第1話 道を聞かれた夜の話
よく、道を聞かれる人生だった。
「すみません、この場所に行きたいんですけどご存知ですか?」
旅行先でも。
「Can I take this train to get to this place?」
引っ越したばかりの土地でも。
「タツキ〜。バス停ってどっちだっけ?」
気の知れた仲の知り合いからも。
僕は声をかけやすい顔でもしているのか、道を知っていそうな目つきで歩いているのか。
とにかく道を聞かれることが多くあった。海外の言葉だとうまく話せなくて、道案内だけでもと勉強したことだってあるくらい。
残念ながらそれを活かせないまま数年過ごしてしまっている。
そして、ある夜のこと。
「あの〜すみません」
ウォーキング中に話しかけてきたのは背の高い男だった。覗く前髪は癖っ毛で長く、ほとんど目が隠れている。それなのにそいつには不思議と愛嬌があった。
この雰囲気、道を聞かれるなぁと予測する。何度も同じことを繰り返せば自然と分かるようになってくるものである。
「譎エबें✳︎च〒繧◻︎Υ〜Ö€に行きたいんですけど」
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
相手が口にした場所は聞いたことがないどころか、なんと言っているのか判別できない発音だった。とてもこの世のものとは思えない。怪しい。こういうのは関わらない方がいいんじゃ……?
そう危機を検知したにも関わらず、僕は何故か男の返答を待ってしまった。フードの先からにやりと薄く笑う口角が見える。やばい、これまずい人かも。
ぱらっ……
逃げようと一歩後ろに下がったところで男はカードを撒き散らしながらその姿を消した。トランプのようなサイズのカードが数枚、夜道に舞い落ちる。しかしそれが地面につく前にーー。
「っ!?」
僕の視界は真っ白に塗りつぶされていた。
「……?」
僅かに感じていた浮遊感がおさまり、ゆっくりと目を開ける。
「明るい……?」
僕は仕事終わりにウォーキングをしていた。季節は冬で、夕方には空はもうすっかり暗く、例に漏れず僕が歩いていた時間も真っ暗だった。なのに。ここは晴天。そして先ほどまでいた場所とは明らかに違う。
辺りを見渡してみる。僕が座り込んでいるのは、レンガ調で6畳ぐらいの広さの円形のスペースだった。その円は遠く空に伸びる塔にひっついている。上にもいくつか同じような円形のスペースが塔にくっついているのが見えた。
「おや?」
「!!」
円形のスペースがくっついている塔には、入り口とカウンターようなものが見える。カウンターの先から声が聞こえて僕は大きく身体を跳ねさせた。人がいる気配なんて全くしなかったから。
その声の主はカウンターをひょいっと乗り越えてこちらに向かってくる。
陽の光が当たった瞬間、その人物は人ではないみたいに美しく輝いた。首を傾げたままゆっくりと僕のそばでしゃがむ。
声から男性だろうとは思うけれど、中性的な外見をしていた。
「あ……」
羽織っている薄い布がふわりと風に押されるままにひらりと舞っている。例えるなら天女の羽衣……無論見たことはないが。
白に近い薄水色の長髪も同じように揺れ、その動きのまま僕の近くで動きを止める。
「直接ここに来る者がいるなんて驚いた。迷い人よ、行き先はお決まりかな?」
言われた言葉の意味があまりわからない。行き先なんて、ここがまずどこかもわからないのに。混乱のままに言葉を必死に紡ぐ。
「あの、ここは……どこなんですか?」
「あらら、それも知らずに来たのか」
しょうがないなと困ったように笑って、その人物は塔を手で指し示す。その先はカウンター、その少し上には看板のようなものがあった。初めて聞くような、聞いたことがあるような声が告げる。
「ここはファーヴィスの異世界案内所。異世界と異世界を繋ぐ道案内をする場所さ」