を開いた。

「……そのような、軽い気持ちで“陛下”を名乗られては困ります。……ですが」

 彼女の瞳が、ほんのわずかに揺れた。

「……状況的に、それが最善であることは……否定できません」

 他の三人の賛成と、そして何よりこの絶望的な状況を打開する唯一の可能性が、この新たな魔王が立ち上がることだと……。強い責任感が、彼女をそう判断させたのだろう。

 ベリシアもまた、深々と頭を垂れ、渋々ながらも了承の言葉を口にした。その声には、微かな震えが含まれていた。

 四天王全員の、形はどうあれ了承を得て、俺は改めてこのペンタグラムの間で、異世界の魔王として立つことを決意した。彼らはまだ俺を完全に信頼しているわけではないだろう。特にベリシアは不安そうだ。少なくとも、紛い物として隅に置かれていた状態からは一歩踏み出せた。この先、何が起こるかは分からない。恐ろしいことばかりだろう。だが、後戻りはできない。そして、後悔だけはしないと、俺は改めて心に誓った。

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