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(18)王都に招待されました

ご愛読ありがとうございます。ここから、一章後半に入ります。

 魔晶喰らいが消滅し、歓声が上がる中、俺は聖剣エクス=ルミナを手に立ち尽くしていた。

 周囲の人々は、俺を勇者として称え、その場は熱狂に包まれ始めていた。ベリシアやフィーユも安堵した表情で俺を見ているが、その表情には困惑の色も浮かんでいる。しかし、いつまでも呆然としているわけにはいかない。魔晶喰らいによって破壊された村、負傷者たち。応急処置や後片付けをしなければ。

「ベリー、フィーユ! 手伝うぞ!」

 冒険者としての偽名を使い、ベリシアとフィーユに声をかけた。

 ベリシアはすぐに冷静さを取り戻し、「はい、アイザワ様」と応じる。フィーユも「はーい!」と元気な声で駆け出した。俺たち三人は、負傷者の手当や、瓦礫の撤去といった現場処理を手伝い始めた。ベリシアは的確な指示を出し、フィーユは瓦礫を運び、俺は人々の救出や瓦礫の整理を行う。

 疲れてはいたが、それでも並の人間よりは役に立てた。

 聖剣エクス=ルミナは、手にしたままでは作業の邪魔になる。とはいえ、どこかに放置するわけにもいかない。周囲の聖騎士が恐縮した様子で駆け寄ってきて、聖剣を預かろうとしたが、どうすればいいのか分からない様子だ。勇者以外が触れるとどうなるか分からないのだろう。結局、ベリシアが持ってきた布と、壊れた荷馬車の木材を使って、急ごしらえの仮鞘を作った。聖剣をそれに収めると、柄から微かに魔力らしきものが漏れ出し、ブツブツと文句を言っているような、不満げな気配が伝わってくる。なんだ、まだ何か言いたいのか?

 現場の混乱がある程度収まると、聖剣の岩の周りに集まっていた関係者らが、俺たちの元へと集まってきた。

 その中心には、もちろんセレアリスとロイドがいる。彼らの周りには、先ほどまで聖剣の岩の前にいた騎士や神官、偉そうな役人らしき者たちがいる。俺を見る目が、先ほどまでとは全く変わっている。それは、尊敬と、畏敬と、くわえて僅かな困惑の色が混じった視線だ。

 セレアリスが、集まった関係者を代表し、俺たちの前に進み出た。彼女の顔には、聖王女としての気品と、魔晶喰らい撃退の立役者である俺への感謝と、どこか戸惑ったような表情が浮かんでいる。ロイドもその傍らに立っており、真剣な顔で俺を見ている。

「アイザワ殿」

 セレアリスが、穏やかな声で俺に語りかけた。

 その声には、先ほど旅の途中で聞いた優しさに加え、王族としての威厳が宿っている。

「この度は、魔晶喰らいより村を、人々を救ってくださり、誠にありがとうございます。聖剣に選ばれ、危機に駆けつけてくださった貴方様に、代表して、心より感謝申し上げます」

 彼女は深々と頭を下げた。周囲の関係者らも、それに倣って頭を下げる。人々は、俺という存在を、「勇者」として認識し、受け入れているのだ。

 顔を上げたセレアリスは、少し複雑な表情を浮かべ、話し始めた。

「本来であれば、聖剣の選別は、厳粛な儀式をもって行われるべきものです。このような形で勇者様が誕生されたことは、私にとっても、王国にとっても、正直…想定外の事態でして…」

 彼女は、少し口ごもりながらも、ルミナス王国の内部事情について触れた。

 王都での政争、勇者選別を巡る各派閥の思惑、魔王国との戦争に備えるための資金繰りの問題など。王国が、聖剣の輝きという兆候を掴みながらも、迅速かつ統一した対応を取れずにいたこと。王都の準備が、聖域エルムで起こっている事態に追いついていなかったこと。聖王女であるセレアリス自身も、政争に巻き込まれ、思うように動けなかったのだろう。彼女は、その遅れと、魔晶喰らいの襲撃という予期せぬ事態が重なったことへの責任と混乱を感じているようだった。

