(11)そのころ、魔王国では
魔王城の地下深く、滅多に人が立ち入ることのない魔導研究室には、様々な魔法具や薬品が所狭しと並べられていた。よどんだ空気が魔力の匂いを宿している。その部屋の中央で、リッチであり魔道士のダルヴァンは静かに魔法陣を起動させていた。彼の眼窩の紫色の光が、妖しく揺らめいている。
宰相まで行ってくれたことは幸運だった。計画が進行しやすくなる。
ダルヴァンの前に浮かび上がったのは、見る者すべてに生理的な嫌悪感を抱かせる異形だった。それは、『魔晶喰らい』。巨大で不定形な結晶質の身体は、まるで寄せ集めたゴミを固めたかの如くに歪んでいる。体表からは脈打つ魔力が明滅し、結晶部分は不規則な角度で光を反射し、薄気味悪さを助長している。体からは、いくつもの結晶質の触手が蠢くように伸び縮みしている。それは、生命の法則から外れた、おぞましい存在だった。通常の魔物と違い、獣めいた凶暴さはなく、ただ任務遂行のみを目的とした、冷たい不気味さを纏っている。
「……目標、聖剣の村エルム」
ダルヴァンは命じた。彼の指先から発せられた微かな魔力が、密使の結晶体に吸い込まれていく。聖剣の村の地形、勇者候補に関する情報、排除すべき障害……必要なデータが、密使の内部に無機質にインプットされていく。
今の王は、所詮借り物の器。いずれ搾りかすになる。
ついでに排除できれば行幸。
聖剣や危険因子は、ここで排除しておく
ダルヴァンの脳裏には、冷徹な計算が巡っていた。聖剣と勇者は、彼の描く未来にとって最大の障害となり得る。魔晶喰らいの特性、特にエネルギー吸収能力は、聖なる力を使う勇者や聖女に対して有効なはずだ。
「行け。任務を遂行せよ」
ダルヴァンが命じると、密使の結晶体が鈍く輝き、そのおぞましい姿が徐々に歪んでいく。空間に溶け込み、静かにその場から消滅した。聖剣の村へ向けて、ダルヴァンの密かな刺客が旅立ったのだ。
部屋に再び静寂が戻る。ダルヴァンは満足げに口元を歪めた。これで、余計な障害は排除できる。すべては、私の計画のために
魔王城の深部で放たれたおぞましい一撃は、地上の光へと向かう者たちの旅に、暗い影を投げかけた。
「さて、次は獣王と夜魔の女王……」
つぶやき、ダルヴァンは魔術の準備を進めた。