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 オリビン討伐(と言うからには敵か魔王か、そういったものなんだろう)への協力が決定し、白髪の老人と藤色の少女に図書館の地下にある部屋に案内された。

 様々な背表紙の本があちこちに積み上がり、よくわからない機械らしきものがいくつか転がっている。

「ここは私の研究室の一つでして。そして申し遅れました、私はブロート・レック・フォーリ。世界級魔法使いで、主に古代魔法と歴史を研究しています」

 ぺこりとお辞儀をしてそう言うのは、『優しそうな目のおじいちゃん』が主な印象の人だ。それでもどこか鋭い戦意が潜んでいるのを感じられるのは、本や機械に囲まれている故だろうか。

「私はパルフェ・リフォルネ、禁術使いの世界級魔法使いよ」

 そう名乗るのはずっと気になっていた藤色の髪の女性。澄んだ青の瞳が綺麗だ。

「禁術使い、ですか…?」

「えぇ、一部の禁術は許可が下りてるの。無論、無差別に命を消そうものなら即刻ルヴィニジア行きではあるけれど」

 なんて飄々と言ってのける。服装もキチッとしており、そういえば先の騒動の後だというのに一切乱れていない。

「んじゃブロートさんよろしく」

「はい、始まりの神話についてですね。お話いたしましょう」

 あっさりとパルフェに諸々をパスされ、ゆっくりと語りだした彼の声に耳を傾ける。


『はるか昔、この星が別の名で繁栄していた時代のこと。突如として現れた原始龍「グヴィデ」により、星は破壊された。

 幸いにも民の願いから生まれた神々により星は再生され、役目を終えた神々は皆物語の中で眠りについた。

 一方、再生エネルギーに触れたグヴィデの肉体は消失し、精神は3つに裂けそれぞれ少年少女を汚染した。

 フェメスタ、海底で眠る静寂の汚染龍。わめき、天空に隠れる狂気の汚染龍。そしてオリビン、創造と飢餓の汚染龍。

 彼らはいずれ集い原始龍の復活を狙っているとされている』


「ただ、神話と呼んではいますがこれは本当にあった出来事です。実際私とミライはオリビンと1度対峙しています」

「少年少女が汚染されて龍に……?」

「そうなります、見た方が早いでしょう。こちらを」

 差し出された水晶のようなものに触れるよう促され、そっと手を伸ばす。

「…っ」

 視界が歪んで歪んで、そして気付けば瓦礫の山の上に私はいた。…とても濃い血の匂いがする。

 前にいくつか死体が転がっており、私の左右にブロートとよく似た青年とミライがいた。ミライの目は布で覆われていない。

 その二人が見つめる先に、件のオリビンと思われる彼がいる。

 乱雑に伸ばされた茶髪にエメラルドのような色の濁った目、額から生える真っ黒な角は皮膚を裂いて無理やり出てきたように見えて痛々しい。

 時が止まっているのか誰も微動だにしないこの空間で、一瞬彼の目が動いたように見えた。

「……!」

 そしていつの間にか私は研究室に戻っている。先ほどまでの不快な匂いが紙の匂いで上書きされ、肩の力が抜けた。

「彼がオリビンです。数十年前、彼は私達世界級魔法使いを襲いました。幸いにも私と、重症ではありましたがミライのみ生き残ることができまして」

 数十年前?確かにブロートさんは若かった。が、

「ミライさん、姿が変わってない…」

「…はい。オリビンの、正確にはオリビンに寄生のような形で存在する原始龍のエネルギーを浴びて彼女のみ時が止まりました。不老に近しいものです」

「つまり心の成長も止まったの」

 パルフェが説明を引き継ぐ。

「あの時のミライ、15とかだっけ、その辺りって聞いたわ。ずっとそのままなのよ感性も何もかも。殺された先代達の中に姉がいたのもあってオリビンが憎くて仕方ないし、その感情を忘れたり一旦置いておいたりが苦手なの」

 感性がそのまま、ずっと15のままの心……。

「ミライの事情抜きにしても、できるだけ早く対処しないとそろそろまた暴れ出すかもしれない。貴方も使わせてもらうわね」

 パルフェがブロートに目配せをする。浅く頷いた彼は一冊の分厚い本をパラパラと捲り、挟んであった紙をパルフェに渡した。

 栞だろうか。それにしては扱いが少し変わっている気もするが。

「うん、確かに受け取った。あとは作戦ね」

 パルフェが私に向き合う。その真剣な眼差しにはどこか、期待の気持ちも含まれているような気がした。

「貴方を真正面からぶつけたりはしないから、安心していいよ。私達でも敵わないと思うし」

「なら、作戦って——」

「——貴方を餌にしてオリビンを釣る」

「え」

 えさ?私を?

