(13)宿の予約をしていませんでした
村の入り口では、村人が笑顔で旅人を出迎えていた。
「ようこそ、聖域エルムへ! 勇者選別にお越しですか?」
彼らは俺たちを見るなり、次々と声をかけてくる。聖域の村は、外部からの訪問者を歓迎しているようだ。村の中は、街道沿いのテント群とはまた違う活気と熱気に満ちている。白っぽい石造りの家々や、清らかな泉が点在しており、空気は澄んでいて、どこか神聖な匂いがした。見た目は本当に穏やかで平和な村だ。
しかし、その歓迎の雰囲気や神聖な空気とは裏腹に、俺は村全体に漂う、何かぴりぴりとした、不穏な空気を感じていた。集まっている人々の表情も、期待だけでなく、焦りや警戒の色が混じっている。
「……なんだろう、この感じ」
思わず呟くと、ベリシアが俺の隣で静かに応じた。
「聖剣の選別を前にした、一種独特の空気でしょう。希望と、争いへの不安が混じり合っています」
ベリシアの言葉は冷静だが、彼女もまた、この村の雰囲気に何かを感じたようだった。フィーユは、珍しそうに村の中をキョロキョロと見回している。
何はともあれ、まずは宿を確保しなければならない。この人の多さだ。早めに行かないと、寝る場所すらなくなるだろう。
「ベリシア、宿を探そう」
「はい、お任せください」
ベリシアは慣れた様子で、村の中の宿を探し始めた。しばらくして、彼女はそのうちの一軒に立ち止まった。他の冒険者たちが「満室だ!」と騒いでいる宿だが、ベリーは宿の主人に何やら手早く話をつけている。掌に握られた金貨がきらりと光った
「誠に申し訳ありませんが、この状況では、このような部屋しか無く……」
ベリシアが、申し訳なさそうに案内してくれたのは、どう見てもこの村で最上の部屋だった。ベッドが四つに、質素だが品の良い調度。
「こんな部屋、空いてたんですか……?」
俺が思わず言うと、主人はさらに恐縮した様子で頭を下げた。
「はい……さっきまで居られた方には、特別言って別の部屋に移っていただきましたので……」
金で割り込んだのか……。
「おいおい、ベリシア。」
俺が小声でツッコミを入れると、ベリーは表情を崩さずに答えた。
「臣下と相部屋にて申し訳ありませんが、この村ではこれが限界かと」
はあ。ロイドとセレアの選択も理解できるな。
宿の部屋に荷物を降ろすと、俺たちは会議を開いた。日中の村の様子、これからどう動くかについて話し合う。
「それにしても、ロイドとセレアの二人、どういう立場の奴らなんだろうな」
俺が切り出した。王国辺境から来た冒険者だと言っていたが、盗賊との戦いでの彼らの動きや、セレアリスの使った光の魔法。何より、王国関係者を避けるために村の外に野営するというロイドの言葉。あれは、ただの辺境冒険者の理由ではない気がする。
「彼らは、おそらく貴族、あるいは高位の聖職者でしょう」
ベリシアが、確信を持った口調で言った。
「立ち居振る舞いに、冒険者にはない気品がありました。特にセレア殿。あの魔法は、普通の癒やしの魔法ではありませんでした。相当な力の持ち主でしょう」
やはり、ベリシアも気づいていたか。
「ベリシアの言う通りだと思います。ロイドさんも、冒険者というより、騎士様みたいでした!」
フィーユも、ベリシアの意見に同意した。騎士か。ロイドの剣技は確かに見事だった。
「貴族か高位の聖職者か……」
ベリシアたちの推理に感心する。しかし、同時に疑問が湧き上がった。
「でも、彼ら、すごく良い奴らだったぜ? 困ってる人を助けるのに迷いもなかったし、俺たちにも親切にしてくれた。危ない奴らじゃないだろ」
俺は旅の途中で感じた、彼らの優しさを訴えた。
「……人の良さと、立場は異なります、陛下」
ベリシアが、厳しくそう言った。
「彼らの身分が高いのであれば、今後の接触は避けるべきです。無用な詮索は、我々の正体を露見させる危険を高めます」
ベリシアの考えは最もだ。俺たちの目的は聖剣選別であり、無用なトラブルは避けたい。ロイドとセレアがどんな身分であれ、俺たちはおそらく、彼らの希望を踏みにじる行為をする。
分かってるけど……でも、せっかく友達になれそうなのに
わずかな寂しさを覚えたが、俺はベリシアの判断に従うことにした。彼らとは、ここで一旦距離を置くのが賢明だろう。
次に、聖剣周辺の偵察について話し合った。村の中心にある聖剣の岩。そこは勇者選別が行われる場所であり、村の中でも最も神聖で、なおかつ警戒が厳重な場所のはずだ。
「聖剣の岩周辺には、神官や聖騎士団だけでなく、王国の中央から派遣された役人や騎士も多数詰めているでしょう。迂闊に近づけば、我々の出自を探られる危険が高いです」
ベリシアが、危険性を指摘する。彼女の言う通り、最も危険な場所だ。
しかし、俺たちの目的は、その聖剣選別を見届け、あわよくば妨害することだ。最も重要な情報があるのは、聖剣周辺に他ならない。
「分かってる。危険なのは承知の上だ。でも、聖剣を見るためには、そこへ行くしかない。俺の目的は、聖剣というものをこの目で見て、勇者が生まれる瞬間を確かめるか妨害することなんだ」
「陛下、ボク見にも行きたいです!」
フィーユが、目を輝かせて志願する。危険な場所だと分かっているのだろうが、好奇心の方が強い。
ベリシアは、俺とフィーユの顔を交互に見た。そして、小さなため息をついた。
「……分かりました。危険ではありますが、目的のためには必要な情報収集です。手はずを整え、最小限のリスクで聖剣周辺に近づきましょう」
ベリシアが了承してくれた。彼女は危険を承知で、俺たちの目的のために動いてくれる。本当に頼りになる宰相だ。
狭い部屋での会議は、これで終わりだ。ロイドとセレアリスの正体は気にかかるが、今は彼らとは距離を置く。――明日は聖剣周辺の偵察だ。聖域エルムでの俺たちの活動が、いよいよ本格的に始まる。