第8話 慣れと後悔
「ポアーラルドゥでしたら真正面に見える塔で手続き可能ですよ。手続きの際にはここに書かれているものが必要ですのでご準備を」
サイリィの後を継ぐと答えたあの日から、僕はファーヴィスについてや道案内の仕事のことを聞きながら三年程の時間を過ごしていた。ちなみに時間の流れは一日が一年と言う感じではなく、それなりに長い。よってサイリィが生きてきた三万年弱の年月は相当長いことがすでにわかっている。元いた世界の一年よりは早く感じるが、それでも途方もない年月には代わりなかった。
そもそも三万年とかどうやって数えているのやら。
「……っ」
「サイリィ?」
「いいや、大丈夫だ。気にせず続けて」
最近、サイリィの調子が悪くなってきた。三年前は本当に五年程の命なのかと疑ったものだが、徐々に死に向かっていっているのを感じる。食が徐々に細くなり、睡眠も満足にとれないようでずっと目の下にクマがある状態が続いていた。おそらく彼の見立ては正しく、あと二年ほどの命なのだろう。今の弱り方じゃ、そんなに長く続かない可能性すらある。
「いってらっしゃい、良い旅を」
こうして送り出す異世界人は何人目だろうか。訪れる客によって毎回仕事は違うから飽きもこない。ある程度のパターンはあるが、退屈はしなかった。
言語、元いた世界。行きたい世界。全ての情報を聞き出して的確な情報をだけを渡していく。もちろん異世界やその世界に対応する言語なんて途方もない数ある。でも全て覚える必要がなかった。
「覚えたことをただやる仕事じゃない。最善の答えは自然と頭に浮かんでくる。ファーヴィスとはそういう世界だ」
最初は苦労したけれど彼の言った通りで、欲しい答えはコツを掴めば簡潔に頭に浮かぶ。検索エンジンが自分の脳に搭載されているように、欲しい情報を探して、自分の中で導き出すことができた。
「仕事に十分慣れてきたね。動きに無駄がなくなってきてる」
「ありがとうございます。まあ三年もありましたから、このくらいは当然ですよ」
「ふふ、頼もしいな」
そう言って笑うサイリィを見て、素直に嬉しいのだけれど、ちょっと後悔することもある。
まだ自分がいないとダメだ。そう思わせないと長く生きないのではないか、と僕は不安になることがあった。もうタツキという後継者が立派に役目を果たせる。自分の仕事は終わったと自覚したサイリィの死期を早めてしまわないかと。
「大丈夫だ。ボクはあと二年はしっかり生きるつもりだ。そのために心穏やかに、できるだけドキドキしないように心がけている」
彼は茶化すように笑った。その笑みに釣られて僕は安心を手に入れる。
ああ、また心を読まれたみたいだ。