 一体何を言っている…?

「さっき襲ってきた子がいるでしょ。ティナって呼んでるんだけどね、彼女はオリビンが創ったの。あれはまぁシャドウだから厳密に言えばオリビンともティナ本人とも色々違うんだけど、あれだけ貴方に喰いついたからさ」

 混乱する私を他所に、パルフェはどんどん話を進める。

「つまり、オリビンも貴方に喰いつくと思うのよね!」

 なんて勢いよく言われましても。

 世界級魔法使い達が敵わないと言っている龍の餌にされる、となれば待つのは死のみ……。

「ま、待ってください、私まだ死にたくないです……」

「まぁまぁそう言わず…じゃなくて!殺さないから安心して。私達には敵わないと思うけど、敵う人知ってるんだから」

「敵う人…?」

「そう。ずばり、神話の神様達!物語に眠ってるって言ったでしょ。貴方を餌にして釣って、神様達に倒してもらうの」

 なんとまぁ壮大過ぎて飲み込めないその作戦を、どうだ!とでも言いたげな表情で話しきったパルフェ。

 しかしそう言ったって、いまいち意味が分からない。そもそも物語に眠るという状況とはなんなのか。

「まぁ分からないのも無理ない。だから一緒に起こしに行きましょ」

「起こす…わかりました」

「うん、パーフェクト。じゃあ、とりあえず稽古に行こうか」

「はい。ブロートさん、お話ありがとうございました」

「こちらこそ、聞いてくださりありがとうございました。歴史について知りたければまたいつでも来てくださいね」

 お辞儀をし、パルフェの後を追う。

 図書館を出て思いっきり外の空気を吸うと、少し体が軽くなった気がする。

「あはは、同じことしてる。紙の匂いってちょっと息が詰まるっていうか、重いよね。嫌いではないんだけど」

 横を見ると、彼女も同じように深呼吸をしていた。


×××


 少しばかり街を歩き辿り着いた地下の空間。全国にあるチェーン店の施設らしく、組手やらなんやらのために整えられているらしいこの場所に先客はいなかった。

 魔法とか盛んなんだから、誰かしら戦いあってるもんじゃないのかこういうのって。

「ほんとにだーれもいない、珍しい」

 ぐるっと見回したパルフェも同じことを思っていた様子。

「ガラガラだし、空間全部30分100ソラーレで使っていいって。ラッキーだね」

「ソラーレ?」

「通貨のこと、アルゲートではそう呼ぶの。他の星だと呼び名は違うけど、価値としては全部一緒よ」

 そう言って、手首に付けている腕輪に触れる。30万という表示が浮かび上がった。

「お金はここにある。身分とかもこれで分かるの」

「現金としては持ち歩かないんですか…?」

「殆どの人は現金は使わないわ、重いし嵩張(かさば)るし、こっちのが楽だし」

 たしかに、これは遥かに楽だろう。

 しかし故障したらどうするのか。

「でも故障とか…」

「故障…?魔法が切れるってことなら、100年単位くらいで薄れはするらしいから長寿人種とかお下がりのを使う人は魔法掛け直すみたいよ」

 そうか、これも魔法なのか。なんだかその概念に慣れない。

「稽古…というか、能力調べ終わったらルナのも買いに行きましょうか」

「はい!」

 というか、30万持ち歩くってパルフェさん大金持ちじゃないか。世界級魔法使いの面々がこの国を治めているっぽい上、身なりも明らか貴族だしお金持ちではあるんだろうけれど。

 じっと彼女を観察してみる。

「ラテヒとかラフリィならともかく、私が人に教えるってそんな得意に見えたかしら…何事もパーフェクトにはするけど……」

 ぶつぶつと呟きながら、パルフェが宙に手を伸ばす。何かを掴んで引き抜くように手を振り下ろすと、いつの間にか手には剣が握られていた。

 (きら)びやかなそれは、戦闘だけを考えれば(いささ)か装飾が多いような気がしないでもない。ただパルフェに非常によく似合っていた。

「ルナは武器持ってる?」

「武器、ですか?」

「うん、同じように宙から取り出すイメージで手を振ってごらん」

 言われた通りイメージして、同じように手を握って振り下ろす。

 振り下ろした瞬間予想以上にずっしりと重い物が突然現れ、思わず落としてしまう。ガシャンと派手な音を立て地面に落ちたそれは、ガードに月の模様があしらわれた綺麗な剣だった。