 しかし、聖剣が勇者を選んだ事実は変わらない。魔王の復活により魔物との戦闘が避けられなくなった以上、勇者の存在は国家にとって必須となる。

「聖剣が貴方様を選ばれた。これは、神の御心です。今、最も重要なのは、勇者様の力を最大限に高めること。魔王が復活する今、魔物との戦いは避けられません。僭越ですが、勇者様の力だけでは、いずれ限界がでるでしょう。パーティーを組み、装備を整え、情報収集を行う。勇者様の増強は、急務なのです」

 セレアリスは、真剣な表情で俺を見た。

「つきましては勇者様……アイザワ様。わたくしと共に、ルミナス王都まで同行していただけないでしょうか。王都にて、勇者様を支援する体制を整え、魔王に対抗する準備を進めたいのです」

 王都への同行要請。それは、俺の目的である「勇者選別の妨害、または見届け」から大きく外れることだった。俺の目的は、勇者になることではない。そして、魔王国のことを考えれば、人間の国の中心である王都へ行くことは、あまりにも危険だ。

「……ありがたいお話ですが、実は俺たち、用事が済んだら東の方へ帰る予定でして」

 遠い異国から来たという嘘設定を使い、やんわりと断ろうとした。

「私たちは、用事のためにこの聖域へ立ち寄っただけですので」

 ベリシアが、俺の言葉に続いて応じた。彼女も、当然王都へ行く気はない。彼女の目的は、勇者発生を阻止することだったはずだ。結果的に、魔王である俺が聖剣を引き抜いたことで、勇者は誕生してしまったが、それは人間が期待していた形ではない。ベリシアとしては、魔王が聖剣を手にしたという事実を魔王国に持ち帰りたいのだろう。ここにとどまる必要はない、一刻も早く魔王国に戻りたい、と彼女は考えているはずだ。俺の内心でも、彼女の冷静な判断が響いていた。

 ちらりと、ベリシアが俺を見た。言葉が無くてもわかる、”魔族の姿を現してでも強行して魔王国に戻りましょう”だろう。俺は大きく首を振った。

 セレアリスは引かなかった。

「ですが、勇者様はルミナス王国に現れました。王国として、勇者様を支援し、共に魔王に対抗する義務があります。それに、勇者様の安全を考えても、このまま辺境へ戻られるのは危険かと存じます」

 話は平行線となった。王都へ来てほしいセレアリスと、魔王国へ帰りたい俺たち。どちらも、相手の立場を理解できない。

 その時、ロイドがじっと俺を見つめた後、意を決して前に出た。

「聖王女様、アイザワ様。本当に申し訳ないが、一度だけ、私に聖剣を持たせていただけないでしょうか」

 彼は、もしかしたら自分にもまだ聖剣を引き抜く資格があるかもしれない、あるいは、という思いもあったのだろう。俺という謎の人物が聖剣を持ったことに、いくらかは納得できていないのだ。

 ロイドが、俺の手から聖剣を受け取ろうと、柄に手を伸ばした。

 ――次の瞬間、ロイドの手は聖剣に触れることなく、弾き飛ばされた。目に見えない衝撃波が走り、ロイドは数歩後ずさる。彼は驚愕した表情で、自身の右手と、俺の手にある聖剣を交互に見つめている。

 「なっ……!? やはり……」

 ロイドの声には、困惑とあきらめの思いが宿っていた。彼は、確かに勇者候補として聖剣に選ばれる可能性を持っていたはずだ。にも関わらず、聖剣に触れることすら許されなかった。

『我が選ぶならこの者なのに、どうして……!』

 俺の手に握られた聖剣エクス=ルミナから、そんな言葉が流れ込んできた。聖剣自身も、自分がロイドを拒絶したことに、どこか納得がいかないようだった。

 ……すみません。俺が聖魔反転を施したからです。

 結果として、魔王である俺を選んだ聖剣。おそらく、本来の勇者はロイドだった、って事か。

「悪かった、アイザワ。これで本当に心の整理がついた」

 俺は、ロイドと、複雑な表情を浮かべるセレアリス、――周囲の期待に満ちた視線を一身に浴びていた。勇者として祭り上げられようとしている状況と、魔王としての本来の目的。――俺はどうするべきだろう。

 答えは、まだ見つからない

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