第6話 帰る理由
「……子供はいる。いいや、いたんだが、異世界に行ってしまったんだ」
「ええ……」
「ここは自分に合わないと言い出してね。妻には先立たれてほんとのほんとに一人なんだよ、ボク」
「それは、お可哀想に」
何だかすごく可哀想に見えてきてしまう。サイリィはガクッと肩を落として目に見えて落ち込んでいた。
「それで外部から後継者を探していたと?」
「そうとも。そんな時に君が突然ここに来た。どこかから歩いてきたわけでもなく、ここに飛ばされてきたんだ。運命みたいでしょ? これにはきっと……いや絶対に意味がある。君に頼むようにと導かれている気がするんだ……!」
落ち込んでいたのは一瞬、サイリィの透き通る目には再び光が宿っていた。感情が何とも忙しそうな人だな、と思いつつ。僕は僕で結構重要な選択を迫られていることに気がついた。
「(さて、どうしたものかな)」
サイリィの言う通り、僕には元の世界に戻る理由がなかった。この場所で僕がこんなに求められているなら別にここにいてもいいかな、と思ってさえいる。かと言ってこの話を受けてしまえばもう元の世界に帰る選択は無くなるだろう。
親友……と呼べるやつはいないけど、親しい仲の友達がいないわけじゃない。家族もいるし仕事もある。いなくなったらそれなりに悲しまれる自覚もあった。
でもそれは一時的なもの。
別に僕がいなくなったからって何かがうまくいかなくなるわけでもない。悲しみは時間が解決するだろうし、友人も家族も、自分の人生に集中して、近くにいる人と助け合い生きていくことだろう。仕事だって代わりの人材がまた入ってくる。僕の代わりはいくらでもいる。
僕がいなくても十分回る歯車たちの中で、僕はただ回っていただけだったのだ。
「(まあ、いいか)」
そのような軽い感じで、僕はサイリィに微笑んだ。いてもいなくても回っていく世界にまた戻るより、僕がいないと続かない仕事を引き継ぐことのほうが重要に感じる。……直感だけど。
「……わかりました。何かの縁としてお引き受けいたします」
「は、はわわわわわわ……」
口を開けたまま、歓喜の表情を浮かべるサイリィを見て、ああ、こう答えてよかったなとそう思った。大丈夫。多分ないけれど、どうしても帰らなきゃいけない理由ができたらその時考えよう。サイリィが生きてなくても彼のように後継者を探せばいい。
「ありがとうタツキ。改めて、改めてよろしくね……!」
そう涙を浮かべているサイリィを見て、僕はひどく安心し切っていた。