「あるじゃん、パーフェクト。認知はしてなかった感じ?」

「はい……これ、私のなんですか?」

「うん、こうやって亜空間に出し入れできるのは正式な持ち主だけだからね。…ついでに、剣身で自分の目も見てごらん」

 重いそれを拾い、綺麗に景色を映す剣身を見る。

「ぁ」

 ようやく、コリリアの異常な反応の意味を少しだけ理解する。

 ちらちらと視界の端に映っていた月色の髪と同じ色の目。灰色とも白色とも言えないような微妙な色のその目には、瞳孔がなかった。

 薄い色で見えにくいだけ、ではなく無い。そこに存在していない。

 どう見たって異常だ。むしろよくもまぁ桜香やゼラはこの目の人と喋れたものだ、私なら驚いて逃げている。

「死者の目って呼ばれてるの。時間停止やそれに近しい禁術を人に掛けると起こる現象。まぁラルネもミライもそうじゃないって言ってたから心配しなくていいよ」

 見ていて面白いものでもないので剣身から目を逸らす。正直言ってちょっと自分でも気味が悪い。

「仕舞う時もイメージして振り上げればいいよ」

 パルフェが手を振り上げ、武器はどこかへ消えていった。

 私も同じようにしてみる。消えた。

「パーフェクト!じゃあルナの得意属性も見てみようか」

「属性?」

 これはもしや、ファンタジーでよく聞く火属性とかそういうこと…!?

「なんだか凄いわくわくしてるけど…目を閉じて、しっかり立っててね。この紙を額に当てるとマナを吸うから、しんどくなったらすぐに言うこと」

 そっと目を閉じる。ざらざらとした紙が額に触れた。さっきの栞か。

 といっても、私の中にマナは存在するんだろうか。マナといえばゲームでいうMPのようなイメージだが……。

 なんて色々と考えていたら、紙が離れる。

「……うん、目開けていいよ」

 目を開けて紙を見てみるが、何も変わっていないように見える。

「ルナの属性は、この紙じゃわからない。少なくとも一般属性じゃない」

「一般…?」

「えーっとね、これ説明しだすと時間かかるのよね……まぁその、ありきたりな属性で得意不得意は無いってこと。ちょっと変わった魔法とか使えるかもしれないし、全然問題ない」

 ちょっと変わった魔法、か。

 自分の手を見つめる。特に魔法陣が描かれているとかそういったものはない。

 服装だって、特に『魔法使い!』という格好ではない。黒のシャツに空色の胸当て、紺のスカート。ザ・一般人。

 キョロキョロしていたのを見ていたパルフェが、くすりと笑う。

「まぁまぁ、魔法でドカーンとかはこれからだから。とりあえず簡単な防御術でも——」

 ——ピピピ!ピピピ!

 ちょっとびっくりする不協和音が鳴り響く。腰辺りに手を突っ込んだパルフェが取り出したのは、多分スマホ。

 ポケットそこなんだ……あと、スマホあるんだ……。

「ちょっとごめんね。……はいパルフェ・リフォルネですが。………はーい」

 相槌を打つパルフェの表情はどんどん曇る。

 最後には宙を睨みつけ、スマホを乱雑にポケットに突っ込んだ。格好が格好ならそこらの輩にも見えないことはない。

「ごめんね、ちょーっと急用で。お金は払ってるし、ZEROを呼んでおくからしばらく好きなようにして待ってて」

「は、はい」

 頷いて顔を上げれば、パルフェはもう出入口から外へ駆け出していた。速い。

「行っちゃった…」

 さあどうしようか。

 とりあえず剣の出し入れに慣れようと、しばらく手を振るう。が、あっという間に手首が限界を迎える。当たり前だ、別に鍛えられた体という訳ではないのだから。

 さぁ暇だ。どうしよう。

「君が、ルナちゃん?」

「わっ」

 突然ふわっとした声が聞こえ、軽く飛び上がる。

 振り向けば、それはそれは綺麗な白色の狐の獣人が。いや、尻尾がとんでもなくあるので九尾か。

「パルフェさんに言われて来ました、ZEROです。よろしくね」

 にこりと微笑んだ彼女が差し出した手に触れる。

 温度が、なかった。

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